第35話
休憩時間に三人で掲示板を見に行って喜びを爆発させた日から数日経って、販売利益と賞金と賞品の授与があった。
利益と賞金の合計小金貨24枚と銀貨9枚と銅貨2枚に、賞品のトロフィー的なもの。
話し合った末に、銀貨と銅貨は帰りにみんなで何かを買って使ってしまおうということになり、日本円で一万円近い金額を飲み食いと雑貨で溶かしての豪遊だった。
少しだけ残った銅貨は、教会の寄付箱に入れてお祈りをして帰った。
手元に残った小金貨8枚、何に使うか…
昔、前世でのお婆ちゃんに『稼いだお金の使い方、降って湧いたお金の使い方で人間性が見える』と言われたことを思い出していた。
『稼いだお金は自分の将来の為に使い、降って湧いたお金は誰かの為に使いなさい』と、言っていた気がする。
今回この手にあるのは、両方の側面を持つお金だ。
ならば、使い道はクレアとアルにずっと友達で居たいと伝えるために使ったらいいかと、思い付いた。
でも、お金を何に変えるかが思いつかない…卒業して離れてしまうまで、あと三か月ほど、悩むことになりそうだ。
いつも通りの授業と学年末試験に卒業式の練習にプレゼント作りと、なんだかんだと忙しいまま今日を迎えてしまった。
二人に用意したのは、アロマキャンドル。
ガラス工房に個人的に依頼した手のひら大の耐火性能を付与したガラスコップに、バラをはじめとした色とりどりの花びらを散らし、上質な蜜ろうを注ぎ、精油を混ぜて作った。
その過程で、カレン商会に養蜂農家と草花農家が専属で契約することになった。
バラなどの花やハーブ、蜂蜜と蜜ろうの安定供給が行われるようになれば、今の商品たちの価格改定でもっとたくさんの人に広がっていくだろうなと思っている。
それぞれの両親や親族が見守る中、卒業式は滞りなく行われ、晴れて私たちは卒業生として学校の門を出た。
「カリン…」
「クレア…」
門の外で泣きながら抱きしめ合う私たちを、アルや家族が生暖かい目で微笑んでいても気にしない。
クレアは2日後にアーノルドたちと実家に戻り、アーノルドが見習い騎士として入隊する前には婚約発表会を行う。
アーノルドの入隊は10日後だから、私は友人として5日後にクレアを追いかけて領都まで旅をする手筈だ。
クレアの親友として当然の出席だが、クレアに出資してもらっているカレン商会代表としては、これが初めての表舞台での私のお披露目にもなる。
しっかりと、気合を入れていかないと。万が一にも、クレアに恥をかかせるようなことは出来ない。
それでも、もう二度とこの学校でのんびりとおしゃべりできないのだから、寂しさは隠さずに吐き出すことにした。
「寂しい」
「私もよ、カリン。寂しい」
「すぐ会えるけど」
「そうね。すぐ会えるわ」
「ねぇ、二人ともさ、僕とも別れの挨拶してくれない?」
「アル…だって、あなたには普通に会えるもの」
アルも、クレアと共に領都に行ってしまう。私だけ、この街で離れ離れだ。
「そうだけど…じゃぁ、せめてカリンだけでもさぁ」
「アル…仕方ないな…でも、あとから私が誰かに刺されたりしないように守ってくれないと困るわよ?」
「刺されないでよ…」
「仕方ないでしょう?あなたの後ろで、すごい形相で私を睨んでいる女性の人数数えてから言って欲しいもんだわ」
「ははは…でも、カリンのご両親には了承してもらってるから、抱きしめさせてよ。一度もしてくれたことないんだからさ」
「そりゃ、男の子においそれとするものじゃないでしょう」
「わかってる。だから、この一度だけだよ」
「アル…」
「カリン、ありがとう。君に出会えてよかった。初めて会った時のおでこの痛みに、今は感謝してるよ。また、会おう」
「私も、アルには感謝してるわ。ありがとう。元気でね。たまには、手紙書いてあげるから、あなたもたまには書いてきて」
「必ず」
そっと抱きしめられたアルの腕の中は思ったよりも広くて、男の子なのだと、男性なのだと実感した。
離れる瞬間に、小さくおでこにキスをされたときは、お父さんと周りにいた女の子たちが倒れそうなほど叫んでいた。
その他の人たちは、感心したような声を上げていたが、私の心臓は女の子たちの叫び声よりも煩かった。
「アル?!」
「ははは。ちゃんと君のお父さんには、怒られてくるよ」
「いや、それもだけど、あっちも何とかしないよ!私が、殺されるじゃない!」
「ははは」
「カリン、大丈夫。私が守るわ」
「クレア…」
「カリン、もしかしてずっとアルの気持ちに気づいてなかったの?」
「クレアは気づいてたってことね?」
「カリン…あなたって人は…」
「だって…でも、さぁ…」
「しょうがない人ね、カリンは。でも、ちゃんと考えてあげなきゃだめよ?好きでしょう?アルのこと」
「なっ!…なんで」
「わかるわよ、親友だもの。私もきっと、アーノルドとの関係構築に悩む時が来るわ。そうしたら、二人であれこれ悩みましょうね」
「そう…だね…」
「あ、そうだわ。忘れるところだった。はい、カリン」
「なに?わ~、ありがとう!可愛い髪飾り。私もあるよ!はいっ」
「ありがとう。すごく、キレイ…」
「うん、頑張って作った。クレアの好きな花と香りで作った、香り蠟燭。火をつけても香るし、付けなくても綺麗よ」
「ありがとう!嬉しい!飾っておくわ、大事にする!」
「うん。私も、大切に使うよ」
「僕には?」
「もう、怒られてきたの?」
「あるわよ。あなたにも」
「ありがとう。僕も、二人に贈り物があるよ」
アルが渡してきたのは、小さな瓶に入ったお酒だった。
私たちの生まれ年に作られた、年の分だけ熟成されたお酒。
お母様の実家で作られた、アルのためのお酒を私たちに分けてくれたのだそうだ。
「僕の大切な友人たちにならって、小分けしてくれたんだ。大事な時に、大事な人と飲んでほしい。でもいつか、年老いてから、また会おう。それまで、一口分だけは残しておこうよ」
「いいわね。そうしましょう」
「うん。大事に飲むよ。ありがとう」
クレアからは剣を模したブローチを貰って、私からのキャンドルを抱えてアルはご家族と帰っていった。
アルのご家族には、非飲用酒精の時に挨拶をしているので、それなりに親しくさせてもらっている。
アルのお姉さんが、軽く振ってくれた手に振り返して、見送った。
クレアも両親と共に歩き、何度も振り返って手を振りながら帰っていった。
ひと悶着もありつつ、悲しいような寂しいような、まだまだ賑やかな様な、私たちの卒業式は終わった。
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