第16話 初めての敗北

 突如として私たちの前に出現したドラゴン。私は王女様たちが逃げる時間を稼ぐために殿を買って出た。けれど、ドラゴンの力は圧倒的であり、私もまた這う這うの体で逃げ出す事しか出来なかった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」

 私は息を切らしながら森の中を走っていた。AIが地図で教えてくれている、町の方向に向かって何も考えず、ただひたすら走っていた。 ドラゴンへの恐怖からか、背中は冷や汗でびっしょり。息も絶え絶えになりながら、それでも走っていた。 ただ、ドラゴンから逃げたいが為に。


「はぁっ、はぁっ!あっ!?ぐっ!!」 

 途中で何度も転んだ。石に躓き、蔦や窪みに足を取られ、何度も転んだ。それでもすぐに立ち上がり、スーツ全体が土や泥でどれだけ汚れようと走り続けた。


 しばらくして、私は森を出た。遠方には町が見える。

「はぁ、はぁ、はぁっ!」

 そしてそこでようやく、私は足を止めた。息も絶え絶え、背中を伝う冷や汗が気持ち悪い。それでも、油断は出来なかった。


 レーダーを確認して、周囲に反応が無い事を確認してからゆっくりと振り返った。後ろにはただ鬱蒼とした森が広がっているばかり。ドラゴンは、追ってきてはいなかった。


「っ!はぁ~~~~っ」

 ドラゴンが追ってきてない、と言う事の安心感から私は自然と大きく息を付いてしまった。 でもとにかく、助かった。そう思うと、パニックを起こしていた頭を少しは落ち着いてきた。


「皆は、逃げ切れたよね?」 

 森を出るまで無我夢中で走っていたから、もしかして先に逃げた王女様たちを逆に追い抜いてしまったんじゃ?とも考えた。 でも森の周囲に馬車は無い。先に町に戻ってるかな?


「私も、戻らないと」

 ここに居ても始まらない。王女様やリオンさん達の無事を確かめるために、私は再び走り出した。


 パワードスーツを纏っているだけあって、走ると言ってもその速度は生身の人間の速力とは比較にならない程早い。ある程度の時間走れば、すぐさま町の城門前までやってきた。


「おいっ!ミコトだっ!彼女が戻って来たぞっ!」

「開門だっ!急げぇっ!」


 私が城門の傍までやってくると、城壁の上で警備をしていた兵士の人たちが叫んだ。数秒の間を置き、重い音を響かせながらゆっくりと城門が開く。


「ミコトさんっ!!」

「姫様っ!」

 すると、開ききる前の城門から慌てた様子で飛び出してくる王女様とそれを追って出てくるリオンさん。


 あぁ、良かった。皆、無事だったんだ。 王女様たちの無事が分かってよかった。

「あ、れ?」

 そう思ったのも束の間。不意に、体に力が入らなくなった。ど、どうして?と思っても視界が揺らいでいく。


「ミコトさんっ!?」

 近くに居るはずの王女様の声がなぜか、遠くに聞こえる。

≪意識レベル低下ッ!チェンジングスーツ、強制解除ッ!≫


 ディスプレイに映るポップアップ。けれど意識が揺らいでいる私にはその言葉をはっきり認識する事は出来なかった。直後、スーツの装着が解除される。けれど、突然の変身解除に加えて、意識が朦朧としていた私は、その場で踏ん張る事が出来ずに前のめりに倒れこんだ。


