第6話『E班救出作戦・城&湧座その2』

 ─────薄汚い廃映画館の一番大きなシアタールーム。じょう湧座わいざは、礼儀正しくどこか不気味な流伝るでんと対峙していた。

 流伝るでんは能力『CUBEキューブ』により、身体を角張った、ドット絵を3Dにしたような姿へ変貌した。

 更にそのドットの解像度……立方体の数は少なくなり、段々と単純な姿へ変え、最後は『浮遊する一つの大きな立方体』……まさしく『キューブ』へと姿を変えた。

 この能力の全貌、二人はどう対処するのだろうか。

 大きく浮遊する立方体そのものと変身した流伝るでん、彼の発する声はまるで『音声合成ソフト』のように、機械っぽく単調な話し方と声に変わった。


「私の能力…それは貴方達に地獄を見せることが目的ならば、充分過ぎる力……。」


「ただの立方体に何ができるとお思いでしょうが、それでは痛い目をみますよ……。」


 大きな立方体へと姿を変え、元の面影が無くなった流伝るでん。全体の色は灰色である。

 ツヤツヤとした面を持ちフワフワと浮遊する、立方体化した流伝るでんはまさに不気味の一言に尽きる姿だった。

 二人はそんな姿に驚かされたが、湧座わいざは先制攻撃として、その立方体となった流伝るでんの横にいる『暴食ベルゼブブ』へ攻撃の命令を下した。


「少し驚いたけど、まずは攻撃手段を見つけなければ。『暴食ベルゼブブ』!! そのデカイ立方体を喰べてしまえ!!!」

「愚かな…私を喰うだと?」


 命令を下された湧座わいざのコピーである『暴食ベルゼブブ』は、立方体化した流伝るでんに強くしがみつき、あぐあぐと噛み付いた。

 しかし、銃をも噛みちぎる『暴食ベルゼブブ』の歯でさえ、立方体の表面には歯型どころか傷一つ付かなかった。

 まるで鋼鉄の箱、岩盤。恐ろしい硬度を誇っていた。

 この硬さは、じょうに防御面では最強かもしれないと思わせるほど、すごいモノである。

 噛むのに疲れた様子の『暴食ベルゼブブ』に対し、立方体と化した流伝るでんはズズッと近づいた。


「愚者め…私に噛み付いた罰ですよ……私の能力は『立方体になり硬質化&身体中から様々な罠を発動させることが出来る』能力……!! 『CUBEキューブトラップ・熱光線レーザー』!!!」


