第2話 初戦闘

 世界を動かす神様のシステム。そのバグ、エラーのせいで命を落としたJKこと、私、鋼塚尊。そんな私は女神様から特別な力、いわゆるチート能力を貰って異世界へと転移する事になった。そして転移した先は森と草原の境界線。女神様から貰った地図や手紙でいろいろと情報を仕入れた私は、町を目指して草原を突っ切っていこうとしたんだけど。その道中でワイバーンに襲われる馬車を見つけちゃったんだっ!




 唸りを上げるローラーダッシュで地面の上を滑走しながら、ヘルメットのカメラアイを調整し馬車の方へと視線を向け、更にカメラをズームし状況を確認。更にメットの収音機能もオンにして音を拾うっ!



 まず、耳に飛び込んできたのは爆音だった。ダイナマイトでも爆発したんじゃないか?と思ってしまう爆音に私は一瞬顔をしかめたっ。 見ると、ワイバーンの放った火炎弾が落ちたんだっ。


『ヒィィィィィンっ!』

「うわぁっ!?」

 更に直後、収音機能が拾ったのは馬の悲鳴と男性の叫び声だった。どうやら命中したのは、馬車ではなく馬の至近距離の地面だったみたい。でもその衝撃で馬が横転し、繋がっていた馬車までもが横転。御者の男性らしき人が投げ出されるのが見えたっ。


「姫っ!クソっ!総員馬車の周囲を固めろっ!命に代えても姫様を守れぇっ!」

 直後、マイクがワイバーンの鳴き声に交じって響く、騎士らしき甲冑姿の騎兵の声を拾った。え?でもこれ、声が女性だったような。女性の騎士?


『『『『ギュォォォォォォンッ!!』』』』

と、そこに響くワイバーンの雄たけびっ!今はそんなこと考えてる場合じゃないかっ!


 砂埃が上がるほどのトップスピードで駆けるっ!戦闘は、初めてだけどやるしかないっ!スプラッター映画とか滅茶苦茶苦手だし、何なら血を見るだけで気持ち悪くなった時あるけど、今はっ!


 スーツの下で震える手をギュッと握りしめ、俯きつつあった視線を上げた。その時。

「えっ!?」

 思わず声が出た。 だって、横転した馬車の中から出てきた人影があったからだ。騎士らしき人が手を貸し、馬車の中から出てきた人影は一人。 でも1番の問題は、その人の恰好だった。 少し汚れているけれど、それでも美しさを保つ純白のドレス。その恰好は、まさしく『お姫様』と呼べる物だった。


 もしかしなくても、本物のお姫様? そう私が呆けていた時。


「ッ!リオンッ!姫様っ!」

 ワイバーンと戦っていた別の男性騎士の声が聞こえてきたっ。見ると、馬車の傍にいる2人の傍にワイバーンが1匹、着陸したっ!

「ッ!姫様っ!私の後ろにっ!」

 咄嗟に女性騎士がお姫様を後ろにして庇うが、他の騎士たちは3匹を相手にしていて助けに行けそうにないっ!


『グルルルッ!』

 そしてワイバーンも、今まさに二人に襲い掛からんばかりに唸りを上げているっ!不味いっ!このままじゃっ! 


 そう、思ったその時。


「お願い」

 

 マイクが拾ったのは、今にも消えそうな、戦いの音にかき消されそうな、か細い声だった。その声の主は、あの女の子、お姫様だ。 弱弱しい彼女の声が、私の耳に響く。


「誰か、誰か、皆を助けて」


 ッ!! その声を聴いた瞬間、私の中で何かが弾けた。そして、弾けた物が、より強く私を動かした。 ただ、恐怖よりも、緊張よりも先に、体が動くっ! 今、彼女の命は風前の灯だっ! ほんの数刻前の私のように、今まさに理不尽な力に、理不尽な出来事に命を奪われようとしているっ! そんな、そんなこと、させないっ!


 滑走しながら腰部のビームピストルを握り構える。ポップアップが立ち上がり、≪射撃支援システム起動≫の文字が浮かぶ。


 ビームピストルを構えると、HUDにFPSゲームのようなクロスヘア、照準が現れる。これで正確な狙撃が出来るっ!加えてビームピストルは、その名の通りビームによる射撃を行うっ!実弾とは違って重力や風の影響による弾道落下はないっ!そう、こいつならっ!


「当たれぇっ!」

 この距離でもあたるっ!


