第25話

やってきました、デビュタント当日。

朝から私はお母さんとお婆ちゃんに、飾り付けされました。

ダークブラウンの髪と濃茶の瞳には、真っ赤な薔薇の咲いた白ベースでスタンダードなAラインにスクエアネックのドレス。

髪型は、ハーフアップをゆるく編み込んで小さなバラを散らしている。

顔には、薄く白粉とお婆ちゃんが使っている薄オレンジの紅が指されている。

開場の時間に合わせて控室に迎えにきたアルは、ベーシックなスタイルの黒いタキシードに真っ赤な薔薇を胸に挿して、艶のある金髪をオールバックに流している。

チラリとおでこに落ちる後れ毛が妙に大人びていて、差し出された手を取る私の手が微妙に震える。

「緊張してる?カリン」

「そりゃ、するでしょ。アルは、してないの?」

「来るまではしてなかったよ。今は、少ししてる。今日のカリンは、いつにも増して綺麗だね」

「ありがとう。お母さんとお婆ちゃんが喜ぶわ。朝から、並々ならぬ気合いの入り様だったから」

「ははは。そりゃ、可愛い娘で孫娘のデビュタントだからね。姉上の時も母様が、凄かったしね」

「そんなもん?」

「そんなもんなんじゃない?」

手を引かれて、ゆっくりと会場に入ると、一際輝く私の推しの姿に緊張が飛んだ。

「クレア!綺麗!素敵!似合ってる!可愛い!さすが、私の最推し!」

「ありがとう、カリン。でも、褒めすぎよ。カリンも似合ってて素敵よ」

「やぁ、アーノルド。美しい婚約者だね。君も鼻が高いんじゃない?」

「アルベルト。まぁ、他の奴らよりは見れるな。俺に恥ずかしさを感じさせない程には、な」

「君、嫌われるよ?素直に綺麗だって、言えばいいのに」

ふんっと横を向いた、ボンボンアーノルドに唾を吐きたい気分だわ。

素直に、クレアの美しさを褒め称えるべきよ!

上品なミントグリーンに白い花の刺繍が胸元を彩り、白い大きなリボンが胸の下の切り替え部でスタイルよく見せている。

プリンセスラインのドレスを纏うクレアは、誰よりも綺麗だ。

艶々の長い赤銅色の髪は、ハーフアップにされて深く開いた背中を隠している。

唇には、控えめな色の紅が指されているのに、誰よりも艶めいて見えた。

「カリン、言われた通りにクリームをつけて紅を乗せてからカリンの作ってくれたティントだっけ?を、乗せてきたわ。どう?」

「うん。綺麗に発色してるし艶も申し分ない。今すぐに奪いたくなるような唇だよ」

「ふふふ、あのね、アーノルドが食い入るように見てきて、面白かったわ」

「クレアの唇を奪いたくなったかな?ま、本当にやってたら、私が激流魔法で海まで押し流してかもしれないけど」

「そうね、多分私も多重乱風で切り刻んでたかもしれないわ」

「クレアの方が、怖いじゃん」

物騒な冗談で笑い合ってる私たちの隣で、顔を顰める男二人。

側から見てたら、ちょっと面白い状態だったかもしれない。

そうこうしているうちに、学校長の挨拶や来賓の祝辞などを聞いて、本番のダンスの時間になっていた。

それぞれの相手との最初の1曲を、クレアペアは見事に、私たちは無難に踊り切った。

ほっとしたのも束の間で、そのまま更に2曲を踊った。

ヘトヘトになって壁際に戻ると、アルの差し出してくれた果実水を一気に飲み干した。

「お疲れ様、カリン。本番でヘマをしなくてよかったよ」

「アル、ありがとう。何度も助けてもらって本当に助かったよ」

「君が主役だからね。恥をかかせずに済んで、ほっとしたよ。さ、少し休んだら次は、君はお父さんとだろう?息は、整った?」

「うん、行ってくる。ありがとね」

ゆっくりとした曲をお父さんと踊り、既定曲が終わった後は自由にクレアともお母さんとも踊った。

お婆ちゃんはさすがに踊らなかったけれど、ずっとニコニコしていた。

途中、何人もカレン商会との顔つなぎにと挨拶をしてくれて、顔と名前が一致しない状況ではあったけど、クレアがそっとフォローしてくれたおかげで乗り切った。

無事に家まで帰ってから、ドレスを脱いで肩の荷が降りたことで、やっとやり遂げた実感が湧いた。

そのあとは、緊張していたからか夕飯もそこそこに泥のように眠ってしまった。

それからすぐに余韻もくそもなく学年末の定期試験に突入して、私の怒涛の3学年目は終わりを告げた。


短い休みが終わればすぐに4学年目が始まり、ほとんどの授業は選択式になって自分の目指す就職先への所謂インターンシップ的なものが始まる。

就職したいところに申請して許可を得たら始まる、軽いアルバイト感覚のお仕事体験期間だ。

だからなのか、4学年と最終学年の生徒で学校であんまり見かけないという人は多い。

申請は、年に3回まで行き先を変えられるから、いろんなことを体験しに行く人も多いらしい。

ま、私はいつでもカレン商会一択なんだけどね。

でも、ガラス工房か銀細工工房があったら、一度だけなら行ってみたいかも?

私は座学が軒並みトップのおかげで、必修の魔術と剣術の授業以外の座学全て自由参加にしてもらえるという免除制度がある。

剣術が1と6の日、魔術が3と8の日。その日の午後イチだけ学校に行きさえすれば、後は商会にこもっていても文句を言われない。

クレアも免除制度が適応される授業がいくつかあるけど、免除がない授業の日だけは一緒に従業を受けに行くつもり。

それでも、今までの倍くらいは自由にできる時間が増えるのは、嬉しい。

今探しているのは、座勳のためのヨモギかその代用品。

図鑑系は、あらかた見たけど見つからない。

自分で探しに行くか、しらみつぶしにそこら辺の草を鑑定にかけるか、悩ましい。

どちらも相当な手間と時間がかかる…くぅ~


そして、最終学年にはこれまでの集大成のお披露目イベントが待っている。

これまでで体験してきたことを踏まえての、さながら規模の大きな自由研究発表会。

つまり、私のやることは、必然的に美容関係に絞られる。

フェイシャルか、お化粧か、何をやろうか、楽しくなってきちゃうよね。

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