第20話

「カリンちゃん、どうかしら?」

「嬢ちゃん、こっちも見てほしい」

お母さんと、ガラス工房の主ベンディックさんの顔が、ズイッと近づいてくる…

「色見はいいと思います。多分、ちゃんと紫外線は防げるかと」

「おお、よかった。嬢ちゃんの許可が出ないとダメだって、エリン殿が厳しくてな」

「すいません。品質管理は、商売にとって大事ですから。厳しくなっても許してください」

「いいんだいいんだ。大事な事なら仕方ないさ。嬢ちゃんも、職人みたいなもんなんだろうからな」

「職人であるベンディックさんなら、わかっていただけると思っていました。ありがとうございます」

「で、こっちだ。嬢ちゃんの言ってた、高級感ってやつだな」

「はい。これも上出来かと思います。この切り子細工だけでなく、ツタのような曲線もいけそうですか?」

「あぁ、ちょっと試しに言ってた知り合いに作らせてみたが、これも渡してきた。こっちは、試し用だから嬢ちゃんに渡すことはできないが、カミさんが随分気に入ってたぜ」

「きれいですね…透明な瓶だからでしょうか?すごく上品です」

「いけそうかい?」

「はい、これだけ曲線が書いてもらえるなら、素敵なものが出来そうです。図柄の草案は、またお持ちします。色が入れられると最高ですね。その方に、ぜひお願いしますとお伝えください。金額については、母と交渉をお願いします」

「あぁ、ありがとよ。きっちり伝える。そいつには、今度ちゃんと挨拶できるように時間を取らせるから、会ってやってくれな」

「はい、ぜひ!お母さん、よろしくお願いします!」

「はい、かしこまりました。ふふふ」

なんとか、一人だけ新しいことに挑戦してくれるガラス工房主を見つけてから、やっとここまできた。

ベンディックさんは、前世で体験教室に行っただけの切り子細工のことも伝えると、「手先の器用な奴がくすぶってるから、やらせてみる」と協力してくれて、本当に末永くよろしくしていただきたい方だ。

金型を作ってもらっているから、量産できるのも嬉しい。

瓶に合わせた大きさの蓋も、ベンディックさんの伝手で注文してもらえてるのも本当に感謝している。



遮光瓶の問題が片付くと、後は本格的なサロンの始動に向けての従業員さんたちの最終確認と調整だけ。

長かった…私が3学年に上がってしまうほど、長かった。

2学年はひたすらにサロンの事が忙しくて、クレアと一緒のクラスでなければへこたれていた。

サロンが街の一等地に出来上がっていく様は楽しかったけど、忙しすぎて学校に関して何の思い出も無いのは寂しい。

3学年は、楽しむんだっ!!カリンちゃんは、そう決めたんだ!

でも、ダンスの相手…どうしよう…………

3学年の終わりごろのデビュタントに向けて、みんな3学年に入る前から、色々準備をしているらしい。

貴族の子女子息はそれこそ、本選別前の子供たちの品評会よろしく浮き足立つらしい。

平民でも、顔を覚えられて声を掛けられれば就職するのに有利になるからと、必死になる子も多々。

私は、カレン商会に就職する事に決まっているから別にどうでもいい。

と、思ってたけど…違った…。

カレン商会の秘蔵っ子として、顔繋ぎしておくべき貴族は多いとお婆ちゃんに言われている。

お母さんとお婆ちゃんはが付き添いで来てくれるから、必ずカレン商会は話題に上がる。

そこで次世代を担うはずの私が恥をかけば、商会は笑いものになってしまう…

つまり、私は、頑張るしかないと。

ドレスは既にお母さんが、色々と画策しているらしい。

後は、お相手だ…クレアは、婚約者であるアーノルドが相手と決まっているし、従者スタンも家の繋がりのあるらしい子女と共に練習している。

私は…………どーしたらいーの!誰か助けて!と、毎日心の中で叫んでいる。


「カリン、大丈夫?」

「うん。だいじょばない…」

「お相手?」

「うん。今の時期、めぼしい人は既にお相手が居るからね。誰が残ってるやら…相手だって、私が相手じゃね…」

「カリン……」

「まぁ、ぎりぎりまで粘ってみるよ。ごめんね、心配かけちゃって」

「ううん。力になれなくて、ごめんなさい。私ももう一度、知り合いの方に声をかけてみるわ」

「ありがとう」

ダンスの授業は、相手が居なければシャドーダンスか壁の花。クレアとアーノルドは、さすが貴族というべきか、まるでお手本みたいなダンス。

本人たちは、一ミリも楽しそうではないけど。


場所は、帰宅してから着替えて向かったサロンがオープン予定の一等地付近。

そろそろ、調整も終盤に差し掛かって、今日は帰ろうかと店を出た時だった。

出会いは、いつも突然に…なんて言葉が似合いそうな、陽が地平線にに向かって落ちていこうかとしている時、突然に陽の光を反射してきれいなふわふわの金髪が顔面に突撃してきたのだ。

「いったぁ~っ!何事?って、あなた、大丈夫?」

「きゃ~!カリン!大丈夫?」

「いてて…あぁ!ごめん。ごめんよ。でも、今は許して!ごめんね!」

男の子は、頭頂部を抑えながら謝るだけ謝って、風の様に走り去っていった。

顔に傷があったのか、私の服に真っ赤な血を数滴残していった。

慌てて振り向いても彼は遥か彼方まで走り去っていて、小さく影が見えるだけだった。

「風というより、突風だなぁ…あの子、大丈夫かな…」

「カリンの方こそ、大丈夫?」

「ん?ありがとう、クレア。大丈夫だよ。私のおでこ、頑丈だから」

「よかった。でも、真っ赤だわ。あの子、確か隣の教室の子だったはず。どうしたのかしら?あんなに慌てて、ケガまでして」

「学校の子なの?名前分かる?クレア」

「えぇ。確か、アルベルト・マッセン。うちの領内の騎士爵家の次男さんだったと思うわ」

「お相手居るかなぁ?居なかったら声かけても大丈夫かなぁ?キレイな金髪だったのに、少しゴワゴワしてた…もったいない」

「ふふ。次男さんだし、多分大丈夫と思うわ。見かけたら教えるね」

「うん、よろしくお願いします」

「カリンったら、顔の造りより髪の方が気になるのね。彼、とってもきれいなお顔してるって、女の子たちの中じゃ人気なのよ?」

「ん?顔、よく見えなかったしね。髪は、顔に触れたからさ。騎士爵って、それなりに平民よりは裕福なんでしょ?それなのに、あんな髪じゃ、髪が可哀想だしもったいないんだもん。男の子だとしても、きれいな顔なら尚更さ。」

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