第15話 ドラゴン遭遇戦

 疲れた様子の王女様に休んでもらうため、チェンジングスーツのメイド服仕様、CSM-00を纏って王女様に給仕をする私。色々話をしたりしつつ、王女様はしっかり休む事が出来た。 

が、それから数日後。森で討伐任務を行っていた私たちの前に、突如としてドラゴンが現れたのだった。



 誰もかれも、私も、王女様も、リオンさんも。皆突然のドラゴン出現に驚き、ただただ茫然と宙に浮かぶドラゴンを見上げる事しか出来ていなかった。一方のドラゴンは、殺意と敵意の入り混じった、それこそ射殺すような視線を私たちに向けている。


『ゴアァァァァァァァァァッ!!!』

「「「「っ!!!」」」」

 再び響き渡る咆哮。それが私たちを現実に引き戻した。


「ど、ドラゴンだっ!?」

「なんでこんな化け物がこんなところにっ!?」

「怯えている場合かっ!総員戦闘態勢っ!」


 兵士の人たちが驚愕の表情で叫んでいる中、リオンさんがそれを叱責し剣を抜く。

「む、無茶だっ!相手はドラゴンだぞっ!この程度の戦力では、戦闘にはっ!」

 だが、リオンさんの同僚の、護衛騎士さんの一人が絶望したような表情で叫んでいる。


 この程度とは言うけど、ここには50人以上の兵士の人たちがいる。それでも相手にならない程って事なら、それほどまでにドラゴンとは強いって事なのは私にもすぐに分かった。

だから……。


「メタルホーネットッ!」

 即座に叫んだ。直後、私の両肩に待機状態で接続されていたメタルホーネット2機が分離・変形してドラゴンに向かっていき、羽音を響かせながらドラゴンの周囲を飛び回る。


『ゴルルルゥッ!!』

 忌々しそうに唸り声を上げながらドラゴンは周囲を飛び回るメタルホーネットに視線を向けているが、それがチャンスだっ!


「マリーショア王女っ!単刀直入に聞きますっ!あのドラゴンは、今ここにいる人たちでどうにかなる相手ですかっ!?」

「い、いいえっ!ドラゴンは魔物の中でも上位の強さを持った存在ですっ!とても、これだけの人員と装備ではっ!」

 怯えた表情の王女様の言葉と表情ですぐに分かった。『このままここで戦ったら、私はともかく周囲の被害がどうなるか分からない』、と。 と、なればぁっ!


「じゃあ、私があいつの注意を引き付けている間に、撤退してくださいっ!」

「えっ!?で、ですがミコトさんはっ!?」

「……今この状況で、あいつとやりあえるのは私だけですっ!誰かが、誰かがやらないとっ!」


 この中で一番生存率と戦闘力が高いのは、パワードスーツを纏った私だ。だからこそ、私が囮にならないと。王女様を、リオンさん達を無事に逃がすためには。

 

 相手はファンタジー世界でも強者の部類に入る存在。幻想の生物の中で、間違いなく最強クラスの存在、ドラゴン。見ているだけで分かる。初めてこの世界で戦ったワイバーンとは別物。生物としての格、強さ。ワイバーンとドラゴンじゃ比べ物にならないって事は、ただ見ているだけで分かった。


 そんなのを私一人で相手にするのかと思うと、恐怖で自然と体が震えた。パワードスーツと言う、このファンタジー世界においてオーパーツにも等しい力を持っているはずなのに。なぜかドラゴンを前に私は不安を覚えていた。


 でも、それでもやるしかない。王女様たちを守るためにはっ!

「リオンさんっ!王女殿下や皆さんを連れて撤退してくださいっ!」

「良いのかっ?それでは、お前はっ」

「……正直、怖いですけど。でもあいつを足止め出来そうなのは、私くらいですよね?」

「うっ、くっ」


 リオンさんは悔しそうに表情を歪めながらも、何も言わない。私一人が残る事はとても危険だけど、それ以外に確実に、ドラゴンを足止め出来そうな人も装備も無い。それは私も分かってる。そしておそらくリオンさんも。


「すまないっ!ミコトッ!」

「大丈夫、私にはこのスーツがありますから。絶対、死にませんよ」

 申し訳なさそうに表情を歪め、唇を噛み切るような勢いで歯を食いしばるリオンさんに、私は不安と恐怖を押し殺して、出来るだけ優しい声色で語りかける。


『ゴアァァァァァァァァァッ!!』 

 そこに響き渡る、ドラゴンの怒りの咆哮ッ。どうやらメタルホーネット達にかなり苛立ってるみたいっ!


