第8話
10月21日 22時13分 (星井京香からのテキスト・メッセージ。スマートフォンに着信)
メッセージを読むの遅くなっちゃった。一応、こっちにも返信しとくね。
さっき電話した後で、教授が訪ねた村について調べてみたの。村の名前はまだわかっていないんだけど、茂田さんは、その村は近々なくなる予定だ、って言ってた。だから、開発予定地になってる場所じゃないかと思って。日本にいる、その方面に詳しい人に話を聞いてみたの。アルヴェスさんっていうんだけど。
で、一応、それらしい場所が見つかった。アマゾンの広範囲の土地を切り拓く予定で、その範囲内には小さな集落も含まれてる。ただ、集落はいくつかあって、どれが教授の目指してた場所かは不明。
開発予定地だけど、ほんとに広大なんだよね。半分は大規模農場に、もう半分は発電所になるみたい。アルヴェスさんが取り組んでる、地球規模の森林減少の問題の一端が、ここにもあったわけ。
アルヴェスさんにも、予定地の集落がどうなってるのか、まだ存在しているのか、それとももうなくなってしまったのかはわからなかった。どんな集落なのかも。教授が実際にそこへ行ったのかどうかなんて、最早知りようがない。
結局、教授は何を持ち帰ったんだろう。
そう、それで思い出した。
実はね、教授が亡くなる少し前に、気になるものを見たんだ。
研究所に、休憩室があるじゃない。自動販売機の横に窓があって、いつもブラインドが降りてるでしょ。その自動販売機でジュースを買おうとして、ふとブラインドの隙間から外を見たんだよね。そしたら、教授がそこにいて。何かやってるの。
何してるんだろう、と思って、覗いたわけ。
そしたら、教授、向こうを向いて何かを見下ろしてた。足元から、白い煙が上がってて。よく見たら、空き缶が地面に置かれてるの。で、空き缶から炎が立ち昇ってて、その間に何かが覗いてた。かなり大きい空き缶だったけど、それでも入り切らなかったみたい。
木、みたいだった。
何かの木片かなあ、なんて思いながら、見てたの。特に何も感じず。だから、ずっと忘れてた。
もしかして、あの木片。あれが、そうだったのかな。
だとしたら、せっかくブラジルまで行って手に入れてきたそれを、教授は燃やしたことになるんだね。何かの理由で。もしかしたら、身の危険を感じたのかもしれない。何かまずい、ヤバイ、すぐに処分しないと、と思って。でも、間に合わなかった。もしくは、そんなことしても無駄だった。
ねえ、祟り、ってほんとにあるのかなぁ。
本当のこと、言っていい?
わたしね、家に帰ってないんだ。
茂田さんと会った後、ずっと車の中にいた。ホテルのそばに停めた車の中に。
考えごとがしたくて。児島君への電話も、その後のアルヴェスさんとのやりとりも、ここでしてたの。
明るいうちは山が見えてたけど、今はもう外は真っ暗で、山の場所すらわからない。あの辺りに教授の家があるんだなー、なんてぼんやり眺めてた。
外は、ものすごく静かでさ。
虫の声だけが遠くでしてて。
この近くで、親しい人が何人も死んだんだなぁ、って、しみじみ考えたりして。
ほんとは、教授のことなんかどうでもよくて、とにかく誰かにメッセージを送りたかったの。でも、もうこのぐらいにする。
じゃあ。
10月21日 22時25分 (星井京香への電話)
星井さん! 星井さん!
何です、これ。留守録?
メッセージに気づいて、すぐ返信したんですけど、返事がなくて。ちょっと、いやかなり心配だったもので。
どうなってんのかなと思って。
まさか、と思うけど。
星井さん―― 教授の家に行くつもりなんですか?
やめてください。危険です。すぐに、そこから―― その家から離れて!
何かはわからないけど、何かが起きてるんです。きっと。
聞こえますか、星井さん! ――駄目だ、スマホの留守録だもん。聞こえるわけない。
通報。
10月22日 1時55分 (県警・堺への電話)
ああ、はい。
児島さんね。こちらからも、電話しようと思ってたんですよ。
通報の件、ありがとうございます。普通なら、通報するほどのことじゃないんですがね。星井さんは成人ですし、成人と連絡が取れなくなったという程度では。しかし、今回は事情が事情だけに、というやつで。
それで、星井さんですが。
車が、なかなか見つかりませんで。山奥で、ようやく。ええ、柳沢さん宅のある場所より、さらにずっと奥です。
その車中で、見つかりました。
ええ。残念ですが。
すでに亡くなった状態でして。
はい、ぐったりされていて、すぐに病院に搬送しましたが、先ほど、死亡していると。
まだ簡易的な診断ですが―― 亡くなったのは、数時間前のようですな。
死亡原因は、おそらくすぐにはわからないでしょう。とはいえ、これまでのケースと同じであれば、はっきりした診断は下りないでしょう。二ノ瀬さんの件では、病気も薬物も発見されなかったし、まだ診断中の久地さんや耳野さんにしても、今のところ何も出ていないようですから。
そう、状況はこれまでと、おそらく酷似しています。といっても、似通っているのは遺体が異様な顔色をしていた、ということぐらいですが。他の方に共通していた、異常行動、というやつがあったのかは、まだわかっていません。
ああ、何だか余計なことまで喋ってしまいました。まあ、わたしもちょっとどうかしているんでしょう。頭がどうかしそうな事件ですからね。
もしもし、大丈夫ですか?
あなたもね、気を確かに持って。では、一旦切ります。
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