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 あの日、あどけないエミちゃんの顔を見た時から、私たちの雰囲気は少し変わったように感じる。ちょっとよそよそしいというか、なのに何かに期待するようなそんな視線。

 これは自惚れとかではない、と私は思いたい。

 私は初めてエミちゃんと会った日のことを思い返していた。

「......」

 隣を見る。今日はエミちゃんは来ていなかった。というか今週は会っていない。ドアを見てもそれが開くことはない。

 今日も来ないかな......と私は冷水を浴びる為に外に出ようとする。すると私がドアを開けようとする前にドアが開いた。

「ユズ先輩」

「エミちゃん」

 ちょうどエミちゃんが入ってくるところだった。


 冷水を浴びて休憩してから私はサウナ室に戻る。いつもよりも休憩時間は短くして手早く戻った。だって話したかったから。

 私は中に入る。「早いですね」とエミちゃんは言った。私は頷いて隣に座る。

「......」

「......」

 沈黙が流れる。とにかく静かだった。空気も暑くて息苦しい。何か、何か話さないと、と私は頭の中で話題を探していた。しかし沈黙を破ったのは私ではなく、エミちゃんの方だった。「あのっ」と何か意を決したようにエミちゃんはこちらを見る。私は息をのんだ。

「......私、その......ずっと知ってました」

「へ」

 何を?という声は出なかった。

「知っていたというか、見かけていたというか......」

 最初、エミちゃんがなんのことを言っているのかがわからなかった。でも言葉をきちんと拾い解釈したところでようやくその意味に気づく。

「......ど、どこで?」

「わかりませんか?」

 上目遣いでエミちゃんは私のことをみる。

 可愛い......や、違う、そうじゃない、そうじゃなくて......。

 私は頭をフル回転させて考える。改めてエミちゃんを見ると、目元に見覚えがあるような気がした。でもはっきりとそれが何であるのかがわからない。室内の暑さが余計に私の思考を停止させる。

「ごっごめん、わかんない......かも」

 私がそう言うと、エミちゃんはわざとらしく息を吐く。「まぁ、そうですよね」と呆れたように言った。それでも目は笑っていたので怒っているわけではないらしい。

「......コンビニです」

「コンビニ......?」

「そうです」

 コンビニ......?

 私にはよく行っているコンビニがある。下宿先からも大学からも近いというわけではないが、奈美子の家と私のバイト先が近いのでよく寄っているのだ。

 そのコンビニの光景とエミちゃんを照らし合わせながら私は考えた。

 コンビニってことは常連ってこと?いや違うな......店員......?あ!

 ふとその時、私はある一人の店員を思い出した。点と点が繋がったように感じる。夜に行くと大抵いるあの店員さんだ。何度もみたから苗字は覚えている。確か......。

「......谷原さん」

「はい」

「あ~!谷原さん!言われてみればそうだ!」

 いつもコンビニの制服だし、髪も縛っていてマスクもしているから気づかなかった。

 それにいつも素っ裸で会ってたし......と私は自分に言い訳する。もしかしてエミちゃんはずっと気づいていたのだろうか。

「私の事、わかります?」

 探るようにエミちゃんは私に問いかける。エミちゃんが谷原さんだったことはついさっきわかったことだけど、谷原さんのことを私は認知していた。

「わかるよ。よくいたから......丁寧に接客してくれるし、結構な頻度でいるから頑張ってるんだなって思ってた」

「あの、お団子のこと覚えてます?」

「団子?みたらし?」

「あー、いややっぱいいです」

「えっ、うん」

 ジトっとした目でエミちゃんは私を見る。なんのことかわからないし、何となく居心地が悪かったので私は話題を変えた。

「エミちゃんは、私のことは認知してたの?」

「え......はい。よく来るお客さんでしたし、ここで会った時ももしかしてって」

「い、言ってよ!」

「だって、嫌に思われたくなかったから......」

「それに」とエミちゃんは合掌するように手の先を合わせる。鼻から下の顔を隠しながら、ゆっくりと話始めた。

「コンビニで見かけてた時から、いいなって何となく思ってて......それからその......」

 恥ずかしそうにエミちゃんは顔を伏せる。照れているのか、サウナの温度湿度のせいなのか、顔は赤い。

「お友達と柚先輩がバイト先に来た時に、銭湯の話をしていて、それで私って銭湯にいったことないなって思ったんです」

「え、それでここに来てみたの?」

 こくりとエミちゃんは頷く。

「......まさか、会うとは思ってませんでしたけど。あっ、あの、誤解しないでくださいね。ここに通っているとは知らなかったんです」

「......そうだったんだ」

 思わず私はニマっとしてしまう。

「な、なんですか」

「ううん、なんか可愛いなって思って」

「......っ」

「......どういう理由にしても嬉しいよ、だって会えたんだしさ」

 エミちゃんは目を見開く。「そうですか」と呟き、ふふっと笑い始めた。つられて私も笑う。

 そっか......エミちゃんも私の事知ってたんだ。

 それに......向こうも私のことを気になってくれていたらしい。嬉しくないわけがない。

「はぁ......」と私は息を吐く。

 どこまで踏み込んでいいのかわからなかったのは私だけではなかったようで、だからもっと知りたいと、一緒にいたいと欲を出してしまってもいいんじゃないかと私は自分に問いかける。私はエミちゃんを見た。逸らされないように視線を合わせる。

「ねぇ......この後暇だったら、ご飯でも一緒にいかない?美味しいお店知ってるから」

 私がそう聞くとエミちゃんは嬉しそうに笑う。出会って間もない頃......正確にいうともっと前から会っていたけど......の余裕そうな微笑みも好きだが、今のように無邪気に笑うその表情もとても素敵だった。

 あぁ......なんか好きだなとその時漠然と私は思った。


 その日私たちは普段より早めに銭湯を出た。いつもは一人で歩く道を今日は二人で歩いている。そんな日々がこれから続いたらいいなと私は思う。同じようにエミちゃんも思っていてくれているだろうか。隣に並ぶエミちゃんを見ながら、そうだったらいいなと私は笑う。

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サウナの二人 紗梨奈 @pear_4071

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