第37話

発表会の当日のクレアは、輝く宝石の様に美しかった。

前日に、フェイシャル、デコルテ、リフトアップ、リンパドレナージュ、腕と脚の引き締めとくびれ作り、オイルヘッドスパと、出来ることは全てやった。

ほぼ半日を費やしたが、クレアの今の輝きを見れば私の疲れなど毛ほども感じない。

かくいう私も、それなりにこの場にふさわしく飾り立てられている。

早朝から、着替え、化粧、髪結いと、ドえらい目にあった。

張り切りすぎたマリアンヌさんが、マーサに何度か窘められていたほどに。

そのマーサの手にかかったお母さんも、商会長として淑女として見事に凛とした佇まいを醸し出している。

元冒険者だからなのか、鍛えた肉体にうっすらついた脂肪、張りと艶のある肌と髪、元が綺麗な顔をしているから、キレイな姿勢やその他諸々が合わさって、とても子持ちの中年とは思えない。

客観的に見て、うちのお母さんはべらぼうに美人だ。

その隣に立つのは、全てが普通の私にはちょっと悲しい。

ブサイクではない、だが、美人でもない。

それが、客観的に見た私の造形についての自己評価。

同じようにお手入れしているし、若さが味方するとはいえ、やっぱり年を経たが故の美しさは手に入らない。

チラチラとこちらを見ている男性が多いのは、きっと私ではなく、お母さんを見ているからだろうと思っている。

「クレア。おめでとう」

「カリン、すぐにわかったわ。ありがとう」

「長かったね、婚約の儀。これから、いろいろな人にご挨拶なんでしょ?」

「えぇ、すぐに披露会が始まるわ。そうだ、聞いて。アーノルドがね、珍しく、着飾った私を見てお口をあんぐり開けてたのよ。あんな間抜けな顔を始めて見たわ。面白かったわ」

「クレアが美しいのは当たり前。それで?ちゃんとクレアを褒めたんでしょうね?あいつ」

「ふふ。えぇ。『その、とても…美しい』って、随分素直に。びっくりしたわ」

「よし、ならいい。ちゃんと言えるなら、もっと前から言えって話だけど、許してやろう」

「あはは。えぇ、そうね。許してあげられるわ、きっと。今までのことも」

「それは、覚悟ってやつ?」

「うん。あの人が、私を美しいと言った時の顔を忘れない限りは、きっと大丈夫だと思うわ」

「そっか。それなら、私はクレアの気持ちを大事にするよ」

「ありがとう、カリン。それと、今日の飾りも。とっても素敵。あんなにたくさん、大変だったでしょう?本当に、ありがとう」

「どういたしまして。クレアのためだもの」

「あ、そうだ。どこかにアルが居るはずよ。警備の為に、見習い含めた全員が研修として参加しているはずなの。アルの正式な隊服姿が見れるわよ。じゃ、行くわね」

そう言って、いたずらな顔でウィンクをしてクレアは去っていった。

「カリンちゃん、アルくん、あっちにいたわよ?お母さんに、あっちにある飲み物取ってきてくれてもいいわよ?」

「お母さん…盗み聞きは、良くないよ?」

「聞こえちゃったのよ。お隣にいたんだもの」

「もう…飲み物、見てきてあげるわ」

「ふふふ。よろしくね」


アルは、すぐに見つかった。隊の誰かと話しているから声は掛けなかったけど、変わらずのイケメンが正装用の隊服を着ていた。

それは、まさに、かっこいいの一言。イケメンは、何を着ても絵になる。

暫く粘着ストーカーみたいに物陰から、覗き続けてしまった。

アルは、この領都で領主に使える私兵として町の警備を担当する部隊に所属すると言っていた。

きっと、人気が出るだろう。花街に行くのは独身男性のお約束みたいなもんだし、私より素敵な人達にたくさん出会うんだろう。

少し寂しいけれど、おでこに貰った小さなキスだけ大事にしまっておいてもいいかもしれない。

お母さんの飲み物取って、戻ろうかな。

「カリンっ!待って」

「アル?」

「やっと解放された。君が居たの、わかってたんだ。あの先輩、中々話が長いんだよ。会えてよかった。きれいだね、今日も」

「ありがとう…アルも、似合ってる」

「ありがとう。見せることが出来てよかった。こういうの、カリン好きだって前に言っていたもんね。自分で言うのもアレだけど、結構似合ってると思うんだよ」

「あはは。似合ってるよ、本当に。また女性に、囲まれそうだなって思った」

「それは…勘弁してほしい…カリンが隣にいてくれたらいいよ」

「今日は、お仕事でしょう?何言ってるんだか」

「仕事じゃないときも、の話なんだけどね。ま、いいよ。そうだ、アーノルドに会ったかい?」

「ん?いや、会ってないよ?婚約の儀で顔を見ただけ。何かあったの?」

「君に話したいことがあるって言ってたからさ。気が向いたら、相手してあげてよ。じゃ、行くよ。ねぇ、3日後休みなんだ。一緒に出掛けよう。居るだろ?」

「わかった。ありがとう。3日後に、待ってるね」

駆けていくアルの背中を見送りながら、小さな約束に顔がにやけるのを止めようと格闘してみたが完敗した。

「あら、おかえり。会えたみたいね。飲み物、ありがとう」

「うん、3日後休みだから出かけようって」

「あら、よかったわね。マリアンヌさんとマーサに、また張り切ってもらうわ」

「いや、ダメでしょ。やめてよ」

お母さんに揶揄われているいる私の元に、今日の主役のもう一人が従者と共にやってきた。

「カリン嬢、ご来場いただき感謝する」

「アーノルド……無理してんね。いいよ、別に丁寧じゃなくて。気持ち悪いし」

「おまっ…まぁ、いい。それなら、普通に話す」

「アーノルド…早すぎるだろう…もうちょっと、取り繕えよ」

「スタン、久々ね。元気そうで何よりだわ」

「あぁ、君も元気そうでよかったよ」

「んんっ。カリン、その、悪かったな。学生時代は、その、いろいろと」

「話したがってたって、そのこと?」

「あぁ、アルベルトに聞いたのか?そうだ、ちゃんと謝らなければと思っていた」

「そう。じゃ、許した。その代わり、クレアを泣かせたら、恥も外聞も関係なく、あんたをぶち殺しに行く。わかった?」

「わかった。ありがとう。クレアのことは、大事にする」

「よろしい。聞いたよ?キレイだって、言ってくれたって。心から、キレイだったでしょ?あんたの婚約者」

「……ちっ。きれいだった。もう行く」

笑いを堪えるスタンと私を見て、不機嫌そうな顔でアーノルドは帰っていった。

スタンがちらりと振り返って、手を振ってくれたから振り返しておいた。

存外、楽しい発表会だ。

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