第34話

「お腹すいた…」

翌朝、寝ぼけまなこで発した私の第一声がこれだった。

昨日、家に帰ってからの記憶がない。

食事した記憶もなく、お腹がすいているということは、食べてないで確定だろう。

「おはようございます。お腹すきました」

「おはよう、カリンちゃん。今日が、お休みでよかったわね。もうお昼前よ」

そう言って、私をソファに誘ったお母さんはポスンと座った私の頭を撫でてくれた。

「休みじゃなかったら、辛すぎるよ」

もうすぐ成人しようという一人娘が久々に甘えてきたのが嬉しいのか、終始ニコニコのお母さんの肩にもたれてもうひと眠りしたいところだなぁと思いながら目を閉じた。

「カリンちゃん、ほら、起きて。持ってきてくれたわよ」

目を開けると、お盆の上に軽食とスープを乗せた侍女のお姉さんが、テーブルセッティングをしているところだった。

「いい匂い…」

匂いにつられてフラフラとテーブルに向かう私を、お母さんが微苦笑して見ている。

「お母さん、あとからクレアとアルに会ってくる。昼過ぎに中央公園の芝生広場で落ち合う約束なの」

「わかったわ。気を付けて、行ってらっしゃい」

「うん」

もりもりと持ってきてくれた食事を平らげて、腹休みをした後は身づくろいに勤しんだ。

昨日の疲れは若干残っているものの、若さとはすばらしいもので前世で経験した全身ダル重感は無かった。

身づくろいの仕上げに、前にユリの精油を作った時のフローラルウォーターを風の魔法を駆使して部屋全体にミスト状にして振りまき、ついでに自分の全身にも浴びた。

ほんのりと鼻孔をくすぐるいい香りは、自分のモチベーションとテンションを上げるのにとってもいいと思う。


「カリン!」

「クレア!」

お互いに見つけ合って駆け出すと、そのまま抱きしめ合ってお疲れさまと労い合った。

「本当に君らは…、仲良しだね。妬けてくるよ」

「えぇ?どっちに妬けるの?アル。アルも、お疲れ様」

「そうね、私に妬けるっていうなら、あなたの見る目は確かだと褒めてあげたいけど」

「どっちにもだよ。二人とも、お疲れ様。よく眠ったかい?」

「お昼近くまで寝てたわぁ、私」

「私もよ、カリン。あなたは?」

「僕も、さっきまで寝てたよ。さすがに寝すぎだって、怒られて慌てて出てきた」

「あはは!ま、何はともあれお疲れ様ってことで、行こうか」

「新しい甘味処に行くんだったね」

「うん!さ、行こう!」

クレアのお手を握って、アルの背中を押しながら芝生広場をずんずん横切って歩く。

今日は、お疲れ様会と称して、一日中街を巡る気でいる。

クレアとアルと友達たちと過ごした学校生活も、本当にあと少ししか残ってない。

楽しまなきゃ損だとばかりに、二人を連れまわす気でいた。


隠れるように建つ小さな新しいカフェで「これ、おいしいね」とお菓子を摘まみ、少し散策がてら歩いて見つけた雑貨屋の小さな髪飾りに「あれ、可愛くない?」と足を止め、「アル、頭の羽飾りが似合ってるよ」と店先に飾ってるおかしな色合いの帽子をかぶってみたり、「クレア、お揃いで買っちゃう?」と前にお揃いで買ったぬいぐるみのためのお洋服を吟味する。

私とクレアがやることに、つっ込んだり巻き込まれたりのアルも、なんだかんだでずっと笑ってくれていた。

たまにおいしそうな匂いにつられては買い食いをして小休憩、満足して街をぶらつくを繰り返して、夕方まで騒がしく楽しく過ごした。

はしゃいでいた空気も夕焼けの色に染まるともの悲しさを映しだして、ただそれぞれの家に帰るだけなのにまるで今生の別れのような気になってくる。

「楽しかったね。んじゃ、お疲れ様会終了ってことで、また明日ね!」

務めて明るい声を大きく出して手を振ると、二人の顔も一瞬の陰りのあとに笑顔になった。

手を振り合って明日を約束して、それが守られる。たったそれだけのことが、まるで奇跡なんじゃないかと詩的なことを考えながら家に帰った。

今日の出来事をみんなに食事と共に楽しく報告して、ベッドに潜り込むと一気に寂しさに襲われて、泣きながら眠ってしまった。

もちろん、翌朝の私のまぶたはデロンと腫れ上がって、見るも無残なブサイクの出来上がりである。


「おはよう、クレア!アル!」

「「おはよう」」

「カリン、どうしたの?目、大丈夫?」

「少し、腫れてるね。なにかあったのかい?」

「ん~ん、何にもない。気にしないで。大丈夫だから」

朝ぎりぎりまで冷やしても引き切らなかったまぶたの腫れを、目ざとく見つけてくる友人たちから手で隠して足早に教室に入り、席に着いた。

「おはよう、諸君。ゆっくり休めたことと思う。今から、発表会での順位結果を発表する。静かに聞き給えよ」

教室に入ってきた先生の言葉に、一瞬ざわつく教室。

みんな、頑張った分だけ気になっていた。私も、同じだ。

ちらりとクレアとアルを見ると、二人も目を輝かせて先生の一言一句を聞き逃すまいとしていた。

先生から演武や食品などの部門ごとに発表されていき、ついに体験系の順位になる。

「最後に体験部門であるが、一位はカリン・クレア・アルベルト組の香水作成体験である。2000個の発注に対して、3日間での総売上個数は1992個。他の追随を許さぬ販売ぶりであった。おめでとう、発表会始まって以来の快挙となる数字である。我々教師としても鼻が高いと同時に、この記録が破られる日が来ることを心から期待している。そして、各部門の清算された利益と賞金や賞品は、あとから代表者に連絡があるので待っているように。2位以下についても書かれた順位表が、この後掲示板に張り出されるので、休み時間などに確認するように。では、終了する。このまま通常授業を始めるが、そろそろ落ち着き給えよ」

お互いに視線を交わし合い頷いて、喜びをかみしめるのは休憩時間までお預けだ。

早速始まった授業に集中すべく、頭を切り替えることに集中することにした。




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