第1話『世界寄生虫時代』

 ─────あれから10年後……世界にはある変化が起きていた。


 その変化の素となったのは、酒蔵薫さかぐらかおる博士の試作した寄生虫、『エヴォルチオ』である。

 あの『エヴォルチオ』を盗んだ覆面の男、あの悲劇を産んだこの男、実はとある『マフィア』の組員だった事が警察のその後の調査で判明している。

 覆面男は組織に寄生虫『エヴォルチオ』を持ち帰ると、その組織の研究機関が『エヴォルチオ』を研究、量産し始めた。

 その『量産型エヴォルチオ』は、粗悪ながらも『試作品エヴォルチオ』の『宿主の進化を加速させる』力は健在であった。


 しかし、1番の変化はここからである。


 その『量産型エヴォルチオ』を、理由は不明だが、培養液の入った注射器ごと世界へばらまき、まるで麻薬や大麻のように高値で取引される対象となった。

『量産型エヴォルチオ』は、『今の現状や、自分の人生に納得のいっていない者』に良く売れた……いや、売れすぎたのだった。

 犯罪者の違法麻薬の接種率を置き換えるほど、凄まじい売れ行きとなった。


 寄生虫を身体へ投与した者は寄生虫のおかげで能力を手に入れ、能力者は通称『パラサイトヒューマン』と呼ばれた。

 しかし、所詮は量産された粗悪品、能力を得る事と引き換えに『目を充血させ暴走する』というデメリット抱えていたのだ。

 これはたった2年で社会現象となり、政治家や世論からは問題視されることとなる。

 その扱いはさながら、『大麻』や『麻薬』と肩を並べ、『違法寄生虫』として、違法物の仲間として君臨くんりんしたのだった。


 そして、その『違法寄生虫』を取り締まり、使用者や販売者を捕獲し、罪の重いものは抹殺する部隊……正式名称は『違法寄生虫取締部隊』……またの名を、『カクテル』が世界各国で設置される事となった。


 これらが、10年前の世界から変化した事柄である。



 ───そんな『違法寄生虫』が蔓延るはびこる現代日本、季節は春。

 陽気にチュンチュンと鳴くすずめの声、青空に点々と舞う桜の花びら。小学生のはしゃぐ声に起こされる、そんな朝。

 場所は東京都の某所。とある高層ビルの中で、受付嬢と話している男がいる。


「本日から『カクテル』へ入隊する、酒蔵城さかぐらじょうと申します。」


 この男こそ、10年前の悲劇を直接目の当たりにした男……『酒蔵城さかぐらじょう』本人である。

 歳は18、身長は167cm…逆立つ髪の毛にスーツ姿の彼は、10年前からは想像もつかないほど悠々しく成長した顔つきである。


 じょうは父を殺されてから常に復讐心を燃やし続けていた。

 それはまるで復讐心という寄生虫に寄生されているようだった。

 高校を卒業した後『カクテル』へ入隊し、自ら自己中に悪と定めたモノを抹消していく……それだけをずっと計画し生きてきた。

 さらにじょうは『復讐心』のみで行動した結果、裏サイトやダークウェブなどを漁り尽くし、なんと警察よりも速く覆面の男の正体にたどり着いていた。

 じょうは、後にも引けぬほど復讐鬼に変貌していたのだった。


 じょうは現在、念願叶って『カクテル』へ入隊する手続きを行っている。

 入隊試験として2ヶ月前に、筆記テスト、面接、体力測定、法律に関するテストなど、合計で7つのテストが行われたが、じょうは圧倒的な知能と運動神経で、オール『A』の判定で合格している。

