第36話

卒業の翌日、カレン商会の副会長に就任。

書類を書き換えたら、クレアの婚約発表会の準備に入った。

お母さんと私それぞれに使用人数名、両家への祝いの品など、細かいことがたくさんあった。

商会長であるお母さんの付き人として、秘書のミリエッタさんと家の侍女頭のマーサが決まった。

私には番頭のシモンさんと、着付けやメイクアップなどをお願いするマリアンヌさんが決まった。

マリアンヌさんが付き人に決まった時には、ひと悶着あった。

ジョエルさんが自分が行くと言い出して、マリアンヌさんに女の子の着替えなのだからと言い負かされて、終始険悪ムード。

結局、私がジョエルさんに当日に着るセットアップをまるっとお任せすることで、何とかご機嫌を取ったのだ。

両家へは、商会の商品ひと揃えをそれぞれに10セットずつと、まだ発売されていないローザブーケの香水を数量限定で出すつもりの特別仕様の凝った装飾のガラス瓶に入れて5つずつ、用意した。

当日は立食形式で長テーブルを10ほど並べると聞いたので、キャンドルで盛り上げてもらおうとアロマキャンドルを作ったりした。

風魔法を使って色鮮やかなままドライフラワー状になった、いろいろな花を入れて蜜ろうを流し、別で作ったブーケの中央に据えて、結婚式場で見るようなキャンドルを作り上げた。

香りは、軽やかに香る様に調整したフローラルブーケ。

気に入ってもらえるかわからないけれど、商会としても親友としても出来る限り出来ることをしたかった。

もちろん、近い未来に来る結婚式当日も、持てる技術の粋を集めてクレアを最高の花嫁にするつもりでいる。

お母さんとお婆ちゃん曰く、こうゆうときの滞在は挨拶やらお茶会の招待やらでざっと10日ほどになるだろうということなので、かなりの大荷物だ。

準備を終えた前日の夜の私は、ぐったりとベッドにダイビングした格好のまま寝落ちてしまっていた。

もちろん、早朝に起こされて身だしなみを整えられたけど…強制的に…

「お父さん、お婆ちゃん、みんな、行ってきます」

「行って参ります。あとのことは、お願いいたします。あなた、お義母様」

「いってらっしゃい。心配しなくていいわ。ちゃんとやっておくから」

「行ってらっしゃい、二人とも。気を付けて」

「「いってらっしゃいませ」」

家の玄関で見送られて馬車に乗り込み、馬車2台分の荷物と雇った冒険者と共に丸2日間の、馬車旅行が始まった。

レンタルできる最大の大型の魔動車が開いてなかったこともあって、今回はのんびりアナログな旅となった。

急ぐけど、特急じゃないからとお母さんは、冒険者時代を思い出して楽しそうだ。

因みに、私とお母さんの乗る馬車は、座面の奥行きが広くて寝転がることが出来るふかふかな高級仕様。お尻が痛くならなくて、寝心地も最高!

魔道具で冷暖房完備、小さな机も備え付けられていて、中で安全に食事も出来ちゃう。

一緒に乗っているのは、お母さんとマーサだけだし、気が楽!

護衛に雇った冒険者の中にレオナさんの知り合いだという女性冒険者もいて、休憩の間にちょっと楽しいおしゃべりも出来た。

夕食時には見張りをしてくれている以外の冒険者の人達と食事を共にし、野性味あふれるスープも貰い、冒険者たちからお母さんの冒険者時代の伝説も聞いたりもした。

そして、お母さんの名誉の為にも、表に出してはいけない顔を見てしまったことと、一部の冒険者の一部の記憶が欠損し目が覚めたら覚えのない脇腹の青あざに気づいただろうことは、お父さんとお婆ちゃんには言わないと決めた。

結局、街道には滅多に魔物は出ないし、護衛が大勢ついていることで盗賊の類に襲われたりもせず、悠々と婚約発表会まで2日の余裕を持って領都セレスペンスに到着した。


先ず向かったのは、領主様が手配してくれた宿。

次に、身なりを整えて領主様への挨拶。

お母さんが商会の代表として言葉を交わすときの言葉遣いや姿勢・態度を、実際の場で緊張感に包まれた状態で観察できるのはありがたかった。

いつか私がやらなくてはいけないことだから、しっかり見て来いとお婆ちゃんにも言われている。

お祝いの為に持ってきた贈り物や、テーブルに飾ってもらうためのキャンドルもその場でお渡しして、場を辞するとクレアが玄関まで見送ってくれた。

婚約者のいる淑女の振る舞いを身に着ける練習中だと笑っていた彼女の微笑みは、学校にいるときとは違う見事な淑女のそれだった。

そのあとは、ゆっくりと領都を観光しがてら冒険者組合や商業組合に挨拶をしたり、おいしそうなものを食べ歩きしたりして過ごした。

明日は、朝からクレアの肌のコンディションを整えるために、お邪魔することになっている。

私の腕の見せ所。クレアが嫁ぎ先やその関係の家から舐められないように、しっかりと美しい婚約者に仕立て上げて見せる。

意気込んで気合を入れたら、領都の食べ物がガツガツと胃袋に入ってしまって夕飯後の私のお腹は赤ちゃんみたいにパンパンに膨れてしまった。

何気に、うちの街よりどれもこれも味がおいしくて悔しかったけど、本当においしかった。

今回のことで、クレアの家とアーノルドの家のことをちゃんと調べ直してみたから納得できているんだけど。

王都を国の中心としてみるとき、この領都は南西側にあり、西の隣国との国境と南に広がる魔物の巣窟である大森林の脅威から国を守る位置にある。

国境に接していることから商人の行き来は当然あるし、大森林があるおかげで冒険者も多く、人と物の流通に関しては国随一の領と言って過言ではないらしい。

だから、食べ物が美味しくて、ものが豊富で、領内が飢えることなく裕福なのだ。

そして、アーノルドの実家は国の軍事の中枢で権力を振るっている。

金と地位と権力の揃った、名門といわれる歴史あるお家柄だ。

アーノルドは、アレだけど…まともになってきたらしいけど…

元から派閥が同じであるし、国防やその他諸々を考えればお互いに手を組んで損は無いとの判断から、小さい時から二人は内内間で婚約者として過ごしていたらしい。

本人の意思は、よ!と思わんでもないけど、仕方がないことなのかとも思ったりする。

兎にも角にも、クレアが幸せになってくれるなら、クレアを幸せにしてくれるなら、私には何でもいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る