第23話
商会で作っている石鹸を粉にしたもので頭を洗い、さっと毛先にオイルをつけてタオルを巻き、顔に薄い布を置かれたアルに声をかけた。
「アル、これから、頭をマッサージをするね」
そう言って、軽く首をほぐしてから、側頭部・前頭部・頭頂部と順にほぐしていく。
ゆっくりと動く私の手元を、施術師たちが食い入る様に覗き込んでいる。
こめかみあたりをゆっくり指圧すると、アルから小さなうめき声が聞こえた。
「痛かった?ごめんね。少し弱くしようか」
「違うよ。ごめん。気持ちよくて、つい声が出ただけなんだ。そのまま続けてほしい」
「あは。わかったよ。このまま続けるね」
全体にほぐして、頭頂部から順にツボを押していく。
耳の後ろから首にかけて流し、首に乗っている頭蓋骨の縁を持ち上げる様に指を掛けてゆっくりと引っ張っていたときに、施術師のマリアンヌさんから声が上がる。
「気持ちよさそう…」
「気持ちいいですよ。お勧めしたくなるくらいに」
「あはは。アル、ありがとう。マリアンヌさん、今度みんなで練習がてらに交代でやってみて。教えた手技の中には入れてないけど、肩コリ首コリの人には、結構気に入ってもらえるよ」
「はい。ありがとうございます」
「はい、おしまい。どう?」
「頭が、なんだか軽くなった気がする。随分すっきりするものだね」
「気に入ってくれたなら、よかった。次はこのまま、ヘアパックするよ」
「お任せします」
すっかりまな板の上の鯉状態になったアルを見て、クレアが忍び笑いを漏らしているところを目撃しました。
「うちで作ってる植物油と精油に、蜂蜜ときれいにした卵の卵黄を使ったヘアパックをするね。いい?」
「卵を使うなんて、少しもったいない気がするね」
「まぁ、ちょっとお高いもんね。でも、つやが出て、きれいな髪になるよ」
「そんなものかい?」
「そんなものだね」
話をしつつも手早く混ぜながら髪に塗っていく私の手元は、施術師たちだけでなく全員からの注目を浴びている。
頭皮につかないように、髪と頭皮の際の部分ぎりぎりを攻める。
先に敷いてあったタオルでそっと髪を包んで、少し待機。
その間に、他の準備を進めながらの質問タイムになった。
「そんなに時間は無いから、一つか二つしか答えられないけど、何か聞きたいことありますか?」
「はい!」
何人かの手が、まっすぐ上に上がる。
「はい、マリーさん。なんですか?」
「えっと、さっきの頭を引っ張っていた施術は、何処に手をかけたらいいですか?」
「はい。首と頭の境目には、頭の骨に沿ってツボがあります。そこに指を置きながら、ゆっくりと首から頭をまっすぐに離すように引っ張ります。座ってても出来るから、後で全員の首と頭で教えてあげますね」
「ありがとうございます!」
そして、マリーさんの質問が終わったと思うや直ぐに手が上がる。
「はい、エメルさん」
「はい。カリンさんのヘアパックですが、タオルで包んでいる理由を教えてください」
「はい。それは、保温保湿と浸透率を高めるためですね。卵黄は髪にとって栄養がありますが、乾燥するとカピカピになりますしね。あと気を付けるのは、しっかり洗い流さないと匂いが残ることかな。今は、精油を足してるから気にならないと思うけど、生臭いのは嫌でしょ?」
ウィンクをして見せると、みんなが少しだけ笑う。
みんな肩に力を入れて私の手元を見ていたから、少しは気が抜けるといいな。
「そろそろ、流すね。この後は、髪を乾かすよ。そのあと、移動してお顔のお手入れね」
「はい。お任せします」
「はい。お任せされます」
アルの髪を洗って乾かすと、ほんのりと、まとまりのある髪になった。
「実感できてるかわからないけど、月に一度程度やるといいかなと思うよ」
「カリンにお願いできるなら、かな。自分じゃできないし。できれば、やってもらったことまとめてお願いしたいね。気持ちよかった」
「そうだね、せめてデビュタントまでは、私が責任持つよ」
「ねぇ、カリン」
「ん?どうしたの?クレア」
「私も、やってみたい…です。へあぱっく?」
「もちろん、いいよ。今日時間あったら、やろう」
「えぇ、ありがとう!」
「私たちも、居残りで練習しても大丈夫でしょうか?」
「うん。でも、髪のことを思うなら、やっぱり月に一度程度にしてほしいから、交代でね」
「はい!」
言っている間に、アルの髪を風魔法で乾かして、櫛を通す。
フェイシャルの施術のための施術台に移動してもらうと、後ろをぞろぞろとみんながついてくる。
さながら、昔見た『白い〇塔』状態で笑えてきてしまった。
「はい、ここに仰向けで寝っ転がってね」
「はいはい。これでいいかい?」
「いいよ。じゃ、みんなの復習がてら、やっていくね」
作っている化粧品の配合を変えて用意したマッサージ用クリームを顔に乗せて伸ばしたら、デコルテ・首筋・あごのラインからの摺り上げと口元・鼻筋・目の周りまでゆっくりとほぐして、おでことこめかみを通して老廃物を流していく。
リンパ線に沿うように指を動かして、老廃物のたまり場を掃除するように優しくほぐす。
力は入れないで、ゆっくりと手の温度で温めながら詰まりを取っていくイメージ。
耳下腺だけは、アルも少し痛がったけれど他はかなりスムーズに流れているみたいだ。
そりゃ、まだ10代前半だもんね。これで、詰まりまくってたら、恐ろしいわな。
蒸しタオルでクリームをふき取って、顔をさっぱりキレイにした後は、化粧水をパッティングして保湿クリームを薄く延ばす。
「アル、どう?」
「目が、すごくすっきりしてるみたいだ。なんだか、より鮮明に見える気がする。気のせいかな?」
「気のせいじゃないよ。ちゃんと、ツボも押しながら老廃物を流してるからね。自覚は無いと思うけど、目元もさっきよりキリッとしてるよ。手鏡をどうぞ」
引き上げの効果を再確認したのか、後ろでやってほしいという小声が3人ほどから上がっていたのを聞いた。
「ほんとだ。あれ?僕って、たれ目な訳じゃなかったんだね」
「自分の顔、どれだけ見てなかったの?面白いな。でも、何もしなければ、時間が経てば垂れていくよ。顔は特に。って言っても、今はまだ全然な年なんだけどさ」
「気になってたんだけど、僕、ぶつぶつがあるだろう?これは、治るものなのかな?」
「出来立ての小さな、ニキビになりかけがあったね。治るよ。っていうか、予防もできる」
「その…自分でも、できるかい?」
「もちろん。私たちがお店でする施術は、日々自分でやってもらった上での、特別なお手伝いなの。だから、基本的に毎日自分をお手入れするのは、自分だよ。ちゃんと教えるから、安心して」
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