第25話 専属契約
ティナムの町を出て、姫様たちと共に王都へとやってきた私は、王城へと招かれた。そこで一晩を過ごし、翌日。姫様のお父さん、つまりリルクート王国の現国王と謁見したのだけど、そんな中で衝撃的な話が私を待っていた。
「え、えっとっ!?す、すみませんっ!私まだ冒険者ではないので詳しい事が分からないんですが、専属契約?何の話、なのでしょうか?」
突然の話に私は混乱していた。専属契約ってなんぞっ!?何そのアイドルとかの契約みたいな話っ!
「いきなりの事で、驚かれるのも無理はない。ですので、順を追って話を聞いていただきたいのです」
「わ、分かりました」
とりあえず、話を聞こう。
「改めてお聞きしますが、ミコト殿。貴殿の今後の大まかな予定はありますかな?」
「そう、ですね。明確に決まってる訳じゃないですけど。とりあえず私にはちょっと変わった力もありますし、これを生かして冒険者として仕事をしていこうかな、とは考えています」
それが転生した時からの目的だった。ティナムの町で色々遠回りもしたけど、とりあえず冒険者にはなろうって決めてたし。それに世界の状況は知ってるし、いざとなれば冒険者としてあちこちを旅して、それの助けにもなれるはず。
最初は興味が強かったのもあるけど。今は、それ以上に、冒険者として世界を旅して、誰かの助けになれるのなら、そう思ってる。
あの日の私みたいに、理不尽な死に方をして、周りの人が悲しむような所は見たくない。辛い別れに大粒の涙を流す人を見たくない。そのために、私は与えられた力で、≪チェンジングスーツ≫の力で戦う。 今はそう決めていたから。
「左様ですか。では、その冒険者について、少し話をさせてください」
「は、はいっ」
「冒険者という仕事について、概要はご存じですかな?」
「い、一応は。ただ、私の知識が正しいのかは分からなくて。何しろまだ冒険者ではありませんから」
「分かりました。では、その辺りからお話ししましょう」
そう言って、王様は一度息をついて話を区切りつつ、改めて話し始めた。
「冒険者というのは、一般的に冒険者ギルドと呼ばれる国家に属さない民間の組合に属する者たちを指します。民間、と言っても冒険者ギルドは世界各地に支部を持ち、その影響力は国家と比肩しうる程に大きなものとなっています。冒険者たちはそんな冒険者ギルドに自らを登録し、ギルドが斡旋する依頼を受注。これを達成する事で報酬を得る事を生業としていますが、この辺りはご存じですかな?」
「はいっ。私の知ってる情報と同じですっ」
今の所は私の知ってる、ラノベにありがちな冒険者のイメージと差は無い。王様は、私の言葉に頷くと話を続けた。
「冒険者たちの受ける依頼は多岐にわたります。簡単な物もあれば、命の危険が伴う大変危険な物まで、まさしく千差万別と言って良いほどに。冒険者たちはギルドに登録すると、ランク付けがなされます。そして中でも高ランクの冒険者となると、まさに引く手数多の存在なのです」
「えと、どういう事なのでしょうか?引く手数多って?」
「今お話しした通り、依頼は千差万別。ですので依頼にも冒険者と同じランク付けがされているのです。ランクが高いほどに内容は危険な物となりますが、高ランクの依頼となると、個人ではなく国家が依頼主の場合も多いのです」
「ッ!?」
く、国が依頼主ぃっ!?何それヤバっ!?国から雇われる個人、ってあんまり想像できないなぁ。
「しかし、高ランクの冒険者の数は決して多くはありません。が、魔物の数が増加している今の世界では、国家が依頼主となる高ランク依頼は後を絶ちません」
「高ランク冒険者の数が、足りていないって事ですか?」
「えぇ。依頼の数に対して、高ランク冒険者の数が不足している現状が続いているのです。その結果、高ランク依頼を出したとしても、冒険者側で依頼のえり好みが成されてしまうのです。殆どの冒険者は、報酬金額の良い方へと流れてしまいます」
「成程」
「我がリルクート王国は、大国という訳ではありません。むしろ国家としては、お恥ずかしい話ですが下から数えた方が早い程の、小さな国です。ですので依頼を出したとしても、大国の依頼と比べれば報酬金額は少なく、結果冒険者たちは我が国の依頼を受注しない、という事です」
「そう、ですか」
話を聞いてる限りだと、需要に対して供給が追い付いてない、って感じだね。どこもかしこも魔物の増加現象でてんやわんや。何とかするために冒険者に頼ったとしても、そっちの数も少ないから報酬を釣り上げてのオークション状態。金額が高い方に冒険者たちは集まる、と。
それほどまでに人は足りてないし、世界各地の状況は危ういって事なんだろうなぁ。
「実を言うと、更に小国が高ランクの冒険者を雇う事を難しくしている制度があるのです」
