第3話
これからどうしようか。
部屋に戻ってソファに座るなり、フォードに右腕に絡みつかれた。フォードはマーキングする犬みたいに私の腕に頬ずりした。見えないはずのふわふわのしっぽが激しく左右に揺れるのが見える。
「ねえ、フォード」
「なあに、コハル」
滑らかさを欠いた機械特有の音声が甘ったるく調整されて、脳がふわふわと刺激される。確かにかわいらしくはあるが、妹かとても仲のいい後輩のようで恋人だとは思えない。しかし、引き受けたからにはこのアンドロイドが恋人として問題なく機能するか確かめなければならない。
「今から食事にでも行かない? 恋人らしく」私はあくまでも軽い雰囲気で提案してみる。
「それってつまり、デートってことだよね!」フォードはぱっと顔を上げて目を輝かせた。
「うーん、まあ……そういうことになるかな」
「やった、すごく楽しみ!」フォードは勢いよく立ち上がった。「そうと決まれば早く行こう、今すぐにでも、ね?」
今すぐに、とはさすがに無理な話なので、とりあえず外出できる服に着替えて必要最低限の荷物をトートバッグに詰めた。そわそわしながら玄関ドアの前で髪の毛を指に巻き付けているフォードのもとへ、急いで向かう。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、全然」
定型文みたいなやり取りを自宅の玄関の手前で済ませ、フォードと私は街へ出た。
* * *
ちょうどお昼どきということもあって、街にはそこそこの人通りがあった。
「ねえコハル、今はどこに向かっているの?」
「近所のファミレスだよ。友達がそこでバイトしてるから、シフトが入っていればおまけしてくれるかもしれない」
ファミレスはアパートからアカデミーへと向かう途中にあり、これまでに何百回と前を素通りし、何十回と通っている。目を閉じたままでもたどり着けるほど歩き慣れた道を、他愛のない会話をしながら普段よりも遅い速度で歩く。フォードとしっかり手をつなぎながら。
「迷子になんてならないけど、手をつなぎたいな」というフォードの希望により、私の片手はふさがってしまったのだ。この年になると異性と手をつなぐよりも同性と手をつなぐ方が恥ずかしい。私の個人的な領域に関して、あらぬ誤解を世間に振りまきまくっている気がする。
他人の視線を過剰に気にしながら、ようやく目的地にまでたどり着いた。着いたころには精神的に疲労困憊だった。
自動ドアが開いて店内に入ると、アンドロイドのウェイトレスが奥の4人掛けの席へ案内してくれた。向かい合って席に着き、私はメニューを開くことなくドリンクバーとカルボナーラを注文した。
「フォードはどうする?」私はフォードにメニューを差し出した。
「ん-、私はいらないかな」フォードは少し眉を下げた。「消化できないから頼んでも残しちゃう」
「そっか……ごめん、私の都合で飲食店に連れてきて。ゲームセンターとかにすべきだったね」
「ふふ、全然そんなことないよ」フォードは笑った。「私はコハルといればどこだって楽しいし、楽しそうな顔が見られたらうれしいから」
どうやらアンドロイドに気を遣われたようだった。実際にフォードを動かしているのはプログラムなのだから、彼女に遣う気などあるはずはないのだが、あまりに自然なやり取りに彼女がいじらしく見えてきた。
ウェイトレスが復唱した注文を確認して厨房に入るのを見送り、ドリンクバーでアメリカンを入れて席に戻った。
それからの会話は驚くほどにスムーズだった。恋人らしい……とは言えないが、その手前あたりにまでは来られたんじゃないかな。
「お待たせしました、ご注文のカルボナーラでございます」
会話に夢中で反応が遅れたが、明らかに先ほどのアンドロイドとは違う人間の――それも随分と聞きなれた――声だった。
料理がテーブルに置かれ、その腕をたどってウェイトレスの顔を見上げた。
「ありがとう、ココロ。シフト入ってたんだね」
「うん、今日も4時まで働くよ」ココロは言った。「いつもみたいにドリンクバーはおごりだから。その代わり、また来てよね」
いたずらっぽく笑って去っていくココロに手を振り、料理に手を付けようとフォークを手に取ると、
「ねえ、さっきのウェイトレスさんがコハルのお友だち?」フォードは言った。
「そうだよ、少なくとも私はそう思ってる」
「結構仲いいの?」
「そうでなきゃ何度もおごってくれないと思うけど」
「……ふーん」
その声には、合成音声だとは信じられないほど、強く冷たい感情が込められているように聞こえた。
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