「さぁ早くっ!行ってくださいっ!!」

「分かったっ!だがミコトッ!絶対に無理はするなっ!?必ず生きて帰ってこいっ!!」

「分かってますっ!私だって、まだ死にたくはありませんよっ!」


「頼むぞっ!さぁ姫様っ!」

「待ちなさいリオンッ!ミコトさんっ!ミコトさぁんっ!!」

 リオンさんは王女様の手を取り駆け出す。他のみんなもそれに続く中で、王女様だけは心苦しそうな表情で後ろを振り返りながら何度も私の名を叫んでいた。


 それを見送ると、私は頭上でメタルホーネット達相手に戦っているドラゴンを見上げた。ドラゴンは今も、自分の周囲をうるさく飛び回るメタルホーネット達を撃墜しようと手足や尻尾を振るっているけど、それを何とか回避しつつ時折ニードルガンを放つメタルホーネット2機。


 けれど、ドラゴンの硬い鱗はニードルを簡単に弾くほどに堅い。甲高い音を立てながら弾かれ虚しく落ちるニードル。あれじゃきっとSDMだって簡単に弾かれるに決まってる。見たところ、お腹周りには鱗が無いみたいだけど……。


 偶然そこ目がけて放たれたホーネットのニードルガン。しかしニードルは僅かに腹部に刺さっただけですぐに抜け落ちてしまった。多分、あれはただの脂肪じゃない。あの巨大な体を動かす筋肉なんだ。あれじゃ鱗のないお腹だってSDMが刺さるかどうかっ!


 となればぁっ!

「メタルスパイダーも行ってっ!とりあえず接近して待機っ!チャンスがあったらとりついて電流を流し込んでっ!」

 叫んだ直後、ホーネット達のようにメタルスパイダーが分離・変形し枝の上に跳躍していく。


 それを見送りつつ考える。多分今の私の手持ち武装の中で、ドラゴンにダメージを与えられそうなのはビームジャマダハルただ一つ。となれば接近戦しかない。

「あんなデカブツ相手に接近戦は正直避けたいけどっ!やるしかないよねぇっ!」


 ドラゴンとの戦いなんて初めてで、恐怖と不安で押しつぶされそうだった。だからこそ、少しでもそれらを和らげるために、声を上げた。


 とにかく近づかない事には始まらない。メタルスパイダーのようになるべく大きな木の枝に向かって跳躍し飛び乗る。枝の上に立ち、ドラゴンの様子を見る。ドラゴンは未だにメタルホーネット2機を相手にしていた。あと少し、あと少し高度を下げてくれれば今のCSA-02の跳躍力でも十分届くっ。そしたら不意打ちで羽をビームジャマダハルで狙うっ!


 最悪、飛行能力を奪えれば。 そんなことを考えていた時だった。

『ゴアァァァァァァァッ!!』

 ドラゴンが咆哮を上げると、その巨大な翼を羽ばたかせ始めた。

「うっ、くぅっ!?」

 その巨大な翼の羽ばたきから発生する風はもはや、暴風と呼んで差し支えないものだった。 人間でさえ吹き飛ばされそうな勢いの突風が吹き荒れ、私は片手で木の幹を掴んで樹上で必死に耐えていた。


 ぱ、パワードスーツだって相当重いのにっ!気を抜いたら吹き飛ばされそうっ! これもまた、ドラゴンと言う存在がどれだけ規格外なのかを表していた。 あの巨体を浮かすどころか飛ばすんだもんっ!これくらい必要って事なのっ!?


 何とか耐えながら上空のドラゴンへと目を向けた時。

「ッ!?」

 見えた。ドラゴンの口元から漏れ出る、あれは炎っ!? それを目にした瞬間、背筋が凍り付いたのではと錯覚するほどの、悪寒を覚えた。


 更にドラゴンが大きく息を吸い込むのが見えた。

「あれは、絶対まずいっ!!!」

 本能が告げる。少しでも隠れろ。少しでも体を守れと。


 即座に樹上から飛び降り、周囲を見回して岩を見つけると、その影に飛び込んだ。直後。


岩陰に飛び込む寸前に見えたのは、上空のドラゴンが今まさに口元から火炎、すなわちブレスを眼下の森目がけて吐き出す所だった。


放たれたブレスは地面に命中すると、まるで炎の濁流となって周囲に、放射状に広がって行った。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 その、恐怖の濁流と呼んでも過言ではない炎の津波の前に、自分が鉄壁を誇るパワードスーツを纏っている事も忘れて、岩陰で縮こまりながら叫ぶ事しか出来なかった。


