第8話

「師匠。私、今日は作りたいものがあります」

「おや、珍しい。なにが作りたいんですか?」

「保湿クリームです」

「保湿クリーム?とは?」

「師匠が作っている、薬効成分バチバチの手荒れ軟膏より、もっとさらっとした付け心地のもので、薬ではないものですね」

「ふむ…聞きましょう」


私は薬屋のエリックさんに、ことの詳細を話すことにした。

「つまり、お友達のために、保湿効能のあるカミルを使った魔法薬より薬効成分は薄いが、油と水を乳化させた魔法薬よりサラリとしたものを作りたいと?」

「はい。水分の方にも油の方にも成分を抽出して、蜜ろうを混ぜて作ろうかと。顔や唇、手やひじ膝かかとと、どこに使ってもいいように安全なものが作りたいです。香りが良ければ尚良しです」

「いいと思います。であるならば、魔法を使った魔法薬とせずともいいですね。魔法薬は、基本的に子供に使えない。魔法を使わなければ、魔法薬といえないが子供にも使える。魔法薬でなければ、子供に使う垣根も低いでしょうし。更に安心安全となれば、いい商品になりそうです。作りましょう」

「やった。魔法薬にはなりませんが、このお店で売っていいですか?」

「確かに、うちは魔法薬専門店です。でも、少量ですが子供用の非魔法薬も作っていますよ。あんまり、浸透してないですけどね。簡単な傷薬や熱さましは、基本中の基本です。そういえば、そちらは全く教えていませんでしたね」

「はい。最初から、魔法薬とは!でした」

「基本過ぎて、教えた気でいました。ははは」

「ししょ~…」

「さ、作りましょう。まずは、材料集めですよ、カリン」

ちょびっとイケメンエリック師匠の、幾つ目かのダメなところが露見しつつもせっせと二人で材料を集めた。

材料は、乾燥カミル、精製水、植物油、蜜ろう。全部、この店の中にある。

「師匠、乾燥カミルがあと少ししかないですよ?ちょっと前に補充したはずなのに」

「ん?おかしいですね。そんなに使っていないはずですが…あ…犯人、私です」

「何に使ったんですか…」

「お茶に…少しだけ、少しだけと思っていたんですけど…そんなに減っていたんですね。気を付けます…」

また、師匠のダメなところが露見した。

下からギッと私に睨まれて、「ちょびっとイケメンな特級魔法薬師」が小さくなっていった。

これが推しなら、大喜びでちびぬい状態にしてカバンに括り付けるところだが…

「とりあえず、試作するくらいはありそうですから、すぐに発注してくださいね」

「はいはいはいはい」


子供みたいな返事のエリック師匠とともに、精製水で蒸留したフローラルウォーターと温めた植物油にそれぞれ乾燥カミルを入れて成分を抽出させた浸出油、湯煎で温めた蜜ろうに適量投入してまんべんなく混ぜて粗熱をとって容器に入れたら冷まして出来上がり。

抽出は魔法を使えば早いし、魔法で効果を上げたり治癒魔法を付与することもできるけど、今回は魔法を一切使わない非魔法薬。

手間と時間をかけて、安心安全で魔法薬ではない、ハーブクリームを作った。

「できましたね。鑑定の結果も、乾燥した肌に潤いを与えて予防にもなる非魔法乳化液となっていますし、品質も申し分なく上級です。初めてにしては上出来すぎる出来になりましたね」

「よかったぁ。でも、なんで上級品質になったのでしょう?乾燥カミルの保存状態が良かったからですか?」

「それもありますが、手間も時間もかけて丁寧に作っていましたから、それも影響したのでしょう。頑張りましたね、カリン。お友達もきっと、喜びますよ」

「ありがとうございます。早速、使ってもらいます。師匠、効果が出たら、たくさん作って世の中から乾燥肌をなくしてしまいましょう!」

「そうですね。そうなれば私たちは、英雄になれますね。そうなると、商品名は【保湿薬草乳化液】でしょうか?」

「可愛くないですね…でも、まぁ、そうなるのかな…」

まずは、師匠と私とクレアで試用。ちゃんとクレアにも協力を取り付けてあるから、堂々と使ってもらえる。

効果が出たら、師匠と共同開発したとして組合に登録して販売開始だ。

マジで、世の中から痒くて辛い乾燥肌など殲滅してやりたいものだと、思う。


翌日、学校の私のお気に入りの資材置き場のベンチでクレアにクリームを渡すと、早速手に塗ってくれた。

「すごい!サラリとしているのに、しっとりして、ほんのりといい匂い。これを気になったときに付けていればいいのね?」

「そう。でも、ひどくなったりしたらすぐに使うのやめて教えてね。体質的に合わないとか、あるかもしれないし。気に入ってくれた?」

「特に痛みやかゆみは無いわ。とっても気に入りました。カリン、ありがとう。私、すごく嬉しい。私のためだけの贈り物を頂いたことも、手ずから作ってくれたことも、初めてだから…本当に嬉しいの。大事に使う。ちゃんと効果も忘れずに伝えるわ。私もカリンの役に立ちたいもの」

「ありがとう。よろしくね」

クレアは、ずっとクリームを付けた自分の手をニコニコしながら撫でていた。

推しに気に入ってもらえたなら、何より。

きっと、しっとりと美しい手になる。手がきれいになったら、少し気なっているという顔と脛や肘にも付けてみてもらいたい。

「クレア、前に行っていた自信を付けたいってやつだけど、何かしたいことある?私は、美容や健康に興味があるの。だから、キレイにゲンキになるお手伝いなら、できると思うの」

「私、お勉強も運動も美しさも自信がないの。何からしたらいいのかも、わからない…」

「ん~じゃ、全部やらない?うちで一緒に勉強して、剣の練習もして、キレイにも磨きをかけるの。剣や魔法は元冒険者の父さんや母さんが私に教えてくれていたし、教え方も上手だと思うわ。勉強なら、私が教えてあげられると思うし、おばあちゃんは貴族の歴史には強いわよ?美しさの第一歩は、こうして踏み出したじゃない?欲張って頑張ってみない?」

「ご迷惑にならないかしら?」

「きっと、大丈夫。父さんも母さんも、おばあちゃんも、笑顔で受け入れてくれると思うよ」

「もし、許していただけるなら、お願いしたいわ。カリンと一緒に、勉強や練習したい」

「よし、決まりねっ。みんなに聞いておくね」

そういって、二人で次の授業に向かった。

私のクラスは、歴史。クレアのクラスは、算術。

クレアのクラスは隣だけど、貴族と一部の裕福な平民のクラス。

一般平民クラスの私とは、離れてしまうのが少し寂しい。

一緒に授業を受けれるのは魔術と剣術の実技授業だけだから、このベンチでの時間は私にとって癒しの時間になりつつある。

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