 雄たけびに似た叫び声を響かせながらワイバーンのデカい胴体に狙いを定め、引き金を引いた。


 発砲、と共に放たれる桃色のビーム。ビームは、空間を切り裂くように真っすぐワイバーンへと向かっていく。


 そして発砲とほぼ同時に着弾。弾速が実弾と段違いなのもビーム兵器のメリットの一つだからねっ!


『ギュルアァァァァァァッ!?!?!』

 直後、腹部をビームに貫かれたワイバーンが苦悶の悲鳴を漏らし、1歩、2歩と後ずさる。命中した傷口から白煙が上がっている事からも、その威力がうかがえるっ!よしっ!こいつなら、ビームピストルならワイバーン相手にも通じるっ!


『ギュギャァッ!』

 すると同類の悲鳴に反応したのか、残りのワイバーンが攻撃の源、つまり私の方へと視線を向けてきたっ!


「なっ!?なんだっ!?」

「後方より何かが高速で接近してきますっ!?あれは、ゴーレム……っ!?」

 続けて、私の存在に気づいたのか、騎士たちの戸惑う声をマイクが拾う。彼らからしたら、パワードスーツなんて未知の塊でしょうね。でもっ!今は説明したり構ってる暇は、無しっ!


「すぅっ」

 私は思念操作でスピーカーをONにしながら大きく息を吸い込んだ。

「そこの二人ぃっ!今すぐ伏せてぇっ!」

「ッ!姫様っ!無礼をお許しくださいっ!」

「きゃっ!」


 私の大音量の叫びが響くと、傍にいた騎士がお姫様の上に覆いかぶさるようにしてその体を庇ったっ!よぉしっ!!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 ローラーダッシュを限界まで動かし、最大スピードまで加速する。ビームピストルを腰部マウントラッチに戻し、腕をクロスさせ、そのまま勢いに乗ってっ!ワイバーンに突っ込むっ!!


 直後、車と車がトップスピードで激突したかのような、盛大な音を響かせながら私はワイバーンに体当たりしたっ!痛っ、くはないけど衝撃で視界が揺れるぅっ!

「うっ!」

 体当たりでワイバーンを吹き飛ばす事は出来たけど、私もその場に前のめりに倒れこんでしまったっ。まだっ!すぐに立ち上がって動かないとっ!まだ戦いは終わってないっ!


 何とか体をすぐさま起こすっ。見るとタックルを食らったワイバーンも震える体を起こす所だったっ!でも、こっちの方が早いっ! このスーツには、まだ武装があるのだからっ! 思念操作で武装の起動コマンドを送信する。


≪腕部マシンガン展開≫

ポップアップが立ち上がった直後、前腕部にあった丸みを帯びた装甲が後方へスライド。中から黒く光り輝く2門の銃身が現れる。 これで、合計4門。腕を正面に向け、HUDのクロスヘアで狙いを定める。 二つの照準が立ち上がったワイバーンの上で重なるっ!今だっ!


「食らえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 思念操作でマシンガンの引き金を引くと4門の銃口から銃弾の雨が放たれる。幾百もの銃弾が、ワイバーンへと向かって行き襲い掛かったっ。 そして銃弾の雨は、ワイバーンに命中すると次々とその肉体を貫き、抉っていく。よしっ!効いてるっ!

『グギャァァァァッ!!』

 悲鳴を上げるワイバーンだが、それもマシンガンから漏れる大音量の銃声がかき消す。 


 数秒に及ぶ掃射を終え、様子を見るために一旦撃ち止める。やった、かな?合計で100発近くはぶち込んだし、鱗に弾が弾かれてる様子は無かったけど。 


でも私の不安はすぐさま消えた。なぜならその直後、ワイバーンはあちこちから血を流しつつ、その場に倒れ伏した。


 『よしっ!』と私は心の中でガッツポーズをした。

「やったぁっ!見たか私のパワードスーツのちかっ」

「バカ者後ろだっ!!来るぞっ!」

「え?」

 ワイバーンを1匹撃破し、喜びで周囲が見えなくなっていた私の耳に届いた女騎士さんの言葉。そして、後ろと言われた私は『何?』と考えながら振り返った。 


『ギュアァァァァァァァッ!』

 その時にはもう、数メートルの距離にまで近づいていた1匹のワイバーンッ!?『まずっ!?』と思って腕をクロスさせたけど、踏ん張る事は出来なかった。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 次の瞬間、体に襲い掛かる衝撃っ。諸にワイバーンの体当たりを食らってしまった私は吹き飛ばされたっ!戦いも格闘技も素人の私には、受け身なんて取れなかった。一瞬の浮遊感の直後。


