第6話

10月19日 10時38分 (星井京香へのテキスト・メッセージ。スマートフォンから送信)

 すみません、メッセージ・アプリで。

 ちょっと、声の調子がまだあまりよくなくて。

 気分は、少しいいんですけど。

 用があるわけじゃなくて。

 大丈夫かな、と思って。

 それだけなんですけど。

 また、あの、返事待ってます。



10月19日 13時52分 (星井京香からのテキスト・メッセージ。スマートフォンに着信)

 星井です。ごめんね! 返事が遅れて。

 それに、気遣ってくれてありがとう。嬉しいよ。気遣ってくれる人がいる、ってだけでも少し元気が出るよね。

 で、いくつか報告していいかな。午前中、二ノ瀬君のご家族と話をしてたの。遺体、今夜にも戻るかもしれないんだって。

 二ノ瀬のご家族、報道とか噂とか気にして、わたし達に対して複雑な感情があったらしいんだけど、わたしとは以前から顔馴染みだったこともあって、疑いを解いてくれたの。

 警察から出鱈目を吹き込まれて、つい信じそうになっていたけど、やっぱり誤解だと思う、って。それを聞いて、思わず涙が出そうになっちゃった。

 だって、ご家族にしてみれば、心情として、色々考えてしまうのはわかるじゃない? 息子が薬物なんかやるわけがない、と頭ではわかってても、もしかしたら、という気持ちがどこからか芽生えてくるものよ。

 それに、警察も、報道も、知り合いも、口々に色んなことを言ってくるわけでしょ。弱ってる時に四方八方からあれこれ言われたら、そりゃ猜疑心も芽生えるよね。

 教授の娘さんや、久地君のご家族もさ。ほんと辛いだろうと思うわけ。

 でも、とにかく二ノ瀬のご家族に関しては、信じてくれると言ってくれて。すごくほっとしたんだ。

 あ、そうだ。あとね、警察とも話をした。久地君のことを聞こうと思って。それで、少し、わかったことがある。

 久地君、直接の死因は心臓発作だったって。

 でも、久地君には心疾患なんてなかったから、やっぱり病死もしくは薬物中毒を疑ってるみたい。

 しかめっ面をしてさ、わたしに、こんなに立て続けに同じような死亡事件が起きるなんて、ありえないでしょう、なんて言うの。

 何さ、まったく。

 こっちを嘘つきだと言わんばかりに。ほんっと失礼なんだから。

 第一、教授が亡くなった件については運転ミスによる事故じゃないの。

 それとも、違うのかな。

 教授が死んだ時にも、何かあったんだろうか。

 あー、ごめん。ちょっと考え事しちゃった。そういうことで、また連絡するね。お大事に。



10月19日 21時2分 (耳野佳苗からテキスト・メッセージ。スマートフォンに着信)

 やあ! 耳野でーす。

 メッセージ・アプリのほうがいいって聞いたんで、こっちへ連絡しました。

 なんだか、最近、大学へ行きづらくて。やることがなくて、とにかく暇で、何かしたかったんだよね。

 それで、中途半端になってたペレイラの件、また調べてみた。教授のアドレス帳をめくって、電話をかけまくったわけ。ポルトガル語の練習にはすごくいいよ、これ。

 でね。わかったの。

 ペレイラって人のこと。たぶん、この人で間違いないと思う。

 行き着いたのはペレイラ本人じゃなくて、その知人。ブラジル人で、現地で観光業の仕事をしてる人。教授とは五年ほど前からの付き合いで、三年前に、教授にペレイラを紹介したんだって。

 ブローカー、って話は本当だったよ。ペレイラは主に古美術などの珍しいものを扱っていて、要望があればそれについて情報を集めて知らせる、という仕事をしてたみたい。みたい、っていうのは、その知人の推測だから。実はペレイラ、亡くなってるんだよね。十日ぐらい前に。