「え?制度、ですか?」
「はい。それが、今まさにお話しした専属契約や優先契約なのです」
「ど、どういうことですか?」
なんでその2つが?と私は首を傾げながら問いかけた。
「専属契約や優先契約は、その名の通り冒険者が国家と契約を結び、その国家からの依頼のみを受けるか、或いは優先する契約です。そして現在において、名うての高ランク冒険者は殆どがいずれかの国家と専属契約、もしくは優先契約を結んでいます。そして残念な事に、わが国ではまだ1人として高ランク冒険者との契約が成されていないのです」
「そうなんですね」
……ん?って事は、もしかして王様たちが私に契約を持ちかけてきたのって……。
「あの、言い方は悪いかもしれませんが、陛下が私に契約を持ちかけてきたのって、もしかして私の力を求めて、でしょうか?」
「……はい。仰る通りです」
私が問いかけると、陛下はゆっくりと重々しそうに口を開いた。
「もし仮に、今後ミコト殿が冒険者として活動を始めれば、その特異な力で瞬く間に高ランク冒険者へと上り詰める事でしょう。そしてそうなれば、各国はこぞってあなたを自国の専属契約冒険者にしたがるでしょう」
「そんなに、ですかね?」
正直、各国がこぞって私と契約したがる、なんてまだ実感が湧かなかった。
「ミコトさんは単独でドラゴンを倒せるのです。正直に申しますと、私は現時点でミコトさんがこの世界で最強の個人なのではないかと考えています。誰もが、ミコトさんの力を、存在を求めるでしょう。例え、非合法な事をしても」
「ッ」
姫様の言葉に私は思わず息を飲んだ。確かに、パワードスーツの力は圧倒的。それで人助けが出来れば良いな、とは思っているけど。姫様が言っている事ってつまり……。
「それって私が火種になりかねない、って事ですか?」
「……えぇ。残念ながら」
姫様は静かに頷いた。
「ミコトさんの力は、正直に申し上げてしまうと異常です。ドラゴンと単独で戦い、討伐する鎧。まして、創造によって多種多様な装備を生み出せるとなれば。強大な個体の相手も。無数の魔物の群れにも、どちらにも対応出来てしまう。今のこの、魔物の増加現象には各国ともに頭を抱えています。それに対処できるミコトさんという人材は、それこそ各国が争ってでも欲しがる程でしょう」
「……」
話を聞いていると、改めて私の持つ力が如何にチートみたいなものなのか、良く分かる。この力は、チェンジングスーツの力はそれだけ強いって事。
「ですが、だからこそミコトさんには冒険者登録をした時点で我が国と専属契約を結んでほしいのです」
「え?」
ふと考え事をしていたから、次いで聞こえてきた言葉の意味がすぐには分からず、私は首を傾げた。
「ミコト殿が我が国と専属契約を結んでしまえば、他国は何も言えないのだ。契約は冒険者ギルドが仲介役となって行われるため、それに異議申し立てをするということは、最悪ギルドを敵に回すという事。国家にも匹敵する影響力を持つギルドを敵に回すのは、愚策中の愚策。故に契約を結んでしまえば、各国も表立って実力行使は出来なくなるのです」
「な、成程」
つまり、契約さえしちゃえば、ある程度は抑えられるって事。となると、今は保留して後々契約を、ってのもヤバそうだよね。私の名が売れてから、リルクート王国と専属契約を、ってなったら他の国が黙ってないかもしれないし。
「ですので、ミコト殿には冒険者になった時点で、わが国と専属契約をしてほしいのです。無論、わが国で出来るだけのお礼をしますし、いざという時我が国を助けて頂けるのであれば、ミコト殿の自由を縛る物でもありません。如何でしょうか?」
陛下の言葉と態度は、どう見ても王族が平民一人を前にしてするような物じゃない。まるで必死に縋っているようだった。
でも、それだけこの国には私が必要だって事。なら……。
「分かりました。その冒険者になって専属契約をって話、受けさせてください」
「ッ!よろしいのですか……ッ!?」
「はい」
驚き、嬉しそうに笑みを浮かべる陛下に私は頷く。
「私自身が火種になるのは正直、嫌ですし。それに、私が今持っている力は誰かを助けるためにあるんだと、私は思っています。だからこの力を、誰かのために使いたい」
私はネックレスの先の、コアを右手で握り締める。
「この力で、誰かの助けになれるのなら、本望です」
「そうですか。……そう言っていただけて、こちらも嬉しい。ありがとう、ミコト殿」
陛下は安堵したように笑みを浮かべると、静かに頭を下げた。
「ミコトさん。私からもお礼を。ありがとうございます」
姫様も、それに続いて頭を下げた。更に、傍に控えていた執事さんまで頭を下げている。……ってあれっ!?これ大丈夫っ!?王族の皆さんが揃って平民の私に頭下げてるってかなり異質だよねっ!?