「ミコトさんっ!」

 直後、誰かに抱き留められる感覚が肌を通して伝わって来た。

「ミコトさんっ!」

「ミコトっ!しっかりしろっ!」


 声からして、リオンさんかな?それともマリーショア王女?分からない。そして、そこを最後に私は意識を手放した。



~~~=

 私は、暗闇の中で『何か』と戦っていた。私はチェンジングスーツを纏って、本来ならばこの世界に存在しないであろう武器を駆使して、その何かを攻撃していた。けれど、その何かには、一切攻撃が効かなかった。銃弾はその体を貫けず、ビームは体表を僅かに焼くばかり。刀剣類で切りかかれば、強固な肉体に阻まれ、刃が砕け散る。


 そして、武器が壊れ呆然とする私を、何かは巨大な手で虫でも潰すかのように私を……。



「っ!?うわぁぁっ!!!!」

 微睡など無く、私は絶叫を上げながら目覚め飛び起きた。

「はぁ、はぁ、はぁっ!……こ、ここは?わ、私の部屋?」

 周囲を見回すと、そこは見慣れた調度品のある私に宛がわれていた部屋だった。しばらくは自分がどうしてここに居るのか分からなかったけど、少しして思い出した。


 そうだ、私は森でドラゴンと戦って、命からがら逃げてきて、それで城門の前で気絶して……。誰かがここに運んでくれたんだ。


「気持ち悪い」

 未だに早鐘を打つ心臓。全身から汗が噴き出て、服が体に張り付いて気持ち悪かった。そんな私の脳裏に浮かぶのは、あのドラゴンの事だった。


「……勝てなかった」

 あのドラゴンとの戦いを思い出す。ううん。あれはもう、戦いなんて言えない。一方的な蹂躙だった。SDMも、トライインターセプターも、殆ど通じなかった。あの時、メタルスパイダーが時間を稼いでくれなかったら、どうなっていたか。


「ッ!」

 最悪を想定したその時、死の恐怖を思い出して体が震え息を飲んだ。震える左手に、右手をかぶせる。それでも恐怖から来る体の震えは止まらない。更に言えば……。


「また、あいつと戦うのかな?」

 今の私がここに居る理由は、北の森の魔物を討伐するなり、魔物増加の原因を解明するなりして、この町を守る事。そうなれば当然、あのドラゴンを放置なんて出来ないはず。そうなったら、いつかは戦わないといけない。


「………」

 あの強大なドラゴンの事をどれだけ考えても、勝てるビジョンが見えてこなかった。どうやって戦えば良いんだろう。 


 グルグルと頭の中をめぐる思考。けれど、体に染みついた恐怖のせいで考えがネガティブな方向に向かってしまう。勝てない。新しい装備を作ったって、通用するか分からない。そんな考えが何度も脳裏をよぎっていたその時。


「ミコトさん?起きていますか?」

 部屋のドアがノックされ、沈んでいた考えと意識が引き戻される。ドア越しに聞こえてきた声は、マリーショア王女殿下?


「は、はいっ!起きてますっ!」

「失礼します」

 咄嗟に声を上げて答えると、ドアが開いて王女様とリオンさんが入って来た。


「ミコトさん、無事目が覚めたようですね?城門前で突然倒れられた時は何事かと心配しましたが、お加減はどうですか?」

「大丈夫です。体には異常はありません。ご心配をおかけして、すみません」

 出来るだけ王女様たちを不安にさせたくなかった。今の私は、魔物討伐の要。下手に不安な所を見せたら不味いかもって思ったから。だから可能な限り、いつも通りを装いながら、頭を下げる。

「そうですか。大事にならず、安心しました」

 そう言って王女様は安堵の息を漏らしているけど。ん?なんだか、その表情に陰りが見えているような?


「ミコト」

「あ、はいっ」

 しかしリオンさんに声を掛けられ、意識をそちらに向けた。

「ドラゴンは、どうした?」

「ッ」

 リオンさんは、鬼気迫る険しい表情で私に問いかけてきた。聞かれるとは思ってた。けど単刀直入に聞かれ、更にはあの敗北を思い出した私は思わず息を飲んだ。


「………倒せません、でした」

 酷な現実を伝える事への後ろめたさから、シーツをギュっと握り締めながら、絞り出すような声で私は話し始めた。


「あの後、メタルホーネット2機はブレスで簡単に撃破され、右腕のSDMもドラゴンの防御の前には全然役に立たなくて。……メタルスパイダーが頭にとりついて電撃を流し込んでいる隙に、命からがら逃げるのが、やっとでした」

「そう、か」


 リオンさんは静かに頷くが、それだけでそれ以上何も言わない。その沈黙が、私の心に刺さる。負けた悔しさもある。殿を務める、なんて言っておきながら這う這うの体で逃げてきた事への後ろめたさもあった。だから、何も言わないリオンさんの沈黙が痛かった。

