第2話『俺の顔殴れたら合格ゲーム その1』

 ─────『違法寄生虫取締部隊』、通称『カクテル』……様々な人種、生物、国、能力者が集う事でその名がついた組織……その日本支部に入隊する事が出来たじょうは、『馬戸湧座ばどわいざ』率いるA班に所属することとなった。

 A班は見るからに個性の強い人間の集まり。それは一目瞭然である。


 現在、特別講師含めA班7人の紹介を終え、次はじょうの自己紹介を求められているところである。

 それを先に言い出したのは、メガネをかけたいかにもインテリ風の彼、『稲出一斗いねでいっと』だった。

 少し、イヤミに聞こえる話し方である。


「私たちの初歩的な素性、能力は名前だけですが紹介されたワケです。もちろん、酒蔵さかぐらさん……だっけ? 君も能力の有無とか紹介するべきじゃないですか?」


 椅子に浅く座るじょうはごもっともな意見だと思った。しかし、そう言われても一つ言いたくない事柄が彼にはある。

 それは『能力』について……自分が『パラサイトヒューマン』であると言うことは言いたくなかった。

 実際のところ、じょう死に際しにぎわの父に寄生虫を打たれ、能力を所持している。

 だがその能力は父の遺産とも言える試作品の寄生虫『エヴォルチオ』であり、無闇矢鱈むやみやたらに言いふらしたくないのだ。


 じょうは数秒間を開けるように葛藤した。冷や汗をひたいから流し最終的に出した答えは、すぐ口から出た。


「……『酒蔵城さかぐらじょう』…と言います。年齢は18歳…能力は…………『持っていません』…よろしくお願いします。」


 じょうは、能力を持っていないと嘘をつくことに決めた。

 使えるようになったのは8年も前だが、使った回数は片手で数えられるくらいで、使えないと言えば使えない。

 じょうは目の前にいる彼らには自分の嘘など分かるまい、そう確信した。

 しかし、じょうの名前を聞き、眉をピクりとさせ、能力の所持を怪しむ者が一人、この部屋の中に居た。

 その人物は、白髪混じりの髪を整えると一つ提案をした。

広呂名冠こうろなかん』……唯一この中で年老いている彼である。


酒蔵さかぐら…か……酒の飲みたく名前だな。それじゃあひとつ、新人の恒例行事『俺と手合わせ! 俺の顔殴れたら合格ゲーム』をしようじゃないか。」


 湧座わいざはハッハッハと高く笑うと、胸の前で手を組んだ。


「いいですねぇ冠さん。この班の中で1試合で殴れたのが私だけですからね。灰音はいね君は3試合目、ギネスちゃんが殴れたのが4試合目、稲出いねで君が殴れたのが5試合目、昼砂ひるすな君が殴れたのが2試合目、高波ちゃんが殴れたのが3試合目ですからねぇ〜。」


 ポケットに手を入れるかんは、ダルそうに大きな欠伸あくびをする。


「そうだったっけな。まぁ、簡単に説明すれば、5試合、そのうちに俺の顔をぶん殴れたら酒蔵さかぐら、お前の合格だ。不合格でも何もならんが、ただ、お前が極度に雑魚扱いされ、前線には立てなくなるだけだ。」


 不合格すれば大変な目にあうゲームの説明を受けたじょうは、(なんとしても、このゲームをクリアしなければ復讐劇に幕が閉じてしまう。)そう強く思った。

 前線に立てなければ、自由に戦闘もできず操作すら出来ないからだ。

 しかし、じょうもボクシングとレスリングの格闘経験はあるが、班のリーダーである湧座わいざのみが1試合で合格というあたり、かなり難しいゲームだということは確信した。

 そう心を決めるじょうを横目に、かんは「移動するぞ。」と皆を引き連れ部屋を出た。

 部屋を出ようとするじょうは、脚に砂袋が繋がれたように、足取りがかなり重く感じた。



 ───場所は変わり、『カクテル』高層ビル70階のうちの42階。ここは道場となっている。

 畳の床、和風な壁や装飾がされており、入口からすぐ見える達筆な掛け軸には、『不倶戴天ふぐたいてん』と書かれている。

 さらに、この武道場だけ天井が高く、低く見積っても5mはある。


 かんは畳に足を踏み入れると、じょうに向けてクイクイっと手招きをした。

 その招きに応じるようにじょうもまた足を踏み入れると、かんはポケットに手を入れたまま、仁王立ちでこちらの顔を見た。

 よく見てみれば、かんの身長は174cm程度だということを認識させられた。


「よぉ〜し。早速初めようか。能力を持ってたら能力も使ってよし、身につけてるモノ、武器の使用も可とする。1試合は10分。ルールはこれだけ……OKか?」


 じょうは姿勢を低くし、顔を隠すように拳を構え、左脚を前に出し、返事をした。


「はい。いつでも構いません。」

「いつでも構わねぇって俺のセリフだろ……サァ来い。」


 じょうはすぐさまかんに、ダダダッと走り駆け寄る。

 相手が接近しているというのに構えをせず逃げもしないかんに向けて、じょうは早速顔面めがけて左の素早いジャブを放った。

 当然、そのジャブは顔を右に傾けることで避けられる。


(だと思ったよ……これはほんのお遊び。)


 じょうもそれを見越し、すぐ左拳を戻すとさらにまたジャブを繰り出す。

 またも、このジャブは、かんが右掌で防ぐ。


 じょうは二発のジャブが外れると、かんの左側、左脇へ素早く回り込む。ボクシング経験のあるじょうの巧みな足さばきは、素人の目じゃ残像が見える程速い。

 脚のステップがホコリを煙のように舞わせると、じょうは左のボディーブローを放った。

 このブローは仁王立ちのかんの脇腹に炸裂した。


(入った!! ……これは立てなくなるハズ!!)


