第10話 純愛

「三上君の事は一時期恨んでいることもあったのだよ…でもね、君の事は玲子とも約束しているし、そのうちにね…。あ、もう駄目かもしれないなぁ」恨む、とはやはり玲子は三上のせいで死亡してしまったのだろう。玲子との約束とはなんだろうか。そのうち、の意味もわからない。順は自身の腕の色を見ている。

「三上君、そこの部屋はね従業員が感染したら、殺すための…部屋だ。今殺したら、犯罪になるからもう少し…我慢してくれ。そこに、回収屋の番号がある。私を殺して一日経ったら回収させて、くれ。」微笑んで話すが順の言葉は痛々しく断続的だ。「僕には…」と同じ言葉しか繰り返せない。

徐々に順の身体は赤紫色に、瞳は充血してくる。力が尽きたよう、順は倒れるように三上の膝に頭を乗せた。不謹慎だが、ずっとこのままがいい、と思考が頭に巡る。

「三上、腹を括れ。いつかこうなることは、分かっていた。最後の命令だ…」

順は三上を睨み付けた。最後の命令。

それは三上がまだ未熟という意味だろう。順を殺す事で成長できるのか。

易しい表現ではあるが、まるで初めて補助輪の無い自転車に乗り、父から自転車のリアキャリアを持つ手を外された様な感覚に陥る。

最後の命令という言葉に涙は止まる気配はない。三上の涙は先程よりも流れ続け、順の瞳孔は赤く染まっていく。

「…いよいよ、だな。さあ…行こう。ナイフ、は持ったか…?」

順はゆらりと自身で立ち上がり個室に向かい、三上はとてもじゃなく決心は着いて

いないが後ろを歩く。

少々身体から粘液が出だし、それを確認すると「あと、おそらく十分ほどだろう。噛まれる前に…刺し殺してくれ、よ…」と微笑んだ。

三上は何も返せない。ただ、涙で順が二重にぶれて見える。黙っていると、瞬く間に十分が経ち、順は両手を広げ、三上を襲う仕草を見せた。いよいよと順がガボ人間に豹変したのだ。

「順さんすみません。好きです…」三上は目を閉じ、順の右胸を抉らずに刺した。柔らかい。女性だからだろうか。


抉らずに刺したのは、もしもガボ人間に少しでも記憶があるのならば、刺しても記憶が残るかもという期待をしたからだ。

ガボ人間に噛まれた時と同様に膝から崩れ落ちた順はなぜか笑顔で静かに「私、もだよ」と言い、赤くなった瞳孔は白目にならずに瞳を閉じ涙を流した。次第に口から赤い泡が出だし、三上も膝をつき、粘り気のある順の手を握る。やはりある一定のガボ人間の記憶は残るようだ。

「一緒に逝きたい、ですよ。順さん。順さん」といつまでも涙を流していた。

もう朝だ。戦いの準備をしなければならないのに順の遺体から離れたくない。それに酒で頭が回らない。

結局その日は警報が鳴っても戦いに出れなかった。



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