 最初の攻撃で倒れていた馬車に、思いっきり頭から音を立てて突っ込む形になっちゃったっ!うぅ、パワードスーツのおかげで痛くはないけど、衝撃のせいで視界が揺れて、ちょっと、気持ち悪いっ。 


「お、おいっ!大丈夫かっ!」

「ま、まさかっ……!」

 傍にいた女騎士さんとお姫様の言葉が聞こえる。それに交じって、ワイバーンの勝ち誇ったような咆哮や他の騎士たちの怒声もだ。 こな、くそぉっ!


「うりゃぁぁぁぁっ!まだ死んでないぞ私はぁっ!」

 バキバキとぶつかった衝撃で伸し掛かっていた馬車の瓦礫を砕き退かしながら、私は立ち上がるっ。


「ッ!ワイバーンの突進を受けても、無傷だとっ!?」

 視界の端でウィンドウが立ち上がり、驚いた様子でパワードスーツ姿の私を見つめる騎士のお姉さんとお姫様の顔が映し出される。 けどっ、そんなことに意識を取られてる場合じゃないっ!


『ギュアァァァァァァッ!!』

「こんのぉっ!トカゲがぁっ!!」


 初めての殺し合い。初めての戦い。初めての射撃戦。全てが初めてな戦場にあって、鼓動が早くなっているのが分かるっ。恐怖も、戸惑いも湧いてこない。 戦場のストレスで、アドレナリンがバカみたいに分泌されてるんじゃないかっ?って思っちゃう。


 でも、そんなことは今、どうでも良いっ!

『後ろと周囲に人はいないっ!』

「食らえぇっ!」


 精度を上げるために左手で右手の肘周りをつかんで抑え、右腕のマシンガンを放つっ。放たれた弾丸が真っすぐワイバーンに向かって行くけど……。

『ギギャァッ!』

 ワイバーンは咄嗟に翼を広げて飛び上がるっ!初弾を避けられたっ!?このっ!

「逃がすかぁっ!!」

 逃げるワイバーンを追いかけるように腕を向ける。放たれた銃弾が空に線を描くようにしながらワイバーンの後を追うように空を切る。


 でも、飛び上がった直後だから速度が出てないっ!

『ギィギャァァァァァっ!?!?』

 そして数発が命中したのか、空中でワイバーンから赤い鮮血が飛び散るっ!2匹目は空中で悲鳴を上げ、もがきながらも音を立てて地に落ちるっ!

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 堕ちた所に銃弾で砂煙が立ち上るほど、弾をぶち込むっ!


 数秒、撃ちまくっていたマシンガンを止めて様子を見る。砂煙のせいで2匹目の様子は分からなかった。でも風が吹いて、砂煙が晴れると、そこにあったのは引き裂かれた雑巾みたいにボロボロになったワイバーンだったっ!


「っしっ!!」

 2匹目撃破に、私は興奮し、しかしまた視野が狭くなっていた。

「まだだっ!左だっ!」

『ギュアァァァァァっ!!!』


「っ!!!?」

 護衛らしい騎士の人の叫び。しかしそれをかき消す程の咆哮がすぐそばから聞こえてきたっ!? 声がした方に首を動かし視線を巡らせるけど、その時既に眼前に迫っていた。


大口を開けて、こちらに突進してくるワイバーンがっ。

「なっ!?」

 驚きで対応も反撃も防御も出来なかった。


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 ワイバーンの大きな口が私を銜えたっ!?すぐさま衝撃が襲い掛かり、視界が揺れるっ!金属と歯が擦れるような、嫌な音が耳に届き背筋が凍るっ。ワイバーンは嚙みついた私を持ち上げ振り回しているっ!こ、怖いっ!わ、私、食べられっ!?


 恐怖が頭の中を満たす。でも、何とか気づけた。ワイバーンの歯は、パワードスーツの防御を突破出来てないっ! 今も私を噛み砕こうと、装甲と歯で火花を散らす程度だっ!


≪危険っ!速やかに現状からの離脱を提案しますっ!≫

 更にポップアップが機械らしい言葉で『早く逃げろ』と促してくるっ!そんなのっ!


「言われなくてもぉっ!!」


 武装展開っ!右大腿部スロット解放っ! 思考操作に応じて腿に装備されているスロットが解放され、中から現れるナイフの柄っ!それを強く握りしめ、引き抜くっ!!


