第6話 牙の白狼・四兄弟

「これは……なにがあった!」


 じん羽後うごの村へ戻ってきたとたん、その光景に目眩を覚えた。

 村の通りのあちこちに人が倒れ、血の臭いが充満している。

 その中に、微かに覚えのある匂いを感じ、迅はそれを手繰って走った。


「は……白影はくえい! たけ!」


 首を噛まれたのか、すでにこと切れている岳に寄り添うように、白影も倒れている。

 その胸は裂け、右前足はもぎり取られていた。


「じ……ん……遅いよぅ……」


「白影! 黒狼こくろうの仕業だな? ゆきはどうした!」


「雪……守れなかった……ごめんよぅ……」


 白影はちぎれた尾を通りの先に向けた。

 数軒先の壁の横に、雪が横たわっている。


「――雪!」


 痛む体を引きずり鼻先で雪の頬に触れた。

 まだ温かく、息もある。

 致命傷は免れたか。

 を呼び、霧龍きりりゅうさまの秘薬を塗ってくれるよう頼む。


「人には効かないかもしれませんー」


 そう言いながらもせっせと塗ってくれている。

 白影も、まだ助かるかもしれない。


! 白影にも頼む!」


「あいあいー」


 に秘薬を塗られながら、白影は黒狼の話しをした。

 獣師とその眷属を滅ぼすと言っていたという。

 迅が聞いたのと同じ話しだ。


「あいつは自分の名を『きょう』といったよぅ……羽前うぜんのほうへ駆けていった……」


「そうか」


 ここを襲ったその足で迅のところへ来たのか。

 そしてやっぱり後ろ足の怪我は、きりと白影が負わせたものだった。


 迅は黒狼の兇がどこへ去っていったのか方角まで確認できなかった。

 けれど、ヤツは怪我が癒えたらまた、雪や白影のもとへ現れるだろう。


「白影、岳を助けてやれなくてすまない……」


 白影も、もうすでに岳は旅立ってしまったとわかっているのだろう。

 頭をさげる迅に、小さく首を振った。


「雪が助かったら……雪と盟約を結んで助けてやってほしい」


「迅がいるじゃあないか……」


「俺はもう駄目だ。白影、頼んだぞ」


 目を閉じた白影から離れ、もう一度、雪のそばに寄りそう。

 できるなら、雪が天命を全うするまでそばにいたかった。

 迅は最後の力を振り絞り、己の四本の牙から子狼を産みだした。


 コロコロと四匹の白狼が転がり出る。

 産みだした子狼たちに己の残りの寿命で人の姿を与え、命をくだす。


「おまえたち……雪と白影を助け、必ず黒狼を倒せ。人の姿なれば武器も使えよう」


 獣師と盟約を結び仲間を作り、己を鍛え、手を尽くして必ず黒狼を探して倒すよう言い含めた。

 これはある種、子狼たちへの呪いだ。

 獣奇である迅の、最初で最後の妖術だ。


 右上の牙には「ふう」、左上の牙には「らい」、右下の牙には「にち」、左下の牙には「つき」と名付ける。

 雪と白影が目を覚ましたら、そう名乗るよう伝えた。


……霧龍さまにはおまえがみたすべてを伝え、子狼たちへ手助けをしてくださるよう頼んでくれ」


 を抱えて立ちつくすに伝言を託すと、迅はそのまま目を閉じた。

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