 大きな立方体流伝るでんの色が段々と赤くなっていく。

 鉄が熱されると赤くなるように、まばゆい光と共に変色していった。

 この光景を見た湧座わいざは、「何か攻撃が来る」と脳裏に鋭く、切りつけられたようによぎり、コピーである『暴食ベルゼブブ』へまた命令を下した。


「何か来るぞ!! 避けろ『暴食ベルゼブブ』!!!」

「無駄ですよ!! 光の速さを避ける生物なんて存在しませんからねぇ!!!」


 流伝るでんは、『暴食ベルゼブブ』へ向けた面からビュオオーーっと深紅の『レーザービーム』を打ち出した。

 高熱を持ち、コンクリートをも焼き切るその熱光線は、豆腐に包丁を入れるようにいとも容易たやすく『暴食ベルゼブブ』の腹部を背中まで貫通し、致命傷を与えた。

 吐血し膝から崩れ落ちる『暴食ベルゼブブ』は、腹を手で抑えながら巨大な立方体を鋭い眼光で睨みつけていた。

 しかしその睨みはなんの意味をなさない。

 流伝るでんは目の前にいる今にも倒れそうな『暴食ベルゼブブ』を嘲笑ったのだ。


「愚かですよ。貴方。真っ向からレーザーに撃ち抜かれて膝からガクン……馬鹿じゃないですか?」


 その言葉に湧座わいざは激怒した。

 愚か、馬鹿、いかなる悪口も自分に向けられているのなら耐えることが出来る性格であるが、自分の仲間と同等に接している『自分の分身』を馬鹿にされいかった。

 堪忍袋の緒は、今ちぎれ飛んだのだ。

 湧座わいざは、目の前にある巨大な立方体を吹き飛ばさんばかりの声量で叫んだ。


「貴様ァア!! 今、私の前で言ってはならない事を口走ったぞ!!」

「……何を口走ったと? ただの真実、貴方の分身は馬鹿で愚かだったと言ったまでですよ。」

「クッソォオ! 『SE7ENセブン』!!!」


 湧座わいざはまた分身を創り出した。しかし、今度の分身はただ目の前に召喚するのではなかった。

 その分身は、立方体と化した流伝るでんへ向けて空中から飛び蹴りを放った。

 その光景はさながら『人間ミサイル』であり、激怒した湧座わいざの、普段なら考えられない能力の使い方であった。

 飛び蹴りをする分身、その軌道は真っ直ぐ立方体に向け進み、ドガンッと重い蹴りを入れた。


「うぉおおお!!! 『SE7ENミサイル』ゥウウウ!!」

「気が狂いましたか貴方!!! そんな攻撃は意味をなさない!!! 『CUBEキューブトラップ・シザース』!!!!」


 流伝るでん湧座わいざの分身が蹴りを入れた面から『巨大なハサミ』を出現させ、その分身を縦に、真っ二つに切り刻んだ。

 鮮血が飛びり、臓物が辺りにビチャビチャと撒き散らされた分身の死体は、壊れた人形のようにべチャリとその場に落下した。

 突如奇行に走った湧座わいざに向け流伝るでんは困惑した。


「あ、貴方……気は確かなのですか!? 怒りに任せ、分身を私へ飛ばし攻撃したのは、ただの奇行なのですか!!?」

「……ボソッ」

「……え?」


 ボソボソと聞き取れない声量で話す湧座わいざ。それを聞き取ろうとして少し近づく流伝るでん

 まだ聞こえない。もう少し近づこう。

 まだまだ聞こえない……もう少しもう少し……。

 充分に近づいたその時、流伝るでんは近づいた事を後悔した。



 ───流伝るでんは、ガバッと、後ろから何かに捕まる感覚を覚えた。

 振りほどこうにも離れない。その正体はじょうである。

 能力『暴走兵器ランペイジ』による腕力の強化により、圧倒的な握力とつまむ力ピンチ力でガシッと立方体を捕まえていたのだ。

 しかし流伝るでんはまた立方体の身体を赤く染め、レーザービームをじょうへ向けて放とうとしていた。

 いくら捕まろうとも、超高熱のレーザーで焼き切ってしまえば振りほどける、そう確信していたのだ。


「ぐっ、今更捕まえたところでなんになるのですか!!」

「馬鹿なのはお前だったようだな……湧座わいざさんの作戦に気が付かずフワフワと宙を舞っていた、お前が馬鹿だったんだ。」


 後ろからそう言い放つじょう。彼の言うとおり、湧座わいざの作戦は終了していた。

 堪忍袋の緒が切れた彼は冷静ではなかった。しかし、任務の遂行だけは頭に残っていたのだ。



 ───湧座わいざは、流伝るでんへ向けて分身を飛び蹴りさせて攻撃した際、自分の後ろにもう一体分身を召喚させていた。

 それは流伝るでんが、湧座わいざの分身を飛び蹴りさせるという奇行に目が移っている間、こっそりと行われていた。


 その分身には『七つの大罪』からなる能力の一つ、『強欲マモン』の能力を宿しており、『近くにある特定の欲望を感知する能力』を持っている。

 分身『強欲マモン』は、『ここから助かりたい』というE班メンバーの欲望を感知し、その欲望をまるで捜査する警察犬のようにたどり、3階フロアの奥にある清掃具入れの中からE班メンバーを救出していたのだ。

