地下3階
俺はどうにか向こうまで渡らねばならない。湖は多少冷たくはあったが入れないほどではない。こうして流されてしまっているが、泳ぎには自信がある。靴を脱ぎ、剣と一緒に背嚢へ入れる。
そっと足から入る。問題なし。背嚢を頭に乗せて濡らさないようにしつつ、松明をもつ。空いた片手と両足で泳ぐ。多少しんどいが、やれないことはない。水没しているためほぼ真っ暗だが、幸運にも階段の松明は灯っていたため、進むべき方向はわかる。
だが、この湖の深さはゆうに俺2人分はある。さらに、水底には水没したゾンビが不気味にじっとこちらを見上げていた。
見なかったことにして、階段へ体を向ける。凍える前に渡り切らねばならない。急ぎ気味に手足を掻く。やはり気になって水底を見たが、ゾンビたちはもがいているだけで、水面まで浮き上がることはできないようだ。
ゾンビだけ……?
ふと違和感。スケルトンがいない。水底をいくら見渡たしてもいない。まさか、水面..
視界が水中になった。
引き摺り込まれた!違う、頭を押さえつけられた!腕も掴まれている。泳げない!沈む!振り払っても、すぐまとわりつかれる。
とうとう、松明が水没した。明かりが消える。
真っ暗な水中に放り出された!
何も見えない。靴が掴まれた。しっかり靴紐を閉めたせいで脱げない。水中だから思うように振り払えない。
明らかに俺を掴む手が1体分より多い。物音に集まったのか⁉︎ますます苦しくなる。腐った肉の感触が足首から伝わる。水底だ、ゾンビだ。
振り回した右手が、背嚢に入っていたはずの剣に触れた。がむしゃらに振り回す。やたらめったらぶつけまくる。一本、また一本と俺を掴むバケモノの手が離れていく。
気がつくと四肢が自由になっていた。だが息が保たない。もがけばもがくほど再び沈んでいく。足も手も空を切るばかり。無理、無理、無理!
口を開けて水を飲んでしまった。瞬く間に水が体に流れ込む。死ぬ!溺れ死ぬ!
え、もう、ホントに……死ぬ……?
ぶんよよ、と気の抜ける感触が暴れる手に触れた。腐った肉とはまた違う、確かな弾力がある……というか触った記憶が……そう、川に流された時もこれを触ったような……!
全身でしがみつく。ぶんよよは驚いたように暴れ出し、浮上し始めた!
そうだ……これは……!
水面が近くなる。明かりが見える。いつのまにか階段手前まで流されていたらしい。
これは……あの感触と同じ……!
ザバァーッ!と勢いよくぶんよよと共に俺は水上へ飛び出した。空気が甘くてたまらない。
……俺が踏んだスライムだ!
俺が階段手前の床に放り出され、衝撃と飲んだ水で喘いでいるところに、ドタプンッとスライムが俺の上に着地した。
たっぷりと水を吸ったスライムには俺の足跡が残っていた。こいつは俺が踏んだスライムだ。
スライムと俺はじっ、と目を合わせた後、階段を見上げる。階段は川になっている訳でもなく上ることに支障はなかった。
ところが、スライムは段差を登れないのだ。なんとか上ろうと1段目でもがいている姿を見て、俺は哀れに思って持ち上げて肩に乗せた。猫派でもスライム派でもなく、犬派である俺だが、目の前でもがく小動物を放っておくほど鬼畜ではない。
階段の松明をひとつ拝借し、少しだけ長い階段をなんとか滑らずに上る。途中から多くの物音が聞こえ始めた。俺と一緒に流された人が一足早く目覚めて辿り着いているのかもしれない!
足取りは軽くなり、あっという間に2階へ辿り着いた。
そこは、ひたすらに広い礼拝堂であった。たくさんの松明が遥か上の天井で煌々と輝き、2階全体を照らしている。
俺とスライムは、ちょうど神様の像の真下に居て、次の階への階段はまっすぐ先の、礼拝堂の出口と直結している。その通路までの脇には長椅子がずらりと並んでいる。
その全てに、ぎっしりとゾンビやスケルトンが埋まっていた。長椅子ひとつに5体ぐらい。その長椅子が左右ひとつずつ、10列ほど並んでいる。100体以上。
ざわめきはうめき声。祈っているつもりなのだろうか、呆然と像を見上げている。
先頭の長椅子に座るゾンビがこちらに気づく。
咆哮がひびき、階の全てのバケモノどもが俺たちに気づいた。
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