第19話

結局、ボンボンは従者と共に無事に前衛として機能し、目標採取物も取れて私たちの班は、可もなく不可もなく無事に学校まで戻った。

アーノルドもスタンも何事もなかったかのように家に帰っていくから、いつかバカなことをして腹を下した話をどこかでしてやろうと、密かに思っている。

しかし、あれからボンボンアーノルドは大人しくて、気味が悪いほどにちょっかいを掛けられていない。

剣術の授業でも、無茶苦茶に滅多打ちにしてくることも無くなった。

かれこれ半年以上、ボンボンアーノルドは静かにしている。

クレアと私の共通認識は、『気持ち悪いね』だ。

嵐の目の静けさなのかと、勘ぐってしまうほどだった。

しかぁし、最近の私はボンボンアーノルドにかまっている暇はない。

なぜなら、うっかりクレアにしたオイルマッサージをお母さんとお婆ちゃんにしてあげちゃったのが原因で何故か講師をする羽目になり、突如として商会でマッサージサロンを運営する運びとなってしまったのです…なんでやねんっ!

今までに煙草やお酒を嗜む男性向けのサロンや女性向けのお茶を嗜むサロンはあったようだが、美容を嗜むサロンは無かったとのことで、マッサージを受けながら最先端の美容話に花を咲かせる場所ならウケるっ!と、お母さんが張り切ってしまった。

なので、ボディオイルリンパドレナージュ・フェイシャル・ヘッドマッサージを一つづつ3人の女性に教えている。

一朝一夕で覚えられるものじゃないし、手技以外にも準備やタオルオフの手順、顔体頭のツボやリンパとその流れの理解、片付けの手順も含めて教えているので、時間がかかりまくり。

それぞれを単発でやるのか、トータルなのかでも準備の手順やタイミングが変わってくるし、結構色々と気を遣うのだ。

お客さんのお手洗いやのどの渇き、提供するタイミングや仰向けやうつ伏せになってもらうときの気遣い、本当に中々色々あるのです。

そして、このあたらな試みに合わせて、独自配合のボディマッサージオイルとヘッドスパ用オイルを開発もした。

試作したのは無香料だけだったが、もちろん三種類の香りも開発した。

事前に好きな香りを選んでもらうシステムだ。

商会の圧搾機と蒸留器が、連日火を噴きまくり状態でフル稼働中だ。

あとは、施術カルテシステムも導入した。いつどんな悩みでどこをどのように施術したのか、雑談の中にも悩みや気になることや好みは隠れているし、カウンセリングの為に話術も大事だということで、手技以外にも覚えることは多岐に渡るのである。

そんなこんなで最近の私の時間は、あっという間に消えていく…あれ?前にも、時間が溶けて消える現象があったような?気のせいか?


とはいっても、三人の女性、エメルさん・マリアンヌさん・メメさんは問題なく順調に成長してくれている。

さすが商業組合とお母さんの面接を潜り抜けてきた人たちだ。先に雇った人たちと変わらない条件で来てくれた。

子供の私にも友好的で、メメさんが作ってきてくれる焼き菓子は、私とみんなのやる気アップのアイテムになっている。

因みに、工房で働いてくれているマリーさんとジョエルさんにも時間をずらして覚えてもらっている。

工房の方に人が入ったら、二人には表に出てもらうつもりでいるからだ。

ひたすら美しさに磨きをかけているマリーさんはお母さんやお婆ちゃんと並んで広告塔だし、物腰柔らかく見た目だけはイケメンなジョエルさんは接客業に向いていると思う。

一応、執事と施術師のピンチヒッター要員として全ての仕事を覚えてもらっている。中身も面白いし、知識も貪欲に取り込んでいて、かなり頭と物覚えがいい。期待大なのだ。

レオネさんにも、本格的な護衛さんを雇うまでのしばらくの間、サロンの護衛に立ってもらうことを了承してもらっている。

出来れば、女性で戦闘職の人を数人雇ってローテーションで護衛についてもらいたいとも相談している。

冒険者組合長であるお父さんと何やら話し合ってくれているので、多分大丈夫とは思うけども…

ミャリスタさんには、工房長として新しい人の育成を含めて、工房の稼働を止めないように頑張って欲しいとお願いした。

後は、サロンの場所決めと改装、サロンで給仕をして貰う侍女さんと執事さんを雇うことと、お仕着せと施術服の仕立て、社員教育のためのマニュアル作りと細々したことも待っている。

そして、問題は、保存瓶の開発である。

どうしても、普通の瓶では劣化が早くて大容量の物を作れない。

だから、遮光瓶を本格的に作ってくれる工房を探すか作るかしないといけない。

お母さんとお婆ちゃんは、ほぼ毎日商業組合との打ち合わせに行っている。

二人に任せれば、大丈夫とは思っていても品質は自分で確認したいし、どういうものかの説明はきっと私がした方がいいだろうから、本当に忙しい。

確か、瓶を作るときに酸化鉄だったかなんかを混ぜて作っているんだったはず。

今売っている化粧品用の瓶は、透明で保存魔法がかかっているお高いもの。

買った方に、中身を充填する方法で中身だけ売って、瓶は契約書をかいて貸与している状態。

出来れば、茶色い瓶を安価に大量生産して、早くこの町以外の場所でも売れる様にしたい。

あれこれとやることがあると、体を3つくらいに分けたいと本気で思ってくる。

なんだか11歳の少女が送るにしては、かなりブラックな忙しさの人生を送っている気がする。

やってるのが好きな事じゃなかったら、病んでるレベルかも知れない…

お店を一つ作ることが、こんなにも大変だと思わなかった。

前世のありとあらゆる企業やお店のオーナーさんたちに、心から脱帽である。

働いていたサロンのオーナーも、しんどかったって言ってたけどこういうことだったんですね。と、今更ながらに思う。

多分、美容サロンの本格的な開店までには、あと半年ほどはかかるだろう。

店名は、すでにお母さんによって『サロン・ド・カレン』と決められている。

私の名前の中にクレアから一文字貰って組み込んだだけの安直な『カレン』という言葉が、どんどん大きくなっていってしまう不安は、多分誰にも理解してもらえない。

そして、サロンがオープンするころには、私も12歳。

学校行事ではあるが、デビュタントとやらが待っている。本来貴族の子女子息のためのお披露目会ではあるが、最近は学校でまとめてみんながやるらしい。

キレイなドレスが着れるのは嬉しいけれど、ダンスを覚えるのも、相手を見つけるのもしんどいです…

クレアがダンスの特訓に付き合うと言ってくれてなかったら、多分全力でマ〇オみたくBダッシュして逃げてると思う。

最近、肉体的な疲れと心労でため息しかついてない気がする…はぁ~…

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