 さらには、六法全書を丸暗記するほどの記憶力も身についていた。


 じょうは受付を終えると、受付嬢から手渡しで、指定された部屋番号の書かれた紙を渡された。


「その番号のお部屋へ向かってください…11階、『Aの113号室』になります…。ご健闘を。」


 そう言うと受付嬢は軽く会釈をした。それにじょうも反応し会釈を返した。

 じょうは受付を後にすると、さらに奥にあるエレベーターに乗り込み、他の職員達に混ざり11階へ昇った。

 エレベーター内では、二人話続ける者もいれば、真剣な眼差しの者、受付嬢と同じ服装をした女性なども立っていた。

 じょうはその職員たちを横目で覗くように観察していた。


「11階です。」


 乗り込んでから2分ほどたっただろうか。エレベーターの自動音声が、11階に着いたことをじょうに知らせた。

 じょうはドアが左右にウィーンと開くと、指定された部屋へ向けて歩み始めた。

 一歩一歩踏みしめる……これから願っていた部隊に入ることが出来る、その感慨深さと、父のかたきを撃てること、それらを心に部屋の前まで歩いた。

 とうとう、その部屋の扉に手をかける。


「……失礼します。」


 じょうはふぅッと心を落ち着かせると、ドアノブをガチャリと捻った。

 ギイィイときしむ木製のドアは、まるで鉄扉のような重厚さを感じさせ、ドンと重い空気をじょうに浴びせながら開いた。



 ───扉を開くと、そこは広い会議室のような場所だった。

 見渡すと、大きな机、コーヒーメーカー、冷蔵庫、ホワイトボード……何ら普通の設備がある。

 さらに部屋の椅子、7つあるうちの6つに人が座っていた。

 ガタイのいい、181cmくらいのタッパがデカイ男。

 椅子の上でもアグラをかくヤンキー風の、学生服の男。

 金髪ロングヘアーの、紅茶をたしなむ女。

 眼鏡をかけた、見るからにインテリな男。

 和服の、赤い太刀を腰にさしている侍風の長髪の男。

 机の上にいくつかの本を重ね、丁寧にその本を読み続けるおかっぱ頭の女。

 それぞれの個性が目立つ、異様なこの部屋の中。

 最初にじょうに気が付き立ち上がったのはタッパのデカイ男だった。

 立ち上がるや否や、まるで巨人、大きな歩幅でこちらへ近づいてくる。

 その男は目の前まで来ると、じょうの肩に手を添え、いかつい表情から少し緩んだ表情に変わった。


「ようこそ、『カクテル・A班』へ。AからZあるうちのひとつの班だよ。私は班長の『馬戸湧座ばどわいざ』……歌舞伎役者の家系で、『座が湧く』という意味合いでつけられた名前さ。歳は25歳。合法的な寄生虫を投与されてる……能力名は『SE7ENセブン』……よろしくね。」


 じょうは物腰柔らかいその男と握手を交わすと、「僕は『酒蔵城さかぐらじょう』です。」と静かに言葉を交わし、一つ空いている席に腰を下ろした。

 湧座わいざと名乗るその男も元の席へ腰を下ろすと、ネクタイを直し全体へ向けて話し始めた。


「さて揃ったことだし、ジョー君に一人一人紹介をしよう。」


 湧座わいざはヤンキー風の男から順に紹介を始めた。


「ヤンキー風のいかついのは『灰音健はいねけん』……元々『違法寄生虫』の投与で能力を持ち逮捕されたが、とあるヤクザの親玉を捕まえたことでスカウトされ、A班へ移動してきた異例の男。19歳、能力名は『闇深い黒ブラックホール・ダウン』…。」


 けんは「よっ。」とだけ挨拶し、特徴的なつり目でこちらを見ている。


「この金髪の子が『墨香すみかドラフト・ギネス』ちゃん……ギネス財閥の令嬢で、ジャスミンティが好きなお金持ち。金にものを言わせて寄生虫を投与してしまって能力を得ている。まぁ、違法寄生虫対策としてって上に報告したから何とか大丈夫。能力名は『蝶のように舞うバタフライ・エフェクト』…。」


「眼鏡をかけたこのインテリ君は『稲出一斗いねでいっと』……能力は持ってない。アメリカの大学を出た正真正銘の天才。頭脳明晰だが、女に弱く体力はない。」


 一斗いっとは少し、恥ずかしさと不機嫌の間のような顔になった。


「こっちの和装の彼は『昼砂潤圭ひるすなうるけい』……現代を生きる侍…持ってる刀は『譃話おとぎばなし』……刀が能力を宿しているまれなケースだね。睡眠障害で5分あればぐっすり寝てしまうから長話は禁物。」


「この本を読んでる子は『高波小凪たかなみこな』ちゃん。こう見えて元プロサーファー…能力を持ってないけど、格闘センスは一流だよ。」


 湧座わいざはこの場にいる全員を紹介し終わると、「あ、忘れてた」と口から漏らした。

 その声が聞こえたのか、「それは困るな。」と呟きながらこの部屋のドアをギシィッと開く一人の男が現れ、みんなの目の前に立つと自ら自己紹介を始める。

 その服装はスーツはスーツだが、シャツはアロハシャツ、靴はサンダルと少しふざけた男だった。


「特別講師……馬戸ばどちゃんの先輩って事でA班で特別にやらさせてもらう『広呂名冠こうろなかん』というものだ。気軽に『かんさん』と呼んでくれ。御歳59歳…このA班の誰よりも強いからな。」


 この場にいる全員、A班に関わる人物全ての紹介が終わった。

 じょうの復讐劇、仇討ちに巻き込まれる人物達…。



 ───役者は、この場をもって今揃った。じょうはそう感じ取った。

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