第32話

舐めてた。完全に、やられた…

瓶と精油と非飲用酒精の追加発注を超特急でかけないと、ヤバい。

校内にいる人間の数は、生徒教師他ひっくるめて500人ほど。

その人数が、今日だけで全員来た計算だ。

更には、明日も来るから!と宣言していった子が約半数。

明日は来ちゃダメなんて、決まりはない。

明日招待されている学校関係者は、300人ほど。

そうなると今日来てくれた内の200人前後がリピートしてくれたとして、約500瓶消える。

明後日は、一般公開で最大の稼ぎ時。残り瓶が300程では、完全にアウトだ…

プラスで初日の三倍ほど来たらいいなと思ってたけど、今日の三倍来たら1500人だぞ…対応出来んて…

とりあえず、どれだけ追加するか…悩ましい。

とりあえず、今日の完売までと営業できる時間を考えると、三人で対応できるのは時間を目いっぱい使ってもせいぜい800程か…

不足分の500、いや多めに見積もって600用意してもらおう。

ごめんよ~工房長。倒れないように、ちょっぱやで頑張ってください。お願いします。

初日でたどたどしい接客だった二人も、今日の怒涛の客の入りで経験値上がりまくった様だ。客さばきが、やけに板についてきていた。

「カリン、お疲れ様。すごかったね。さすがの僕も想定外だったよ。疲れた」

「アル、お疲れ様。頑張ってくれてありがとうね。クレアも、お疲れ様。滅多に見られない姿でぐったりしてるね」

「カリン、お疲れ様です。さすがに疲れました。こんな姿にも、なってしまうわ…」

「今日だけで、瓶が500個消えたね。精油が少しだけでも残っているのが奇跡な気がするよ」

「残りまだ二日あるわ。早速、瓶と非飲用酒精の追加発注と精油の追加作成よ…私寝れないかも…」

学校から一番近い私の家で、三人そろってソファにグテンともたれかかって休憩していた。

「カリンちゃん、いいかしら?」

「お母さん、どうぞ」

即座に姿勢を正した二人を見て笑いながら返事をすると、お母さんがお菓子とお茶を持ってきてくれた。

「ありがとう、お腹すいてたの」

「嬉しいですわ。ありがとうございます」

「行儀が悪いですが、早速いただきます」

「えぇ、どうぞ。それと、瓶や他のものはどれだけ欲しいの?」

「ん?んとね、青瓶が600…いや、700、非飲用酒精が今日使った3倍、精油が追加で用意した倍以上は必要かな」

「よかった、間に合うわよ。もう、サロンにあるわ」

「なんで?」

「念のためと思って、全部倍以上の量を商会で用意していたの。余っても、どうせ商品化して売っちゃうつもりだったし」

「お母さん!大好き!」

「さすがですわ…」

「うん、先見の明だね。ありがとうございます」

「どういたしまして。役に立ててうれしいわ。頑張ったんでしょう?話を聞かせて?」



お母さんのおかげで、二日目は何の憂いもなく全力で頑張れた。

結果は、その日想定していた500瓶を完売。

更に、予備として残していた100瓶の内3つを残すだけになって売り上げ数597瓶で終わり、私たちは瓶が不足することに戦々恐々となっていた胸をホッと撫で下ろした。

2000瓶あった瓶の残数は900瓶と対応できる人数分を少し超える程度、いけるかどうかぎりぎりの所。

結局使用した経費は、日本円にして240万。

いや、学園祭レベルで使うような金額じゃないって!おかしい…まぁ、1300瓶の売り上げを考えた時点で、私もおかしかったのだけれど…

経費を差し引いて、2000瓶売り切れば20万円の利益…お小遣いを遥かに超える額で笑える。

端から見たら、今日もぐったりとソファにもたれかかる私の顔には、ニヤついた皮算用が透けて見えるだろう。

「今日も疲れた…けど、明日で終わり。因みに、売り上げ争いは、聞くまでもなく僕らが一番だよ」

「だろうね。人の並び方が笑うしかない程だったもんね」

「えぇ、先生方も誘導に出ていらっしゃいましたもんね」

「さすがに、窓から見えた行列が全部香水目当てだって聞いたときは、僕も倒れそうだったよ」

「終わりが見えないって、怖いって初めて知りました」

「明日は、一般公開だから更なる死地と化すよね」

「やめて…カリン。考えたくない…」

「僕も…」

今日もお母さんの持ってきてくれたお菓子を餓鬼の様に貪りながら、労働の疲れをいやして明日に備える3人だった。


最終日、それは予想を遥かに超えた地獄と化した。

最終日の開場時間前には門の前に人だかり、開場したらほぼ香水のある教室に向けて急ぎ足の群衆の波、秒で人が溢れる教室。

さすがに、先生たちが朝から出動していた。

前日の内に作ってくれていたらしい時間ごとに区切りをつけた整理券を渡し、それまでは他の所を見て回ってほしいと誘導していた。

先生たちと目があえば、感謝を込めて何度も頭を下げた。

大丈夫だと、にっこり笑って返してくれる先生たちをこんなに頼もしく思ったことは初めてだ。

だがしかし、試練はこれだけでは終わらなかった…

お昼前の時間、突如として人波がさっと引いた。

何事かと思って顔を上げれば、恰幅のいいモロ高位貴族の男性と女性、白い〇塔さながらにずらりと後に従う男女、来てしまったのだと瞬時に悟った。

もちろん、クレアとアルも察していた。お忍びがお忍びのまま静かに過ごして頂いてさっさとお帰り頂ける様に、全力で対応することにする!と、目くばせをして頷き合う。

でも、怖くってさ、手が震えてさ、零すよね。もう、後ろ向いて非飲用酒精を移し替えるときなんか半泣きだよね。

頑張ったよ?前世で培ったビジネススマイルを張り付けて、声の震えが出ないように腹に力込めてさ。

しんどいて…こっちは一般市民なんだって…貴族ですらないんだって…考えてくれよ、王族様どもめ…絶対、口に出せないけど。

「あなたが、カリンさん?」

鈴を転がすような声とはこのことかと思うような美声で、一番最初に私の前に座った女性から声を掛けられた。

「はい。カリンと申します。よろしくお願いいたします」

「あなたに会ってみたかったの。カレン商会の化粧品、使っているわ。とても気に入っているの。ありがとう」

「は…ひぁい。お気に召して頂けたようでうれしく思います。あ、ありがとうございまちゅ」

なんちゅう間の抜けた返事…呪うぞ、私のベロよ。

多分、この国の第一王女様であろう、少女らしい可愛らしさと妙齢の女性の大人っぽさが入り混じったような美女。

彼女に手の届くほど近くで声を掛けられて、上ずらない人間が居るのかは不明だが、きっと私は緊張しすぎて間抜けな返事をした少女として、彼女の記憶に残るのだろう。いや、残らないかも…それはそれで、切ない…

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