「あ、頭を上げてくださいっ!わ、私が自分で決めてやるんですからっ!」
私はそう言って、皆の頭を上げさせた。
「いえいえ。ミコト殿には、今後どれほどお世話になるか分かりませんので。これは必要な事です」
「えぇ」
な、何か陛下も姫様も、さも当たり前、みたいな顔してるけど。うぅ、でもやっぱり心臓に悪いなぁ。
と、考えていた時。
「ところで……」
「あ、はいっ、何でしょう?」
「契約を結んでいただける事ですし、何か我々に出来る事はありませんか?こちらで用意できる事であれば、何でも構いません」
「い、いきなりですかっ!?まだ正式に契約もしてないのにっ!?」
「えぇ。まぁ契約を結ぶと言ってくれた事ですし、まずはそのことへの感謝を、という事なのですが、如何です?」
な、何て言うか、今のうちにプレゼントでもして後々、万が一裏切りそうになった時少しでもそれを躊躇わせる為みたいな、そんな感じが見えてるような、そうでもないような。
まぁ裏切る気なんて無いんだけど……。
「い、いきなり言われても、その。そうですねぇ~」
突然の事だったから、どうしようと周囲を見回す。お金は貰ったし、元々女神様から貰った手持ちもあるから、お金には全然困らないし。う~ん。
と、その時ふと、姫様と目が合った。姫様、か。……あっ。そうだ。
「あの、一つお願いしたい事があるのですが、よろしいですか?」
「なんでしょう?」
「出来れば、で良いのですが。もしよければ私にこれからも姫様、マリーショア王女殿下と会う事を許していただけませんか?」
「「え?」」
なんか、私の言った事が予想外だったのか、二人ともそろって首を傾げている。
「そ、そのような事でよろしいのですか?」
「はい。私は、ティナムの町で約束しましたから」
「約束?」
陛下は私の言葉に首を傾げていて、姫様はその横で、あっと言わんばかりの表情のまま顔を赤くしている。
「私があなたを、必ず守る、と。ティナムの町で私は殿下に約束したんです。それに、私がティナムの町で戦うきっかけになったのも殿下です。人々のために危険を承知でティナムの町へとやってきた殿下の姿に感動して、この人の力になりたい、そう思えたから私は戦う事が出来ました。……だからこそ、私は殿下をお守りしたい。そのために、今後も姫殿下とお会いする許可が欲しいのです」
私は真っすぐ陛下を見つめながら語った。……ちなみに陛下の横で姫様がメッチャ顔を赤くしていた。……うん、自分で言っておいてなんだけど私も恥ずかしいっ!や、やばい考えたら顔が熱いっ!
「マリー、お前は良いのかい?ミコト殿はこう言っているが?」
「は、はい。大丈夫、です。ミコトさんとはもう、昨日今日の仲ではありませんし」
ひ、姫様は顔を赤くし、片手で口元を隠しながらそっぽを向きつつ頷いてくれるけど、その仕草はやめてぇっ!言った私まで恥ずかしくなってくるからぁっ!