「ごめん、なさい。私が倒せていれば……」

「ッ。いやっ、違うぞミコトッ!私は決してお前を責めようなどとは考えていないっ!」

「そうです。それに、ドラゴンによる襲撃と言う状況で誰一人命を落とすことなく生還出来たのは、むしろ僥倖。ミコトさんのおかげで、被害を最小限に食い止める事が出来ました。ありがとうございます」


 王女様は私に小さく頭を下げ、リオンさんもそれに倣う。

「そう言っていただけると、嬉しいです。……でも、いずれあいつとは戦う事になるんですよね?」

「ッ」


 あれ?王女様、私の言葉に息を飲んで、何か困惑したような表情を浮かべている。そこは素直にはい、って言われると思ってたのに。どうして?と思っていると。

「ミコト、すまないがこの後すぐ、動けるか?」

「え?はい。大丈夫ですけど、何か?」

「ここの駐屯地の責任者たちに会ってほしい。皆、ドラゴンの詳細な情報を欲しているんだ。今後の行動を決めるうえでも、情報が有無は重要だからな」

「分かりました」


 その後、リオンさん、王女様と共に場所を会議室らしい部屋に移し、駐屯地の責任者、つまり指揮官に当たる人や部隊を率いる隊長さん達。更にその副官さんらに私が戦ったドラゴンの事を話した。大きさやどんな攻撃をしてくるのか等々。


 皆、ドラゴンの話を聞けば聞くほどに険しい表情を浮かべている。一通り私からの話を聞き終わると……。

「むぅっ、ドラゴンとは厄介なっ!」

「いや厄介どころではないぞっ!ドラゴンと言えば魔物の中でもトップクラスの戦闘力を持つ存在だっ!それを相手するとなれば、一体どれだけの兵や物資が必要になるかっ!」

「とても、この駐屯地の兵力だけでは……っ!」

 説明を終えて、壁際にある椅子に座りみんなの様子を伺う。皆険しそうな表情を浮かべ、中には何やら焦っているような表情の人もいる。


「そうだっ!彼女はどうなのだっ!あのミコトと言う少女の力はっ!?これまで数多の魔物を葬って来た彼女の力はドラゴンに通じないのかっ!?」

 その時、指揮官さんらしい人が一人声を上げて私の事を話題に上げた。途端に私に視線が集まる。うぅ、なんかちょっと居たたまれない。


「……ミコト」

 その時、そばに居たリオンさんが静かに私を呼んだ。

「単刀直入に聞きたい。お前の力は、ドラゴンに通じるのか?」

 誰もが、静かに私の答えを待っていた。けれどドラゴンと対峙した私は、安易な事を言うだけの度胸は無かった。ありもしない自信で、皆を安心させることは出来なかった。


「正直、分かりません」

 私の言葉に数人が息を飲み騒めいている。

「分からない、とは?」

「言葉通りです。数時間前、ドラゴンと遭遇した時の私はCSA-02と言うパワードスーツを装備していました。結果的にCSA-02ではまともに戦えませんでしたが、私の力、チェンジングスーツには多種多様な装備を搭載したパワードスーツを生み出す事が出来ます。だからこそ、対ドラゴンを想定してパワードスーツを作れば、ドラゴンと戦えるかもしれません。……でも」

「でも?なんだ?」


「仮に対ドラゴン用の装備を整えたとしても、それはドラゴンと戦う事を『想定』して作ったにすぎません。だから私が考え生み出した対ドラゴン兵装がドラゴンに100%通用するかどうかは、正直分かりません」

「確たる事は言えない、と?」

「……はい」

 真剣な表情で、静かに問いかけてくるリオンさんに私は静かに頷く。


「ミコトさん」

 今度はそこに王女様が声をかけてきた。

「もし仮にドラゴンと相対したとして、ミコトさんが現状考えうる戦闘方法は何がありますか?」

「そう、ですね」

 顎に手を当て、頭の中でいくつかプランを立て行く。


「一番やりやすいのは、ドラゴンの攻撃が届かない超長距離からの狙撃ですね。何とかしてドラゴンを平地、森の外におびき寄せて、ブレスも届かないようなアウトレンジから一方的に攻撃する、とか」

「森の中に居るドラゴンを狙撃する事は出来ないのですか?」

「不可能、ではないかもしれませんけど、障害物が多いので平地に比べると命中率も落ちるかと。それに木々を盾にされる恐れもありますし」

 王女様の言葉に私は少しだけ難しい表情を浮かべながら答えた。

「成程。ではドラゴンの肉体を貫く、狙撃用の兵器と言うのはどのような物になるでしょうか?」

「それなら、以前私が北の城壁で狙撃に使った武器をより強化して使う、と考えていただければ良いかと」

「具体的には?」

 と、姫様に続くようにリオンさんが問いかけてくる。