 メキメキと筋肉をエグるようなダメージ、そんな激痛を与えられた……はずだった。

 攻撃を受けたかんはピンピンとしており、仁王立ちのままである。

 じょうは少し動揺したが、左拳をまた構えに戻すと、かんの左側の位置から、右の裏拳を放つ。

 その軌道はかんの顎めがけて進む。

 しかし次の瞬間、その攻撃はじょう自身に大ダメージを与える、自殺行為となるのだった。


 かんはその顎へ放たれる裏拳をかわすと、じょうの身体から伸ばされたその腕をガシッと掴んだ。

 そして掴んだ腕をじょうの身体ごと、かんの頭よりも高い位置まで、上に投げた。

 宙に浮き、無防備なじょう

 かんは腕時計の輪に指を通し、文字盤をじょうに向くように装着した。

 その装備はさながらメリケンサック、ナックルダスターである。

 そんな凶器を完成させたかんは、無防備なじょう肝臓レバーめがけて思い切りぶん殴る。

 ドジュッと文字盤の装飾が身体にめり込み、衝撃だけでも身体を突き抜けんばかり威力。

 この時、本当に痛い時ほど声が出ないという事を再確認させられた。

 じょうは悶絶し、床に背中から叩きつけられた。

 地を這うじょうに、まさに上から目線、高い位置から言葉をなげかける。


「コイツはほんの入隊祝いプレゼントだ。こんなんで倒れちゃ困る。あと9分もあるぞ。」


 じょうは産まれたての子鹿のように立ち上がると、先ほどと同じファイティングポーズで構えた。


「うぐッ…それはそれは…結構な贈り物で……。」

「無駄口叩いてないで早く来い新人ルーキー。」


 腕一本分の至近距離、じょうはさらに姿勢を低くすると、バネのように右拳を上昇させる。

 かんの顎めがけてのアッパーカットである。

 上へ上へ伸びるその拳は、これも呆気あっけなく避けられる。

 避けられ生じるじょうの隙、かんはタバコを一本、指で弾き宙に放り投げた。

 隙が生じてるにもかかわらず、急に目の前に入ってきた異物タバコじょうはついそのタバコを目で追ってしまった。


「し、しまっ!」

「目の前の戦いに集中しろ、酒蔵さかぐら。これはお仕置だ。」


 じょうの目線が宙のタバコへ移ったその刹那、かんじょうの顔面に掌底を放った。

 じょうはそのまま、背中を滑らすように、ズザザァッと後方へ吹き飛んだ。

 その吹き飛んだ先には、この試合を観覧していた6人が立っていた。


「また派手にやられてるなぁお前。」


 ヤンキー風のけんが足元にあるじょうの顔を見下ろして笑う。


「1試合じゃ、かんさんに勝つなど不可能に近いですわよ?」


 墨香すみかなお茶を飲みながら少しクスッと笑う。



 ───試合は残り7分、倒れるじょうに向けて、仁王立ちするかんは落ちたタバコを口に咥え、驚愕する事を言い放った。


「いつ使うんだ? お前の能力は。」


 6人は雷が走ったかのような驚きを喰らった。

 自己紹介の時は能力が無いと言っていた目の前の男が、確定してはいないが能力持ちかもしれないということに驚いた。

 かんはタバコに火をつけると話を続けた。


酒蔵さかぐら……お前の父さんは『酒蔵薫さかぐらかおる』博士のはずだ……。寄生虫『エヴォルチオ』開発の中心となった人物。名前を聞いてピンと来たよ。さらに、消えた試作品2本のうち一本の行方……お前が打ったんじゃないか?」


 かんはスパスパと煙をふかす。

 ちなみに言うと、この武道場は禁煙である。


「お前は父親の遺産でもある試作品を身体に宿している……だからヤタラに他人へ話したくなかったのだろう。それは全然許す。父親思いのいい嘘だと思う。」


「だが、今お前に対し俺が許さねぇ事は、その能力をここで見せねぇ事だ。それは俺に対する手加減、侮辱に値するんじゃないのか?」


 かんは一分もし無いうちにタバコを吸い終えた。


「いいか、ここでは思う存分お前の力を発揮しろ。手加減無用、お前の全てをさらけ出せ。」


 じょうは立ち上がる。

 腰を上げ、足を伸ばし、真っ直ぐかんの方を見つめる。

 朧つかない視界の目を擦り、拳を握りしめる。

 自身の来ている黒いスーツを脱ぐと、テキトーな場所へ投げ飛ばした。

 先程のじょうとは雰囲気が違う、変わった様子だと感じたのはこの場にいる者全員である。


「……わかりました。目が覚めましたよ。18歳のガキを殴り飛ばすジジィを懲らしめないと行けないって、嘘ついてもすぐバレるんだなって教えられましたからね。」


 じょうはまた姿勢を低く、顔を隠すように拳を構え、左脚を前に出し構える。

 そして開口し、これでもかと大きな声で叫んだ。その声は武道場内に反響した。


「これが、僕の能力!! ……『暴走兵器ランペイジ』!!!!!」


 異様な、『真っ赤なオーラ』が武道場内を駆け巡った。

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