 早くこの炎の波が引いてほしいと願いながら、周囲の様子を見る。ドラゴンは今も炎を吐き続け、周囲の木々が瞬く間に燃え上がっている。とその時。


≪警告ッ!メタルホーネット2機、大破っ!≫

「っ!?」

 AIが告げる最悪の報告に思わず息を飲んだ。レーダーで2機のホーネットの位置を確認し、カメラアイのズーム機能で2機の姿をすぐさま確認するが……。


 私が見たのは、真っ赤になり各部から火花を散らし、黒煙を吹き出しながら爆散する2機のホーネットの最期だった。

「そ、そんな……っ!?」


 トライインターセプターだって決して軟な存在じゃない。ちゃんと考えあげて、ある程度の装甲や耐熱性だって付加してあった。 でもドラゴンのブレスは、そんな『ある程度の耐性』なんてものともしなかった。


 3機の中で、唯一メタルスパイダーは何とか大破こそ免れたけど。

≪警告ッ!メタルスパイダーはブレスの影響を受けオーバーヒート中ッ!緊急冷却を開始っ!≫


 私と同じように岩陰に隠れていたメタルスパイダーも、このブレスの圧倒的な熱量にやられて、オーバーヒートを起こしてしまっていた。あ、あれじゃあメタルスパイダーもしばらく動けないっ!


 どうしようどうしようっ!今のこのCSA-02じゃあんな防御力の高いドラゴンに有効な攻撃なんてビームジャマダハルだけっ!CSA-01に換装するっ!?ううんだめっ!そうなると一旦装着を解除しなくちゃいけないっ!再装着まで若干のタイムラグがあるっ!そこを狙われたら……ッ! 


 その時。音を立てて何かが私の近くに着地した。まさか、と思った。見たくない現実があったけど、確認するしかない。私は震えながら視界を右に向けた。


『グルルルルッ!!』

 10メートルほど離れた場所にドラゴンが4つ足で降り立ち、そして私を睨みつけながら唸り声をあげていた。

「ッ!!!」


 その眼に、ドラゴンの鋭い視線に見つめられた私は恐怖で固まってしまった。まさに『蛇に睨まれた蛙』状態だった。恐怖で体がこわばって動かない。逃げたいのに足が動かない。武器を構えるべきなのに手に力が入らない。


 対面し、向き合って分かる。ドラゴンの圧倒的な存在感と敵意に私は気圧されていた。心も体も完全に委縮し、戦意などとうに消え失せていた。


『ゴアァァァァァァッ!!』

「ひっ!?!?」

 咆哮を上げ、四つの足で大地を踏み鳴らしながら突進してくるドラゴン。その姿と咆哮は恐怖以外の何物でもなかった。自然と悲鳴が漏れです。


「あっ、うぅっ!うわぁぁぁっ!!」

 逃げろっ、逃げろっと本能が促す。震える足腰で何とか立ち上がり、私はその場からヘッドスライディングのように、何も考えず横へと飛んだ。


 直後、さっきまでブレスの盾にしていた岩にドラゴンの片腕が振り下ろされた。響き渡る破砕音。恐る恐る振り返ると、さっきまでそこにあった岩が、粉々に砕け散っていた。


 あ、あれがドラゴンの一撃っ!?岩をあんなに軽々と壊せるなんてっ!?下手したら、パワードスーツの防御だって突破できるんじゃっ!?

「っ!!!」

 そう考えた瞬間、ゾワリと悪寒が走った。 そして再びドラゴンと私の視線が交差する。

「うっ!」


 それだけで、恐怖で動けなくなる。殺意と敵意がプレッシャーとなって、私を押しつぶそうとしている。そのプレッシャーに負けて本能が叫ぶ。『今すぐ逃げろ』、『死にたくなかったら走れ』、『あんな化け物に敵うはず無い』って。


パワードスーツを纏っているはずなのに。これは、この世界には無い力のはずなのに。どうやっても目の前のそれに、ドラゴンに勝てる気がしなかった。


『グルルッ!ゴアァァァァッ!!』

「っ!?」

 再び咆哮を上げたドラゴンが向かってくる。

「く、来るなぁっ!!」


 怖くて、怖くて、その時の私は殆ど狂乱状態になりながら、右腕のSDMを乱射していた。けれど、ダーツは虚しく鱗や分厚い筋肉に弾かれ、力なく地面に落ちていくばかり。


「来るなぁっ!こ、来ないでよっ!こっちに、来ないでよぉっ!」

 怖い、怖い怖い怖いっ! これが『恐怖』っ。頭の中で、何も考えられないっ。どうするべきなのかも分からないっ。でも、私にも少しだけ運があったみたい。


『ッ!?グルァァァァァァッ!!』

 放たれた内の1発がドラゴンの目の近くに命中。ダーツ自体はすぐに脱落してしまったけど、僅かでも電流が流れたのかドラゴンは苦悶の声を上げたっ!