「ふむ。では娘もこう言っている事ですし、許可しましょう」
「あ、ありがとうございますっ!」
「しかしこれだけでよろしいのですかな?もっとお金は、今すぐは無理ですが用意する事も可能ですが?」
「いえ。正直もう十分貰っているので今の所は。……あっ、ではもう一つ、代わりという訳ではありませんが、どこか良い宿を紹介していただく事は可能、でしょうか?」
「宿、ですか?可能ですが。そんなところにお泊りにならずとも、王城に留まって頂いても問題は無いのですが?」
「い、いえ。正直こういう所には慣れてないというか、恐れ多いと言うか。幸いお金も貰っていますし、流石に自分の衣食住くらいは自分でどうにかしないといけないかな、なんて思っておりまして」
「左様ですか。それがミコト殿のお考えなら、無理に引き留める訳にも行きませんな」
そう言って陛下は立ち上がった。
「ミコト殿はこの部屋でしばしお待ちを。誰か人を城下にやって街の宿の空き状況を確認させてきますので。マリーはどうする?」
「私はここで。もう少しミコトさんとお話を」
「分かった。ではミコト殿。失礼します。後で使いの者をよこしますので」
「は、はいっ」
そう言って陛下は執事さんを連れて部屋を後にした。残ったのは私と姫様だけ。「ミコトさん。改めて、ありがとうございました。我が国と専属契約をしていただければ、どんなに心強いか」
「そう言ってもらえると、今後の活動にも気合が入ります。頑張って、依頼をこなしますよ」
「そうですか。……本当に、ミコトさんには私を含めて救われてばかりで。そしてこれからもミコトさんに頼る事は多いでしょう。けれど、良かったのですか?」
「え?何がですか?」
姫様は少し考え事をしているような、そんな表情で問いかけてくる。
「先ほどの、私に今後会う許可の話です。ミコトさんが望めば、もっと別の事だって叶えられたはずです。貴族としての爵位や領地、一等地に邸宅を構える事や、給仕の者を雇う事だって出来ました。なのに、本当にあんなことだけでよろしいのですか?私としては、ミコトさんとまた会える事は、嬉しいのですが」
と、お姫様は最後の方は顔を赤く染め、恥ずかしそうにしながらもそう言っていた。
「別に良いんです。お金は十分ありますし、これだけあれば衣食住には困りません。……それに、この国や他の国も大変な事になってるんです。戦えるからってだけで、そんな贅沢な事をするつもりはないですよ。何だか、周囲に申し訳ない気がして」
今は、誰も彼もが魔物のせいで苦しんでいる。なのにそんな生活をしていいなんて、到底思えなかった。でも、それだけが理由じゃない。
「それに、さっき言いましたよね?あの日の星空の下での約束。私はまだ終わったなんて思っていませんからっ!」
「ッ、ミコトさん」
私は、満面の笑みを浮かべながら姫様を見つめ、姫様は目を見開き頬を赤く染めている。
「まだまだ魔物の増加現象とか、分からない事も多いですからね。だからこそ、私は姫様を守るために戦います。あの日の約束通り」
「ッ」
姫様はただ、頬を赤く染めながら私を見つめていた。けれどやがて何かおかしいのか、不意に笑みを浮かべた。
「姫様?」
「マリー、で構いませんよ。ミコトさん」
「え?」
「お父様のように、親しい人は私をそう呼びます。ですから、ミコトさんも」
「えっ!?そ、それは流石に不味いんじゃっ!?私は平民ですし、恐れ多いというかっ!」
「気にしないでください」
そう言うと、姫様は席を立ち、私の傍へと歩み寄ると、私の隣に腰を下ろし私の右手を左手で取った。
「何度も守っていただいて、感謝しています。あなたに助けられた日の事は、鮮明に覚えています。それに……」
「そ、それに?」
「私の事をお姫様抱っこまでしておいて、今更他人行儀なのは嫌ですから」
「へ?……あ~~っ!」
そうだ私っ!姫様が倒れた時お姫様抱っこしたんだったっ!というか私が叫ぶと姫様、何か悪戯っぽい笑みを浮かべながらこっち見てるっ!?
「私、これでもあぁ言う物にロマンを持っていたんですよ?なのに、あの日ミコトさんが強引に私の初めて(のお姫様抱っこ)を奪ってしまうんですもん」
「ごごご、ごめんなさいっ!後その言い方だと語弊がありますからっ!」
あぁそうだったぁ~!女の子だもんねっ!憧れくらいあるよねっ!
「ふふっ。じゃあ許してあげる代わりに、これから二人との時は友人のように私をマリーと呼んでください。良いですね?」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる姫様。うぅ、こっちが姫様の素なのかなぁ?と思いつつも、初お姫様抱っこを奪ってしまった手前、断れるはずもなく。いやまぁ断る理由も無かったから。
「わ、分かりました。ま、まま、マリーッ」
王女様を愛称で呼ぶのは緊張した。顔は恥ずかしくて赤くなってしまう。
「はい、ミコトさん」
姫様は嬉しそうに笑みを浮かべながら、私の名前を呼んだ。
今の姫様の表情は何と言うか、王女としてではない気がした。むしろ、一人の少女がただ楽しそうに笑みを浮かべているような。
そんな自然な笑みを浮かべていた。まぁ、仲良くなる分には良いか、と私は割り切った。
そんな姫様の、ううん。マリーの自然な笑みにつられて、私も笑みを浮かべた。
こうして私は、マリーと仲を深め、そしてリルクート王国と専属契約を結ぶ事になった。
第25話 END
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