第4話

 ……沈黙が重たい。刺すような視線が痛い。


 全てを見透かすような真っ赤なフォードの目が、視線で空気を急速に冷やしていく。


 いくら恋人といえど、アンドロイドなら理性的に対処するだろうと甘く見積もっていたことを後悔した。


 気にしていないふりをして食べ進めたいが、フォークが皿にぶつかる音は沈黙を埋めてはくれず、むしろ気まずさを加速させるだけだった。


「ねえ、さっきも言ったけどココロはただの友だちだよ?」耐えられずに、私は沈黙を破った。


「……うん」


「ホントに。これ以上に関係が変わることなんてないだろうし、もしあったとしても、恋人にはならないよ」


「…………うん」


「………………」


 再び沈黙がこのテーブル席を支配した。私が余計な話を振ったせいで空気はさっきよりも重みを増した。皿がようやく空になり、すっかり湯気もたたなくなったコーヒーに口をつけた。


「機嫌を直して、私の恋人」


 側から見ていてみっともないことも恥ずかしいことをしている自覚もあるが、甘えた声でフォードに訴えた。アンドロイドにこのような小細工が通じるかはわからないが、一刻も早くこの空気を断ちたかった。


「……ぬいぐるみ1個」フォードは声を低めたまま呟くように言った。


「……ん?」


「このあとゲームセンターでかわいいぬいぐるみを取ってくれたら、今日は機嫌を直してあげる」


 フォードはむすっと、頬を少し膨らませた。彼女のデータベースの中には私のユーフォーキャッチャーの戦績まで入っているとでも言うのだろうか。それはあまりに私に都合の良すぎる提案だった。


 * * *


 残念ながら、徒歩圏内にゲームセンターがあるほどここは都会ではない。


 ファミレスを出て、フォードと私は一番近いショッピングモールに直通のバスに乗り込んだ。帰宅部らしき学生たちで席はすべて埋まっていたが、吊革につかまって立っている分には十分なスペースが空いていた。


 フォードは本当にぬいぐるみが手元にわたるまで機嫌を直してみせる気はないらしく、車内では一言も交わさなかった。


 バスがショッピングモールの前に停車し、フォードと私は降りてモール内に入る。何も言わないフォードを引き連れてまっすぐにゲームセンターに向かう。2フロアをエスカレーターで上り、慣れた順路を進むと、相変わらず騒がしくてまぶしいコーナーに到着した。


「どれがいい、フォード?」現在の景品の品ぞろえなら3回以内に取れるだろう。そう踏んだ私はフォードに選択権を与えた。


 フォードは何も言わずに私の袖口をつまんで、デフォルメされた大きなクマのぬいぐるみが入れられた機械の前に連れて行った。景品台の上には白、黒、ブラウンの3体が愛らしい寝顔をこちらに向け、並んでうつぶせで寝そべっている。


「何色の子?」


 私が尋ねると、フォードは白いクマを指さした。ありがたいことに、そいつは最もシュートに近かった。


 トートバッグの中からモバイルを取り出し、電子決済用のセンサーにバーコードをかざして3回分の金額を読み取らせた。


 1回目、腹のあたりをつかんでシュートに近づける。2回目、足元をつかんで位置を調節する。3回目、頭を押し込んでシュート。


 落ちたクマを取り出して、フォードに手渡す。


「これで機嫌、直してくれる?」


 フォードはそろそろとクマを受け取って、胸元でぎゅっと抱きしめた。大きなクマの頭で鼻のあたりまで隠れてしまった。


「……うん、合格」クマのせいで少しこもった声でフォードは言った。それからにこりと笑って、「じゃあ、楽しいデートを再開しよう」


 それから時々喫茶店で休憩をはさみながら、洋服や本を見て回った。帰りのバスに乗るころにはもうすっかり陽が落ちていた。


「今日のデート、楽しかったね」


 スーツ姿の大人たちで混雑している車内で、フォードはにこりと笑って私を見上げた。フォードは胸元のクマを左手で支え、空いた右手で吊り革の代わりに私の左腕に掴まっていた。


「コハルのことたくさん知れて嬉しかったな。コーヒーには何も入れないこととか、ユーフォーキャッチャーが得意なこと。それに……」フォードは言いながら、表情はそのままに少しトーンを落とした。「お友だちのこととか」


 フォードの純真な笑顔に一瞬、薄暗い影が差したような気がした。夕陽のせいもあってか、目が不気味なまでに赤く見える。


 私はまだフォードに、完全に許されたわけではないのかも知れない。


 嫉妬心が強すぎる。そうレポートには書いておこう。

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