第26話 教育
「三上さん今日も事務所でいいですよ!田崎君は任せてください!」なつみはいつもよりも元気に、三上のナイフを持たせ、マスクを貸し田崎の手を引いて出て行った。
どうも心配で窓から観察すると田崎は電信柱の陰に身を潜め、なつみが一人で踊り倒していた。予想通りだ。
あれでは田崎が育たない。大崎には三上がついて行く方がいいだろう。
しかし、疲れているだろうし緊張もしているだろう。明日にした方がいいのかと思案する。
「今日はやめておこうかな…。ねぇ順さん、玲子さん」瞳を閉じ、虚無に話しかけソファーに身を沈めた。
四十分ほどでシャツ中と腕を黒く染めたなつみと先ほどと変わらない田崎が帰ってくる。
「お疲れ様。今日は早いけどもう終わりにしよっか」
なつみがえーっと残念そうに叫んだ。二人の手は繋がれていた。
なつみはどうやら守りたい人間に惹かれるようで「大崎行きますよ!ね!田崎君!」と田崎に目を配る。田崎は呆気にとられた表情で「はい」とだけ答えた。
「じゃあ俺と一緒に行こうか。なつみさんより全然下手だけど」三上は照れながらくしゃっと瞼を閉じ笑うと田崎は少々笑顔になった。
「今日は車乗ってきたから車で行こう」と事務所から降り、軽のアルトに乗り込む。「…色々ずるい…」なつみは頬を膨らませ、駐車場まで着いて来た。
「なつみさんはシャワー入って待っててね」助手席の窓を閉め発進させる。もう九月だというのに、締め切った車内はやはりエアコンが効くまで暑い。
二人共に汗を拭きながらエアコンを最大まで上げる。心なしか田崎のナイフを握りしめる両手が震えていた。
本当に殺した経験があるのだろうか。間違えて殺したとはどういう意図があり言ったのだろう。
電車と違い、大崎まで車で十五分で到着した。
「ガボを刺すところは右胸っていうのは知ってるよね?」田崎の顔は青ざめている。
「この前は、本当に間違えて右胸を刺してしまって…頑張ります…」
「一体とかでいいからね。無理しないで、きついときは見ててね」今度はなつみから借りたマスクを手渡すと田崎は肩を揺らし小さく悲鳴を上げた。マスクはべっとりと黒い血液が付着している。洗ってくれば良かったと少し後悔をしたが、もう仕方がない。
「じゃあ行こうか。さっきなつみさんの殺し方見てたから大体わかるかな?」という問いかけに三上の目を見ず黙って頷く。本当に田崎は大丈夫だろうか。まるで入社したての自分を見ているようだ。あの時は情けなく、玲子や順に頼り切りだった。
今度は良い所を見せなければならないだろう。
なつみは特例として、これからは人を育てることも必要だ。
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