最近、レイトショーを観た
「真夜中の映画館」。
なんと魅惑的な響きだろうか。見た目は大人、頭脳はモラトリアム期のわたしは、非日常らしき言葉に弱い。
だからちょっとでもその状況に出くわせそうなタイミングがあれば、ウキウキと、しかし綿密に計画を立てる。大体年に4、5回程度のパーティーだ。なんでもない日おめでとう。
ところでわたしには、春の異動で久しぶりに顔を合わせた同期がいる。
最後にきちんと言葉を交わしたのは数年前の健康診断だったか。ものすごい形相で採血されるわたしを彼女は見たのかもしれないことに、今、気付いた。
恐ろしくそして滑稽だったことだろうが、それをその場でネタにしない気遣いのできる人だ。ネタにできるほど近しい間柄では無かったとも言える。
しかしなんの拍子だったか、お互いが日本酒loverであることが発覚した。狂喜乱舞。握手。
そのままなんやらかんやら共通点が見つかり、気付けば飲む約束を取り付けていた。スタートとゴールは鮮烈だが、どういう経緯でそうなったか覚えていないほどトントン拍子だった。
これを逃す手はあるまい。
パーティーXdayのステップ1として、とある夜、同期飲みを決行した。この二人きりでというのは初めてだったが控えめに言ってとても盛り上がった。
二人ともが好きな日本酒で乾杯し、話題の映画と趣味の話に花開かせ、頃合いを見てお祝いを渡した。結婚おめでとう。久しぶりに身近で発生しためでたい話題にわたしも心踊っていた。
和やかに場は進み気付けば閉店である。
仕事の話は一切、一っっ切出てこなかった。いろいろ聞こうと思っていたはずだが、次から次へ止めどなく進んでいくプライベート小噺、酒。無理もなかった。どうせ聞けやしなかっただろうことは自分が一番よく分かっている。
何線だっけ?わたしこっち、と駅でさよなら解散した。流れでわたしも改札までひとまず向かったが、彼女の姿が見えなくなると勢いよく踵を返した。ここからステップ2だ。
再度駅ロータリーへ出るとなんと小雨。つい数分の間に状況は変化していた。
雨降り深夜の散歩だなんて。
素敵じゃねぇか。
駅へ駆け足で向かう人波を横目に悠々と傘を広げた。折り畳み傘を携帯する人間でよかった。
駅からまっすぐ、ひたすら歩くとそのうちに映画館は見えてくるが、主だった上映までにはかなり時間がある。むしろそうなるようにチケットをとるつもりだった。
閉まった店先の並びを眺めつつ鑑賞作品をじっくり考えつつ信号に足を止めつつ傘に当たる雨粒の音を聞きつつ、辿り着いたのは喫茶店だった。
24時間営業の、わたしのオアシス。
扉を開けるとかなり並んでいて、多くの人間が賑やかに会話しスタッフは忙しなく動き続けている。日付の変わる直前とはまるで思えなかった。
ここだけ昼間のままで、時間という概念を皆が忘れているように感じられるがそんな訳もなく、終電間際になれば大半の客が続々と夜に帰っていった。
そして着々と席に案内されていく我々待機組。
これから夜を乗り越えようという個人の集まりに連帯感を覚えた。わたしだけだろうが。
ずいぶん久しぶりの来店でも落ち着いた活気は以前と変わっていなかった。
やはり時間は止まっているようだ。
たいして飲めもしないブラックコーヒーがアンティーク調のカップで運ばれてくる。実は、美酒に酔いながらも高揚感に目は冴えていたのだが、念のためのカフェインチャージで集中力もテンションも高く保っておく。
明か、暗か。
道中で二択にまで絞った鑑賞候補が正反対の内容だった。
キュンと刺されるか、グサリと貫かれるか。
コーヒーカップの横に並べたスマホ画面とにらめっこ、微動だにせず早10分。ちらりと確認するもまだコーヒーは冷めず白い湯気が立ちまくっていて、まだ手をつけられない。猫舌である。
更に5分。
ようやく決まった。
座席も無事に予約できて一安心し、これでやっと飲めるとコーヒーに口をつけて火傷した。
ステップ3、映画館に着くといつも、まず真っ先にチラシコーナーへ向かう。手に入れた広告分すべての作品を観ている訳では無いが、なんか手に取ってしまう。折に触れ眺めてもいる。
棚に並べられたうち半分は鞄に忍ばせ、その時点で既にホクホクした。
気が逸って早めにシアターロビーに着いてしまっていたため、それでも時間は余る。壁に沿った長いソファでぼんやり時間がくるのを待った。
つい直前まで過ごした喫茶店とは違い、気の抜けたまったり感が支配する空間はまさに「真夜中」だった。そのうちに雰囲気を破らない程度の開場アナウンスがかかる。
もしかすると、この瞬間に最も胸が高鳴ったかもしれない。
座席の、ちょっといいソファのような座り心地も喫茶店とは違う。
浮き足を落ち着かせるためにスマホの電源を切ろうとしたが、その前に映画レビューサイトを開いた。喫茶店で一度目を通したものだ。
このうちのひとつの投稿が決め手となり、わたしはその座席についていた。
すなわち「暗」の作品のスクリーン前に。
投稿主いわく、劇場で、正面から全身で受け止めてほしい作品とのこと。確かそんな感じ書いてあった。ならばと見ず知らずの他人の言葉に飛び込んでしまえと、最後は勢いで決めた。
悩むくせに急に突っ走るわたしの行動パターンは実際のモラトリアム期当時から変わっていない。しかし助けられることも多いため、嫌いじゃない。
2時間ちょいの旅を終えて外に出ると、路面は濡れ、くぐもったように独特な匂いが漂っていた。
夜更け、再び雨が降ったらしい。
29時に迎えた映画の結末とリンクするような明けきらぬ曇り空を、わたしは忘れられないだろう。
信号で立ち止まっていると小雨が落ちてきた。変な天気が続くなと足元で潰れた缶を転がし遊ぶ。
そういえば梅雨に差し掛かった。
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