「やったっ!」

 効果があった事に喜び、私は思わず声を上げてガッツポーズをしてしまった。 だが、苦悶の声を上げていたドラゴンがその場で突如として回転し、その巨大な尻尾を振るってきた。


「えっ?」

 緊張と不安、つかの間の喜びで脳内が飽和状態になっていた私は、反応なんて出来なかった。


 視界いっぱいに広がり迫りくる深紅の尻尾。直後に轟音と衝撃が体に襲い掛かった。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 吹っ飛ばされた、と即座には理解できなかった。一瞬視界が切り替わり、次いで地面に激突しゴロゴロと転がる中で視界が目まぐるしく回る。吹っ飛ばされた先で炭化した木の根元に激突し、ようやく私は止まった。

「ぐ、うぅ……っ!」

そして、そこでようやく自分が尻尾の一撃で吹き飛ばされたんだと理解する。


「う、うぐっ」

 

 吹っ飛ばされた衝撃と転がった事で視界が歪む。今にも嘔吐しそうなのを、必死にこらえながら立ち上がる。それでも、今の一撃を貰った事で全身に痛みが走る。体中、全てが痛い。

≪警告ッ!ダメージ蓄積っ!戦闘の継続は危険っ!撤退を推奨っ!≫


 AIも、これ以上の戦闘は無理だと私に警告している。そして、それは私自身分かっていた事だ。


『このままじゃ、死ぬ』。その考えが脳裏に浮かぶ。今の装備じゃドラゴンには勝てない。逃げろと本能が、脳が、体全体が叫んでいる。痛む全身から冷や汗が吹き出す。けれど……。


『グルルルルッ!!!』


 分かる。中途半端に攻撃を受けたせいで、ドラゴンは怒ってる。さっきよりも殺意が増しているのが、素人の私でも分かった。


 絶対、簡単に逃がしてくれるわけない。どうすれば良い?どうすれば、生き残れる? 今の自分にあるありったけの知識を動員して、少しでも生き残る方法を考えようとした。


 でも、無理だよ。『怖い』、『死にたくない』、『誰か助けて』。そんな考えばかりが脳内を占有している。まともな思考なんて、出来なかった。ただ、生き残りたかった。


 と、その時。 

「ッ!」

 ドラゴンの背後から何かがドラゴンの頭の上に着地した。それは……。


「め、メタルスパイダーッ!?」

 オーバーヒートとして動けなくなっていたメタルスパイダーだった。

『グォォォォォォォッ!!』

 突如としてスパイダーが頭部にとりついた事で、ドラゴンは驚いてその場で暴れだした。しかし直後、メタルスパイダーが足先に内蔵されている電気ショックから、最大出力の電撃を発生させたっ!青白いスパークがドラゴンの後頭部で炸裂するっ!


『ギャオォォォォッ!!!』

 悲鳴を上げて、メタルスパイダーを振り落とそうと暴れまわるドラゴン。


≪警告ッ!現在地より直ちに撤退せよっ!繰り返すっ!撤退せよっ!≫

 

 支援AIからの警告文を目にした私は、これが逃げ伸びるチャンスだと理解し、痛む体に鞭打って走り出した。


 これは、メタルスパイダーが作り出してくれたたった一度のチャンスなんだっ!逃げなきゃっ!!


 私は走った。一センチでもドラゴンから離れるために、がむしゃらに走り続けた。少しして、背後で爆発音とドラゴンの怒りの咆哮が聞こえてきた。


 でも振り返らない。そんな勇気は今の私には無かった。ただ、『死にたくない』と言う思いに急かされ、ただひたすら走っていた。


 途中で何度も木の根や植物のツタに手足を取られた。それでも、恐怖が私を突き動かし私は逃げた。


 

 ドラゴンと遭遇して、この世界に来て初めての、明確な死の危険を感じた。死の危険から来る、脳裏に焼き付いた恐怖に突き動かされながら、ただ森の中を逃げる私のそれは、『敗走』以外の何物でもなかったのだった。


 その日、私は初めての『敗北』を知ったのだった。


     第15話 END

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