「私の生み出せる兵器、ビーム兵器は超高温の光を放って物体を貫く武器です。あの時、城壁の上でブラッディベアへの狙撃で使ったビームスナイパーライフルを上回る高出力ビーム兵器を生み出せれば、或いは」

「そうか。少なくとも、ドラゴンに対抗できる可能性はあるのだな?」

「はい。確証がないのは、申し訳ないんですけど」

「いや良い。対抗できる術があるかもしれないと分かれば、こちらもそれを前提として作戦を立てる事が出来る。姫様」

「えぇ」


 王女様は頷くと視線を私から指揮官さん達へと向ける。

「これよりっ、対ドラゴンを想定した緊急会議を行いますっ!どのような脅威が敵として現れようと、我々にはこの町を、そしてそこに生きる人々を守る使命がありますっ!それを忘れてはなりませんっ!」

「「「「「はっ!!!」」」」」

 王女様の凛とした言葉にみんなが敬礼で答える。


 会議が始まるとなって、皆が慌ただしく動き始めた。

「ミコト」

「あっ、リオンさん」

「情報提供など、ご苦労だった。ここからは姫様や指揮官たちの仕事だ。お前は部屋に行って休んでいてくれ。何かあれば、またお前の力を借りる事になるだろう。その時のために、今は休んでいてほしい」

「分かりました」


 私は会議が始まる部屋を出て、自分の部屋へと戻った。今は部屋のソファに座りながら、対ドラゴンを想定した装備を考えていた所だった。



 対ドラゴンとなると、威力は必要になる。ビーム兵器を対ドラゴン用にするとなると、下手な威力じゃ意味がない。ビーム『ライフル』じゃダメだ。もっと上の、『ビームランチャー』や『ビームバズーカ』。もしかするとそれ以上の威力が必要になる。


 でも、そうなると威力の高さに比例して膨大なエネルギーが必要になる。そうなると、普段胴体部に内蔵している超小型ジェネレーターじゃエネルギーを賄いきれない。ジェネレーターは外付け?バックパック式にして背中か何かに背負う方法が良いかな?


 それにエネルギー出力が高いなら高出力ビームに耐えられる発射装置を作らないと。そうなると発射装置も自然と大型になる。大きすぎると手で持って操作するのは難しい。背中に取り付けて、ジェネレーターと直結させる?そうなると、さしずめ『ハイパービームキャノン』って所かな?


 あとは発射の反動に耐えられるように、カウンターウェイトとして各部の装甲を強化するとして。あぁでも、そうなると機動性は劣悪な物になるなぁ。威力重視の大型ビームキャノン。そのエネルギーを賄う大型バックパック式ジェネレーター。発射の反動を軽減する意味での重装甲。 こうなるともう、パワードスーツじゃなくて移動砲台か固定砲台になっちゃうよ。 かといって、あんな大きなドラゴンと接近戦なんて……。


「ッ」

 あの戦いで、強烈な尻尾の一撃を食らった時の事を思い出してしまい、背筋が震えた。


 あのドラゴンとの接近戦は、出来れば避けたいなぁ。でもそうなると、ロングレンジからの一方的な攻撃が望ましい。そうなるとやっぱり今考えてるハイパービームキャノンのような兵器か、或いはミサイルを使って攻撃した方がベストなんだよなぁ。 


 やっぱり固定砲台みたいになる事を覚悟の上で、ハイパービームキャノンの考えをベースに対ドラゴン用パワードスーツを作るしかない、かなぁ。


 そう、考えていた時だった。

「ミコトさん?」

 ドアがノックされ王女様の声がドア越しに聞こえてくる。あれ?会議終わったのかな?

「はいっ、どうぞ~」

「失礼します」

 私が促すと、王女様とリオンさんが入って来たんだけど、なんか二人とも表情暗くない?


「だ、大丈夫ですか?なんかお二人とも顔色がよくないと言うか……」

「ミコトさん」

 王女様の言葉が私の言葉を遮った。


「は、はいっ」

「今後の事で、大事なお話があります。先ほど、会議で今後の方針が決定しました」

「ッ!方針が決まったって事はまさか、ドラゴンと戦うんですかっ!?」

「……いいえ」

「えっ?違うんですか?」

 ドラゴンと戦わないって事?どういうことなんだろう?どう考えてもあのドラゴンを放置するのは危険だと思うだけど?


「私たちの決定は、こうです」

 何か倒す以外に方法はあるのだろうか?と考えながら王女様の話に耳を傾けていたけど……。


「我々は、このティナムの街を、『放棄』します」

「……えっ?」


 心苦しそうに表情を歪ませる王女様の口から語られたのは、予想外の言葉だった。その言葉に私は数秒、呆ける事しか出来なかった。


     第16話 END

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