第9話

家に帰るまでの時間は、『推しとお揃い』のハーブクリームの香りで乗り切った。

腐れボンボンの攻撃もガン無視して、お嬢様たちのひそひそ話も耳にシャッターを下ろした。

最後の剣術の実技の時間、クレアと一緒に運動場をランニング中の今日家にクレアが遊びに来るとの約束で、私の学校での一日は終わり良ければ総て良し。

うきうきと家に帰ると、お母さんにクレアが遊びに来ることや魔法と剣術などを一緒に練習したり勉強したりしたいとお願いした。

お母さんは、いともあっさり了承してくれて、肩透かしを食らったような気になるほどだった。

お婆ちゃんも巻き込んで、『クレアにてっぺん取らしたる計画』に協力してくることになった。

報酬は、私の身から香る匂いに目ざとく?鼻ざとく?気づいたお母さんの嗅覚に押されての二人分のハーブクリーム。

お婆ちゃんもお母さんも年齢の割には随分若く見えるけど、乾燥や加齢による肌の不調は気になっていたらしい。

もっと早く、二人にも作ってあげたらよかった。

因みに以前二人に教えたバンギの葉は、定期的に手に入れては乾燥させてお茶と入浴剤として、使われている。

ヨモギに似た葉っぱだけれど香りは薄く、効能としてはヨモギの劣化版。草餅とかには、向かなそうな感じ。残念。

早く、ちゃんとしたヨモギとドクダミかもっと良いその代用品を見つけたいところだ。そこら辺に生えていそうなものなのに…

改訂された草木百科にはドクダミに似たような草が描かれていたけれど、効書は書かれていない。

発見されたばかりの未知の植物として書かれていたから、今後もっと研究が進むとは思うけど。

クレアの軽度のアトピーみたいな肌の不調も、早く治してあげたいな。

「カリンちゃん、クレアちゃんが来たわよ。降りていらっしゃい」

「は~い」

「お邪魔いたします。あ、これ、皆様に。家の庭で採れたサプリコで作った砂糖煮を使った焼き菓子です」

「とってもいい香りね。ありがとう。みんなでお茶にしましょう」

アプリコットに似た果実のジャムを真ん中に乗せて焼いたクッキーのようなお菓子で、女4人の女子会ならぬ作戦会議が始まった。



「じゃ、クレアはこれから、1.お母さんに魔術を私と習う、2.お婆ちゃんに貴族としての立ち振る舞いと教養を学ぶ、3.私と算術の勉強をする、4.みんなでキレイになるための努力をする、5.お父さんとクレアのお家で許可が取れたらお父さんと冒険者さんにたまに自衛目的の剣術武術の訓練をしてもらう。って感じでまとめだね」

「はい。よろしくお願いいたします」

クレアが畏まって頭を下げると、お母さんもお婆ちゃんも顔を見合わせて微笑んでいた。

「もう一人、娘が出来たみたいで嬉しいわ。少し厳しくなるかもだけれど、よろしくね」

その言葉に、少しどころではないと反撃しようとして、お母さんの圧に負けた。クレア、ごめんよ。

とりあえず今日は、このままお茶会という名の親睦会として、ゆるゆるとするらしい。

「そういえば、クレア。保湿薬草乳化液はどう?痒くなったり赤くなったりしてない?」

「えぇ、大丈夫よ。いい匂いがするから、結構マメにつけているけど、痒みも痛みもないわ。本当に、この保湿薬草乳化液、好きよ。名前が少し可愛くないとは思うけど」

「それね…変えたい。いい名前ないかな?」

「商品としては、そんな商品なのかが分かった方がいいだろうから『保湿』って部分は残した方がいいんじゃないだろうかね」

「そうですね。でも、『薬草』っていう部分は要らないかもしれませんね。魔法薬ではないのに、魔法薬みたいに感じてしまいますもの。いかがです?お義母様」

「この乳化液っていう状態を、なんて呼ぶかだよね。クレア、なんかいい案、出ない?」

「そうですねぇ…なんと呼びましょうか?」

みんなでう~んと唸っていたところに、我が師匠エリックさんが訪ねてきた。

「すいませんね、突然お邪魔してしまいまして。実は、こちらに伺う前にショーエンさんに会いに行ったんですけど、エリンさんかハイリ様の方に話をしてほしいと言われまして…」

「エリックさん、どんなお話なんです?夫が、お義母様か私に任せる話なんて…」

「師匠、私とクレアも居ていいの?お邪魔なら、下がっていますけど」

「居てくれてかまわないよ。というか、居てもらわないとだね。君たちにも一枚嚙んでもらうつもりなんだ」

そう言われて浮かしかけたお尻を椅子に沈めなおして、師匠の話を聞くことにした。

「カリン、君が作ったこの乳化液、クリームを商品として売り出したい。そこで、ショーエンさんに商会を作ってくれないかと申し出たんです。完全に私が作ったわけでも、考案したわけでもないですし、私の弟子としてのカリンの初考案の品ですし、売り出すに値するものですし。ですが、組合の規定によって、ショーエンさん本人が商会に名を連ねることが出来ないと言われてしまいまして、こちらに」

「なるほど。だから、私かエリンさんの名でということですね?カリンちゃんとクレアちゃんは、どう関係してくるのです?未成年の少女二人に滅多なことはさせられませんよ?」

「はい、ハイリ様。カリンは共同開発者として、クレア嬢はお家を通してでも個人でもどちらでもいいのですが、治験者兼出資者として名を連ねて頂こうかと。カリンはクレア嬢のためにこのクリームを作りましたからね」

「クリーム?この乳化液のことですか?」

「はい、エリンさん。カリンがこれをクリームと呼んでいたもので、そちらの方が言いやすくてつい。だめでしたか?」

「いいえ、いいえ!では、商品名は『乾燥用クリーム(カミルの香り)』って感じでしょうか?」

「いいですわね、エリンさん。それでいきましょう。カリンちゃん、他の香りも作れるかしら?」

私とクレアを若干置いてきぼりにしながら進む話の中で、突如お婆ちゃんにそう言われて、反射的に頷いてしまった。

「たぶん、ラベルとローゼならいけると思うよ。ローゼは高いから、あんまり作れないと思うけど。最後に、少しだけ精油を足すだけだし」

「カリン、魔法を使わずにいろいろな精油を作ることもやっていきましょう。前のカミルの精油はお渡してありましたよね?余った香りのついた蒸留水も。非魔法薬はあまり作られていない分、需要はあるはずです。大人だって使っていいんですから。あ、そうそう、カリン。美容系の非魔法薬に関しては、私は販売者としての登録だけでもいいかと思っていたんです。でも、君が未成年者だから、共同開発という体にしようと思いました。それでもいいですか?」

「かまいませんよ。だって、師匠が居なきゃ作れないんだから。年のこともそうですけど、師匠の名前が無きゃ認知すらしてもらえないと思いますし」

「ありがとう、カリン」

そして、クレアは自分の名前が出てからずっと、ポカンと話の流れを眺めていた。

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