 じょう流伝るでんに掴みかかった頃にはそれはもう完了していた。


 この作戦はまるで、『俺の顔殴れたら合格ゲーム』にてかんじょうへ行った、『相手の視界にタバコを入れて視線を誘導する』技によく似ている。


 流伝るでんはそれを聞くと怒り狂い、高速で縦横無尽に広い部屋の中を駆け巡った。

 怒ったハチが、相手を探そうとブンブン飛び回るように。


「うぉあああああ!!! 私を馬鹿だと!? ずるいぞ!!! 内緒でそんなことぉを!!!」

「……お前はなんて愚かで馬鹿なんだ…皮肉にも、お前があの分身に言ったことが自分に返ってきていた様だな。」


 じょうは飛び回る流伝るでんの『上の面』に立つと、腰を低く落とし、足元へ向けて拳を構えた。

 この構えは、日本武道古くから伝わるあるものに似ている。

 それは一目瞭然、『かわら割り』である。

 じょうは右拳に『破壊力』をまとわせる。

 グングン大きくなる破壊力、バレーボールか、バスケットボール程に大きくなった。

 肥大化した破壊力のグローブを、じょう流伝るでんへ打ち付けた。

 硬質なその立方体へ、自重と破壊力を落下させるように打ち付ける。まさに『瓦割り』である。


「…『暴走兵器ランペイジ』……『一点破割キュクロプス』!!!」


 大量の破壊力、自重を乗せた重い拳。それらを一点集中で打ち付けられた流伝るでんは声が出なかった。

 じょうの拳は、ドアの鍵を破壊した時よりも更に大きな轟音を響かせると、流伝るでんの変身している正方形を、粉々に粉砕した。

 その光景はまるでスレッジハンマーで小石を叩き割った際の粉砕のようである。


 世界一硬いと言われる『ダイアモンド』でさえ、一点集中の攻撃には耐えられないのだ。


 流伝るでんはその粉々になった立方体から、服を着ていない状態で部屋の床に落下し、叩きつけられた。

 運良くその下は椅子になっていたため、落下死を防いでいる。

 湧座わいざじょうは倒れている流伝るでんの元へ向かい、ほほをはたいて叩き起した。

 すると流伝るでんの性格が一変、弱々しく先程の余裕が一切感じられなくなった。

 そしてよく喋る。


「ヒィ…! や、やめてくださいイイぃ……もう何もしませんからァ…!」


「私はカシラにやれと言われてやったんですぅう!! 何も知りませんんん!!」


「私の能力嘘ついてました……私自身の能力は『SAWソウ』で、『身体をあらゆる罠に変形させる』能力なだけで、立方体になるのは私の着てた『スーツ』の能力……特殊な技術でスーツが能力を持ってたんですぅうう!!」


「だからほら見て! 裸でしょ? あのスーツを破壊したから何も着てないの! ね??」


 二人は流伝るでんの圧倒的な噛ませ犬振りに心底驚いた。

 えーんえーんと泣きじゃくる目の前の男に、何をすればいいのか、何を言えばいいのか分からなかった。



 ───その後、流伝るでんは『カクテル』内の牢に入れられ、事情聴取をされることとなった。

 じょう湧座わいざはE班の安否が確認出来ると、トランシーバーでA班メンバーへ向けて連絡をした。


「こちら馬戸ばど、E班の二名を救出し、『陸王会りくおうかい』のメンバー『日向流伝ひゅうがるでん』を捕獲した。これはジョー君のお手柄だったよ。」


「それと、今日私の分身はあと4人しか出せない。一日に7人までだからね。もちろん、今回も出した3人は跡形もなく溶けて消えしまったよ。」


 湧座わいざはトランシーバーをしまうと、じょうに向けて一言。


「……午後3時だよ…腹、空いたよね。牛丼奢るよ。」

「それは嬉しいです。」


 そして二人は廃映画館、『ツギハギ映画館』を後にした。

 夕暮れが彩るオレンジが、街の白い壁を染め上げる。

 長く伸びる黒い影は、そのオレンジの中を歩いて行く。

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