第22話

「ただいま帰りました~」

「お邪魔いたします」

「お邪魔いたします。突然の訪問を、お許しください。アルベルト・マッセンと申します」

私の気軽な挨拶に続いて、居間で待っていたお母さんとお婆ちゃんに、少し緊張したアルベルトの声が流れた。

「いらっしゃい、クレアちゃん。あなたが、連絡のあったダンスのお相手ね。どうぞ、固くならずにお掛けなさい」

お母さんの優し気な声に、クレアに先に連絡を入れておいてもらって正解だったと思った。

お婆ちゃんは、いつもと変わらない微笑みでみんなを眺めて座っていた。

「お母さん、お婆ちゃん、随分心配かけたけど、ちゃんとお相手見つかったよ」

「よろしくお願いいたします」

「えぇ、よかったわ。本当に気が気じゃなかったもの。アルベルトさん、この子をよろしくね。あなたは、マッセン騎士爵家の方ね?」

そこからは、しばしお母さんによるアルベルトへの尋問タイムになってしまった。

出会いから、ダンスの相手を決めた理由とか、家庭環境とか、すんごい突っ込んで聞いている。

横で見ていて大変申し訳なく思ったが、アルベルトは少し緊張しながらも丁寧に話をしてくれていて、ちょっと安心した。


「アルベルト、お疲れ様。ごめんね。ちょっとした尋問みたいで」

「構わないよ。女の子のご家族だしね。心配になるのは、当たり前だと思うし」

「出来た男だねぇ~、あんた」

「なんだか、君、おばさん臭いよ?」

「それは、気にしちゃだめよ。とりあえずご挨拶してもらったし、私も行った方がいいなら、いつでも言ってね。あと、ドレスを決めるのに色を統一した方がいいって聞いたんだけど、どう思う?髪の手入れは次の休みに一日付き合ってほしいけど、いい?」

「君に来てもらうことは、しなくてもいいかな。多分。君の好きな色で構わないよ?無難な色にしておくから。別に恋人や婚約者じゃなければ、統一する必要もないみたいだし。次の休みって、明後日だね。空けておくよ。朝からここに来たらいいのかい?」

「わかった。ありがとう。朝から来てくれたら、嬉しいわ」

「わかった。それと、呼び方なんだけど、アルで構わないよ。僕もカリンって呼んでいいかな?せめて、友達くらいには、なりたいからね」

「大丈夫よ。ありがとう、アル」

「どういたしまして、カリン」

「でも、一番の親友は、私ですからお忘れなく」

終始私たちの会話を微笑ましく見ていたクレアが、突然少しすねたように言い出す。

「当たり前じゃない、クレア。いつでも、クレアは大事な私の親友よ」

「まぁ、クレア様からその座を奪うようなことは無いと誓うよ。多分、無理だから安心してください」

今度は、私たちが微笑ましくクレアを見る番だった。

「あら、なんだか、三人で仲良しね」

お母さんに言われて三人で顔を見合わせて笑うと、デビュタントがどんな感じなのかをクレアとアルに教えて貰って時間が過ぎていった。

二人が帰ってから、夕食を過ぎて帰ってきたお父さんにも自分で報告を済ませて、明日は女四人で私のドレスの相談をするのだと浮かれながら寝室に戻った。

この時、お父さんがお母さんに尋問会を開いていたとは露とも知らず、翌朝のお母さんの顔は、何故か随分とげっそりしていた。



「カリン、おはよう」

「おはよう、カリン」

「おはよう、二人とも。一緒に来たの?」

「偶然よ。車を降りたら、アルが歩いていたの」

「なるほど、じゃ、早速行こうか」

「どこにだい?」

「サロンに、よ。楽しみにしてて!開業したてのカレン商会の美容サロン、サロン・ド・カレンよ」

今日だけ、特別研修として、お客様を入れないようにお願いしてある。

ここでアルの顔と髪は今日生まれ変わって、更なるイケメンへと昇華するのである!

街の一等地で改装されたサロンは、壁を真っ白にして清潔感を、内装をウッド調で揃えて温かみと安心感を、施術用は個室と3人まとめてできる大部屋とを作り、カウンセリングや施術後のおもてなし用の開放感のある広間に、身だしなみを整えられる浴室と化粧室、従業員さんたちの休憩室厨房当直施設も作った。

概ね、私の希望通りでかなり豪華な施設。ターゲットは、もちろん高貴な女性を先に狙った。

高貴な女性の間で広まれば、街の女性たちにも需要が出来る。そして、他の街にも噂は広まり、短時間の比較的安価な施術を受けられるサロンを出店する。

そうすると、サロンを目当てに他所からも人が来て、街も潤うとか潤わないとか…

「さ、そうぞ。今日は、二人をおもてなしするためと、従業員さんたちへの特別研修として、他のお客様は入れてないの。普段は、こんなにたくさん人がいないわ。事後報告でごめんね。みんながいるけど、許してね」

ずらっと並んで迎えてくれた従業員さんたちに頭を下げられて、若干アルが引いているのが分かったので、ちょびっとだけ言い訳とフォローを…

「僕は構わないよ。カリンの好きなようにしてくれって言ったのは、僕だしね」

「私も、皆さん知った顔ですから。大丈夫よ、カリン」

「ありがとう。今日は、アルを私が施術するわ。まず、頭を洗ってマッサージ、ヘアパック、そのあとフェイシャルをフルコンボで叩き込んで、顔の産毛そりと眉毛を整えるわ」

「よくわからない言葉が多いけど…わかったよ。よろしくお願いします」

「えぇ、任せて!みんな、今日は特急で作ったヘアパックを使うから見ててね。質問等はあとから順次受け付けるから、待ってね」

従業員一同、揃って頷くのを見て面白くなってしまったのは胸にしまって、渡した施術着に着替えたアルを洗髪台に連れて行った。

「ここに座って。今から、背もたれが動くわ。私を信じて力を抜いていてね」

「わかった」

車があるなら、洗髪台と椅子も作れると踏んで、一台だけわがままを通して作ってもらった洗髪台は、前世の記憶とほぼ変わらない。

でも、ヘッドマッサージがしやすいように改良してある。

洗髪台を挟んでマッサージが出来る様に、壁にべた付けせずに空間を取って、尚且つ手が届くように奥行き幅を少し狭めてあるのだ。

髪を洗ったら、私が台の奥に移動することでそのまま楽にマッサージが出来る上に、その流れでパックをしてもそのまま洗い流せる。

前世の様に壁に備え付けられると、やりにくいんだ。

だから、うっかり『一生に一度のお願い』を使ってまで、わがままを通した。

ヘッドスパを覚えるために、美容室に頼み込んで使い方を教えて貰っておいてよかったぁ!

因みに、シャンプーとタオルさばきは、本職から褒められたこともある。

でも、カットのセンスだけは皆無だった悲しいおもひで…

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