第39話
午後からは、のんびり歩きながら雑貨屋・服飾店・薬草薬品取扱店など、手当たり次第に入っては冷やかしていた。
アルも冒険者御用達の魔道具屋では珍しく目を輝かせていて、ちょっとかわいい所を見つけてしまった。
好きなものに饒舌になるのは誰も同じで、すごいテンションで楽しそうに話すアルにちょっと引きそうになったけど…
「カリン、折角だからあそこも入ろうか?」
「宝飾店?でも、見るだけって迷惑がられない?」
「ん~大丈夫じゃないかな?見ておきたい物もあるしね」
「用事があるなら、行きましょう」
「ありがとう。ところで、カリンは、どんな宝飾品なら嬉しい?」
「ん~、私は実用的で日常使い出来る簡素さの中に一点だけ、凝っている作りのものとか?見えないところや目立たないところにこそ、こだわっているものが好きよ。一般論とは、かけ離れているだろうけどね」
「カリンらしいね」
「どんな女性に贈るの?誰かの為に下見がしたいんでしょ?付き合うわよ」
「ありがとう。贈りたい人は、夢を自力で叶えてしまう様な自立した人だよ。でも、ちょっと間抜けだったり、せっかちだったり、かわいい所がある人なんだ」
「なんだか、素敵な女性ね。幸せ者だわ。アルに、想ってもらえて」
ちょっとかなり、私的にはしんどいんですけど、ね!誰だよ、ってか私じゃないんかいっ!ほのかに期待した乙女心を返せ!くっそ~。でも、応援してあげないと…
「そうかな?でも、友人くらいにしか、思われてないと思うよ」
「さ、見よ見よ。どんなのがあるかなぁ」
アルの想い人に軽く嫉妬しつつ、男性から女性に贈る系の品物を探しに入る。
「そういえば、その人の髪や瞳は何色なの?自分の瞳の色ってのは定番だと思うけど、髪の色に会う色の装飾も使いやすい物よ?」
「ん~、ちょうどカリンくらいの茶色かな。日に透けると、もう少し赤みがあるように見えるけど、キレイな色だよ」
「じゃぁ、銀よりも金の方が映えるかもしれないわねぇ。髪は長いの?」
「そんなに長くはないよ」
「そう、髪をまとめるものなら、使ってもらえるかと思ったけど、どうかしらね」
「髪をまとめているのは、あまり見たことがないかな」
「そうなのね。じゃ、まとめるより、ちょっと留めるっていう方がいいかも知れないわね。髪をおろしてると、たまに顔にかかる横の髪が邪魔になるのよ」
「なるほど。参考になるよ」
「それは良かった」
色々と見て回り、結局今日は買わずに考えると決めたようだ。
中心に青色の小さな石がはめ込まれた金の花がいくつか連なっていたヘアピンが可愛かったけど、自分様に買うようなものでもなかったし、自分で買うのが癪だったので買わなかった。
「さて、次は何を見に行こうか?」
「そうだねぇ、ちょっと休憩にでもしようか?歩き疲れたし、のどか湧かない?」
「いいね。あっちに屋台が並んでいるから、見に行こうか?果実水の屋台が、確かあったはずだよ」
アルの案内で果実水を買い、二人で近くに会ったベンチに座って休憩。
こういう些細な時間も愛おしいと思うけど、思考がアルの想い人に寄って行ってしまう。
「どうした?急に頭を振り出して…ちょっと、怖かったよ」
「ごめんごめん。悪い考えを追い出したくてさ」
「何でもないならいいけどね。そういえば、帰るのはいつになりそうなんだい?」
「ん~、実は何件かお茶会に招待されててね。最後のが10日後だから、最低でもその次の日までは、居ることになるわね」
「そっか。なんだか、大変そうだね?」
「そうなんだよね。礼儀作法、あんまり得意じゃないから。焦って復習中なの」
「あはは。僕に出来ることがあれば、言ってよ」
「うん、ありがとう。さて、そろそろ、行きますか」
「そうだね。まだ、あっち側を案内してないからね」
アルとの時間は思いのほか早く流れてしまって、何件かを覗くとやんわりと遅くならないうちにと送り返されてしまった。
お礼を言って別れる時もアルは罪作りで、私の手の甲に軽く音を立ててキスをしていった。
恥ずかしさと照れと彼の想い人への嫉妬と、なんだかよくわからない感情で部屋に入るなり、ベッドにダイブして枕に叫び声を吸収してもらう羽目になった。
翌日からは、お呼ばれに次ぐお呼ばれでアルのことを考える暇もなく過ぎていく。
クレアのお母さんの友人さんに始まり、クレアのお茶会まで、私とお母さんはアッチコッチに顔を出した。
おかげで、かなりの売り上げを見込める発注も取り付け、領都での出店にも前向きな案が出て、こちらで有力な商会の後押しも約束された。
クレアがどんな人たちとこれから交友を深めていくのかも見れたし、お母さんも私も有意義な時間を過ごすことが出来たので、案外充実した疲れを感じることが出来た。
さぁ、明日は帰路に就くぞと荷物をまとめていた夕方、クレアとアルが訪ねてきた。
アルは、クレアの護衛という体だったけど、学生時代の様に三人でお茶を飲むことが出来て嬉しかった。
ほんの少し離れていただけだというのにこんなに寂しいのは、きっと明日以降は本当に滅多に会えなくなると分かっているからかもしれない。
たわいもない会話と笑い話で盛り上がって見送りの時、クレアはアルに目くばせをすると先に歩き出してしまった。
「カリン、気を付けて。彼女がくれたほんの少しの時間しかないけれど、これを君に。僕の想い人は、君だよ。君が君に嫉妬しているのを見て、何度抱きしめたいと思ったか。必ず、迎えに行く。その前に、君がこっちにお店を出しそうだけどね」
そう言って、私のおでこにキスをして駆け足でクレアの後を追っていった。
私は、そのまま数分、思考と行動が凍結していた。
我に返ったのは、クレアとアルの姿はとうに見えず、心配したマーサが迎えに出てきたところだった。
後から聞いたところによると、その日の私は夕飯を半分程こぼし、大半を残して、洗った髪も拭かずに出てきたらしい。
マーサとマリアンヌさんが居なければ、翌朝の髪は悲惨なことになっていただろう。
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