第10話

結果、ポカンとしていたクレアが未成年の間は公には名を伏せて個人的に出資者で保証人で治験者となってくれることになり、保商会の商会長の名はお婆ちゃんに借りることになった。

今のところは、エリックさんの独占委託販売で、商会は美容関係商品を開発製造していく方向で固まった。

私の名前は、未成年の間は公にされず、研究開発者として契約書に載るだけになった。

この世界は、未成年者でも本人の意思に基づいて契約が締結する。つまり、騙されても自己責任。借金を抱えて払えなければ、奴隷落ち状態の奉公人として働くことが多い。

奴隷制度は大昔に無くなっているけど、契約反故の弁償としての強制労働の制度はある。最低限の衣食住と生活費だけは、確保されるのが普通らしいけど…

少しの不安をクレアと手に手を取って慰め合い、何とか落ち着いた。

クレアを借金まみれになんてさせないと、ここに固く誓う。

本来はクレアのためのクリームだし、クレアが損をするなんて嫌だし、クレアが使う美容品はずっと私が作るし、そのついでにこの世界に美容と健康を広めるのだ。

あれ?それって、もしかしなくても私の最終目標の大きな一歩になるんじゃ?と思ったら、俄然やる気が出てきた。


そしてなぜか、話題はクリーム以外の美容品にたどり着いている…商魂たくましいな、師匠よ。ちょびっとダメなところがある、ちょびっと残念な男のくせに。

「で、他にどんなものが出来るかな?カリン」

「師匠…まだクリームも売れてないのに気が早くないですか?」

「商品品目を増やすのは、大事なことだよ?カリン」

「そうねぇ、私もお義母様もカリンの美容品、気になるわ。学生だから、勉強も大切だけど、楽しみに待ってるわ」

「カリン、私も楽しみしてるわ。できることは何でもやるからね」

「ありがとう、クレア。明日から、剣術・魔術・算術・行儀作法に商品づくりと大変になっちゃうけど、よろしくね」

小さな手で私の小さな手を包み込んで、にっこり笑うクレアの満面の笑みが、一瞬凍り付いた気がするけど、ちゃんと笑顔で頷いてくれた。

「とりあえず、美容関係で簡単なのは化粧水ですかね。精油を作った時の余った香りのついた蒸留水でできるし、そこに精油をほんの少し混ぜるだけだし」

「いいじゃないか。何か、注意点があるなら、一緒に考えよう。その顔は何か、あるんだろう?保存についてかい?確か、精油を作った時も上質な遮光瓶が欲しいと言っていたよね?」

「師匠、さすが。その通りです。長期保存が出来ないんですよ。化粧水は、せいぜい10日程度なんですよね。魔法付与された瓶は、お高いし…」

「では、その瓶を貸し出す形にして、10日に一度その瓶を持ってきてもらって、そこに入れて買ってもらえばどう?最初に、誓約はしてもらわないといけないけど」

「あ、あの…でも、ハイリ様。誓約となると、商品への信頼を勝ち取ってからじゃないと難しいですよね。私でも、カリンだから信用できるけど、エリックさんにいきなり誓約をって言われたら、無理ですもの」

「ん~…じゃ、お試し用の小さな使い切り分量の物を用意しておくとかの方がいいかな?正式に売る分量としては半月分より、ひと月分が妥当だと思うんだけど。あとは、子供が化粧水を使うことは殆ど無いから、どうやって大人の女性に買ってもらうかですね。化粧水を使うのは主に成人女性だと思うので、非魔法薬としてはあんまり売れないだろうし」

「魔法薬、非魔法薬として売る必要はないのでは?カリン。いっその事、『美容用品』という部門を前面に出して商品を売り出せばいい。子供でも使える安心安全非魔法薬であり、成人女性の美しさを支える美容専門商会でいかがです?」

「それでいいんでしょうか?独占販売をしてもらう師匠のお店は、魔法薬店ですよ?」

「それならば、誰かひとり信用できる専門の売り子を雇って、販売のための窓口を別に作りますか」

「師匠のお店の負担になるだけじゃないですか。それに、売れるかわからないのに常駐販売員の人件費なんて出せませんよ。私まだ10歳ですよ?子供が考えたものなんですよ?信用していいんですか?」

「販売を委託されているのは、私なので、売り方は私の自由なはずなんですが…それに、カリン、君の作ったものは必ず売れると確信していますよ?きっと販売員が一人じゃ足りなくなるほどに。それに、君は10歳だけど、とても頭のいい子です。発想力も行動力も、大人と比べて遜色ない。私の大事な、信頼できる、たった一人の弟子です。信じて当たり前です」

「カリンちゃん、エリックさん、白熱するのは、いいですけど、何はともあれ、まずは、商会の、立ち上げですよ」

お婆ちゃんの一言ずつ区切った話し方に、ちょっと圧を感じて内臓がヒヤッとした。

師匠も若干肝が冷えたのか、ハッとした顔をして真面目に頷いていた。

「お婆ちゃん…そうでした。そして、組合登録に商品登録をしないといけないんでしたっけ?」

「そうよ、カリンちゃん。それに、クレアちゃんとお勉強もするのでしょう?ならば、予定をちゃんと立てないと、クレアちゃんにも迷惑がかかるわ」

「そうだよね。お母さん、ありがとう。クレア、ごめんね」

「いいえ、真剣にお話をするカリンは、かっこよかったですもの」

「では、私は契約書類と申請書類と誓約書類の草案作成のために、一度帰ります。皆さん、ありがとうございました。よろしくお願いいたします」

「師匠、お気をつけて。それと、ありがとうございます」

「なにがです?私は、売れると思ったから、堂々と売りたいと思ったんです。君のためだけじゃないですよ」

師匠は茶目っ気のある顔で軽くウィンクまでして、笑ってくれた。

ちょっとダメな師匠のくせに、その瞳の輝きは優しくて、ほんのちょびっとだけ!かっこいいと思った。

師匠を見送った後は、話が今後の予定を立てるための作戦会議に雪崩れ込んでいった。

すっかり冷めたお茶は淹れなおされて、女四人での女子会は続くようだ。

クレアとの勉強時間も、商品づくりの時間も、師匠との魔法薬づくりの時間もしっかり確保したい。でも、さすがに、忙しくなりすぎかなぁ…まだ、10歳なんだよね、私…ハハハ…

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