 十日前っていえば、教授が亡くなる数日前だよね。

 死亡の原因はわからない。流行り病かもしれない、ってその知人は言ってた。周囲の人が、大急ぎでペレイラの遺体を埋葬したらしいの。まるで隠すみたいに。

 知ってる? ブラジルのお葬式って、埋葬までの時間がほんと短いんだよ。早いと亡くなったその日のうちに棺に入れて土に埋めちゃう。まあ、暑い国だからなんだけど。

 それにしても、ペレイラの埋葬はあっという間だったらしい。知人は、きっとあいつは流行り病で亡くなったんだ、と半ば確信してた。

 実際に死体を見た人は、酷い状態だった、と言ってたらしいし。具体的なことはわからないけど、とにかく妙な死に方だったんだって。

 いやな話してごめん。でも、まだ終わりじゃないんだ。

 その知人はペレイラが、教授をある村へ連れて行く、と言ってたというの。そのために、ジャングルを通る必要がある、って。そう話したらしい。

 つまり、それが教授の旅の目的だったんだね。ペレイラとその村へ行くこと。行って、何をしたのかまではわからないけど。

 古美術品でも手に入れたのかな。でも、それらしいものは教授の家にはなかった。それとも、もっとよく探せば見つかるのかな。

 もちろん、そんなものが今回のことと関係があるとは思えないけど。

 まあ、いっか。今のは、暇潰しにそんなことしましたよー、っていう報告。気にしないで。

 きっと、関係ないから。

 じゃあ、また。



10月20日 8時55分 (県警・堺からの電話)

 おはようございます。県警の堺です。

 体調のほうはいかがですか? ――そうですか。声のほうも少しましですな。

 昨日、二ノ瀬さんの司法解剖が終わりまして。結果をお聞きになりたいですか?

 ええ、病気等の発見には至りませんでした。何か、未知の病気か薬物の影響によるもの、と我々は疑っています。

 とにかく、何かしらの原因がなければ、あんなことは起こりえない、という考えでして。

 ま、そういうわけで、また興奮させたくはないんですが、お尋ねしないわけにはいかない。――どうですか、あれから何か思い出したことはありませんか。教授や、その他の方々について、怪しい言動などは?

 主に、海外から持ち込んだものや、金品のやりとり、薬物関係の。

 ありませんか? そう、なるほど。わかりました。

 またご連絡させていただきますよ。では、失礼します。



10月20日 17時53分 (星井京香からのテキスト・メッセージ。スマートフォンに着信)

 やっほー。起きてますか?

 今、二ノ瀬の通夜の会場の前に来てます。

 これから、耳野さんと中に入るところ。参列者はチラホラ、ってところかな……

 いや、児島君も来たかっただろうな、と思ってさ。気持ちだけでも繋がれたらなー、なんて。

 とはいえ、スマホを触りながら会場に入ったりしたら、顰蹙ものだろうしね。

 あ、耳野さんがね、今、黙祷したら? って。

 いいじゃない、それ。黙祷しよ。わたし達もするから。

 はい、黙祷!



10月20日 21時3分 (星井京香からの電話。固定電話に録音)

 星井です。なんか、まずいことになってる。折り返し電話ください。



10月20日 21時10分 (星井京香からのテキスト・メッセージ。スマートフォンに着信)

 児島君、寝てるの?

 そりゃ、寝てるよね。具合悪いんだもん。

 実は、通夜の後、耳野さんが教授の家に行くって言いだしたの。教授がブラジルから持ち帰ったものを探すんだ、って。

 その話、児島君も聞いた? 教授がジャングルの奥地の村から何かを持ち帰ってきた、って話。

 あれってただの推測なんだよね。教授が奥地へ行ったのは確からしいけど、その先のことは何もはっきりしないんだもの。

 でも、耳野さんは教授の家にそれがある、って確信してるみたいなの。で、それが原因で、ここのところの異常な出来事が起きている、と考えてる。

 たぶん、思い詰めてるんだと思う。耳野さん、久地君のことで責任を感じてたから。

 とにかく、それで、わたしが止めるのも聞かずに、教授の家に向かったんだよね。で、連絡を待ってたら、ついさっき、メッセージ・アプリに着信が来て。

 内容がね、なんかおかしいの。家の中に入ったんだけど、裏庭が気になる、って、外を覗いたらしくて。その後が、なんだかおかしい。

 何か見たとか。

 見たんじゃない、見たような気がする、ってわざわざ言い直したり。

 音がする、とか、声がする、とか。

 送ってくるメッセージがだんだん支離滅裂になって。

 何が



10月20日 21時29分 (星井京香への電話)

 こ、児島君?

 電話くれたんだ。ありがと。

 さっき、さっきね、耳野さんから電話が来て。それで、わたし慌てちゃって。

 そんなことより、聞いて。何か、変なことが起きてるの。

 彼女、おかしくなっちゃったんだよ。

 電話でわけのわからないことを口走ってたんだもの。鶏がどうとかって、ぶつぶつ――

 何それ? 何言ってんの? って、わたし、何度も問いただしたんだけど、さっぱり要領を得なくてさ。

 電話越しに、物凄い叫び声が聞こえて。

 思わず、スマホを落っことしたぐらい。

 慌てて拾って耳に当てたんだけど、もう電話は切れてたの。かけ直したけど、出ない。

 どうしよう。どうしよう。

 通報。――そうだよね。通報しなきゃ。

 ああ、わたしパニクッてる。でもでも、かけないと――

 ごめん、電話切るね。

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