第7話

「突然お邪魔してごめんなさい。あの、さっきはありがとう。お礼がしたかったの」

とりあえず、居間のソファでお茶を出すと、彼女は恥ずかしそうに顔を下に向けたままでお礼をしてくれた。

「別に何もしてないけど、どういたしまして。でも、なんで家知ってたの?あと、あなたのお名前教えて?」

「あ、ごめんなさい。クレア、クレア・スペンスです」

スペンス…どっかで聞いたことがあるような…?

「あ、スペンスって領主様の…?えっと、クレアさんは、伯爵令嬢?」

「う、うん。伯爵家だけど、あの…次女です。カリンさんは、有名なの。同じ年なのにいろいろ凄いから。座学は主席だし、可愛いし。グレンレス家のアーノルドと渡り合ってるし。彼がいなかったら、きっとみんな声をかけてる」

「座学はともかく、可愛いってのはどうだろう?クレア様の方が可愛いし。あのボンボン、グレンレス伯爵家だったのか。確か、優れた騎士を多く輩出してる?んだっけ?」

「私は、お姉さまの控えだから。可愛くなんてないの。グレンレス家は騎士の家系よ。当主様は、軍事の中枢にいらしたと思うわ」

「ふ~ん。で、なんで伯爵令嬢のクレア様がこのアリステアの街の学校にいるの?領都の学校は?」

ボンボンのことなど一ミリも興味はないが、推しのことは知りたくなるのが、ドルヲタです。

「私は、小さいころから体が弱かったから…お母様のご実家があるアリステアで暮らしてるの。領都セレスペンスには、年に数回しか帰らないわ。あっちには、お姉さまが居るし…」

「お姉さん、苦手なんだ?」

そう聞くと、こくんと控えめにクレア様が頷いた。可愛い…

「あ、あの、できればクレアって呼んでほしいの。様ってつけないで、お友達になってほしくて。だめ…ですか…?」

推しが…推しと、お友達っ!嬉死す…

「いいの?私、平民だよ?それに、言葉遣いとか、間違えそうだよ?」

「大丈夫。カリンさんがいいの。私、上手にお喋りできなくて。でも、カリンさんは何故か平気なの。だから…よろしくお願いいたします」

手をもじもじしながら、うつむきがちな頭を更にちょこっと下げて、お願いされてしまった…

「じゃ、私のこともカリンって呼んでね?クレア」

そっと手を握って言うと、ガバッと頭を上げたクレアは、大きな瞳をさらに大きくしてから二秒後には弾けんばかりの笑顔を見せてくれた。

…尊い…

「そういえば、あの時、なんで泣いてたの?誰かに泣かされたの?」

「うん…あの、アーノルドが…私、お勉強苦手だから…カリンと比べたら、聖水と泥水だな、って。領主の娘のくせに、って。悲しくなっちゃって…出来損ないなのは、わかってるけど…」

あんの、腐れボンボンがっ!!!

推しの手を握ったまま心臓に青筋をビシビシ立てながら、顔に出さぬように注意して推しを慰める。

「クレアは、出来損ないなんかじゃないわ。できないことなんてあって当たり前よ。私だって、人並み以下なことなんてたくさんあるわ。たまたま学校の勉強ができるだけ。あなたの笑顔は天下一品よ!」

「カリン…ありがとう。私、自信がないの。お姉さまは、お勉強もできて魔法も強力で美しくて、堂々としていて力強い人よ。お父様も、お姉さまのことが大好きだわ。でも、私は正反対なの」

「クレア、あなたはあなたよ。あなただけの良さが、たくさんあるの。お姉さんとクレアは別人よ。同じようになんて、しなくてもいいの。ならなくていい」

「カリン…私、少し元気が出たわ。ありがとう」

「うん。さ、お茶にしましょう?私もね、お友達が出来なくて、寂しかったの。クレアが今日来てくれて、すごく嬉しい!」

「アーノルドのせいよね。威圧的だし、私もあんまり好きじゃないわ。ああいう態度も彼のことも」

「うんうん。でも、あのボンボンとクレアはどういう関係なの?両家とも伯爵家とは言え、クレアを泣かせるなんて…しかもなんか馴れ馴れしくない?それに、なんでグレンレス家がアリステアにいるの?」

「彼は…不本意だけど、婚約者なのよ…私の。だから、私が寂しくないようにって一緒にアリステアに来てくれているの。護衛?的な感じも兼ねて。だけど、どうしても昔から好きになれなくて…」

「こん…にゃく…しゃ…?」

「婚約者、よ。カリン、こんにゃくしゃって何?ふふ」

「だって、だって…あんな奴と結婚なんてしないで?嫌いなら、断って?嫌よ、あんな奴が…く、クレアと結婚なんて…泣きそう…」

推しの貞操の危機…えぐいて…アカン、ガチ泣きしそう…

「カリン…私も嫌よ。カリンが泣かないで?でも、両家での取り決めだから…」

あんのボンボンめ!クレアの婚約者?だからって、ひどいことを言っていい決まりなんてないっ。私の推しを幸せにできない奴が婚約者なんて、認めないっ!

「クレア、なんでもいい。あいつを見返そう。そんで、あいつが如何にひどい奴かを訴えて、婚約破棄しよう。私、頑張るから!」

「カリン?ふふふ…その行動原理がよくわからないけれど、私も頑張るわ。婚約破棄できるかはわからないけど、何か自信を持てることがあったら私、変われるかしら?」

「変わるよ!私が変える。クレアはきっと、あの腐れボンボンなんて目じゃないくらいに素敵な女性になる」

ぐっと拳を握って、私の短期で長期な目標が決まった。

学校に通うあと4年半で、私がクレアにテッペン取らせてみせるっ!

ぬるくなってきたお茶を一気飲みして、鼻息を荒くした私に笑いながらクレアは優雅にお茶を飲んでいた。

その手が、少しかさついていて気になった。

「クレア、手が少しカサカサしてる?どうしたの?」

「あ、やだ。見ないで。あ、あの、ね、私…小さい時から、カサカサしやすいの。恥ずかしい…あのね、顔にもあるの。おしろいで隠してるけど、結構…」

見た感じ、乾燥肌。油分と水分のバランスが悪いと、顔や首、手にかさつきが出る。ひどくなると、皮膚炎に至る。ステロイドでかゆみと戦っていたお客さんにも何度も遭遇した。血流がよくなるとかゆみが出るからと、施術後に保冷材で冷やしていた。

折角温めてコリをほぐしても、保冷材ですぐに冷やされてしまって、キレイにした毛穴にはいいけど、コリには…と、悲しくなった記憶がある。

「つらいよね。かゆくは無いの?お薬とか飲んでるの?」

あぁ、何とかしてあげたいっ!!

そのためには、聞きださなくちゃ。カウンセリングは、エステティシャンの基本のキ!

そして、次の休みにやることは、今決まった。私、ハーブクリームを作る!

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