 直後、引き抜くという動作をトリガーとして、ナイフの刃の部分が赤熱化する。これは、私がとあるロボットアニメシリーズから着想を得た武装、『ヒートナイフ』だっ!!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 振り上げたヒートナイフを、ワイバーンの口元辺りに突き立てた。肉を裂く音が響いた直後、今度は肉の焼ける音と共にワイバーンが悲鳴を上げ、銜えていた私を、首を振って投げ捨てたっ。


「くっ!?」

 ゴロゴロと地面の上を転がって、若干めまいを覚える頭に片手を当てながらも何とか立ち上がる。 頭を振り、2~3回、ヘルメットの側頭部を叩いてとにかくめまいを何とかし、前を向く。

 見ると、ワイバーンは突き刺さったままのヒートナイフをどうにかしようと藻掻いていたが、手を持たないワイバーンでは深々と突き刺さったヒートナイフをどうする事も出来ないようだったっ! これはチャンスッ! 


「さっきはよくもっ!やってくれたよねぇっ!」

 食われかけた恐怖は、危機を脱したという安心感を経て、怒りへと変わる。腰部からビームピストルを抜き、狙いを定める。クロスヘアがワイバーンと重なるっ。


 即座に引き金を引き、放たれたビームが次々とワイバーンの体を射抜いていくっ!けどまだ生きてるっ! だから更に引き金を引き続けていた。けど……。


≪ビームピストル、オーバーロードッ!強制冷却を開始しますっ!≫


 連射を続けていたせいか、ビームピストルの銃身から真っ白な湯気が上がっていた。同時にヘルメット内部でアラートが鳴り響き、ポップアップが立ち上がる。


ピストルのトリガーもロックされて引けなくなったっ。いくら力を込めても、ロックされた引き金は動かないっ。

 視線をピストルから前に向けると、3匹目はあちこちをビームで焼かれた姿で、息絶えていた。 よしっ、これで3匹目。と言う所でようやく私は冷静になった。 って、そうだ!もう一匹いたはずっ! すぐさま周囲を見回すっ。そして見つけたけど……。


『ギギャァァァァッ!!』

 既にワイバーンは空へと羽ばたき、さっき私が居た森の方角へ向けて逃げていく所だった。


「逃げて、った?」

 私には逃げたのか、距離を取ったのかが分からず、しばし右腕のマシンガンで4匹目のワイバーンを狙い続けていた。 でもワイバーンはこちらに振り返ったり旋回する様子も見せず、ただ森の方へと飛んで行った。


≪目標、有効射程を離脱。まもなくレーダー範囲からも外れます≫

 しばらくして、ポップアップが立ち上がりその文章を読むと、私は構えていたマシンガンを下げ、更に展開していたカバーも元に戻し、銃身をしまう。


「ふぅっ」

 とりあえずワイバーンは逃げたし、戦闘は終わり、かな? あぁでも、なんか終わったって思うと急に疲れがドッと出てきたって感じ。それに心臓がバクバクうるさい事や、冷や汗びっしょりで背中とか気持ち悪い事にも、今更気づいた。 今更ながら、自分が『命のやり取り』をしていたんだ、と実感する。


「それでも、生き延びたんだ」

 いろいろ危ない所とかあったけど、それでも生き残っただけ結果オーライ、なのかなぁ。などと考えていた時だった。


「ん?」

 不意に聞こえた、剣を構えるような音。レーダーを見ると、いつの間にか四方を囲まれ、周囲を見回せばワイバーンと戦っていた騎士さん達が私を包囲して私に剣を向けるっ!?それにみんな、険しい表情で私を睨みつけているっ!そこには、感謝とかそう言った感じの感情は一切見えなかった。『警戒心』とか、『畏怖』、『恐れ』。それらが混じったような、鋭い視線が私に突き刺さっていた。


「えっ!?えっ!?」

 な、何でっ!?助けてあげたのにっ!? 訳が分からず、私は咄嗟に両手を上げ、バンザイ。つまり降参のサインなんだけど……。


「ッ!?動くなっ!」

 騎士さんの一人が一瞬驚いたかと思うと、声を荒らげたっ。う、うぅ。これ、状況的に私を敵か何かと思ってるのかな~? そりゃこの世界にパワードスーツなんて無いんだろうけどさ~~。けど、そんなのあり~?


「貴様っ、何度か人の言葉を話していた事から見て、人間だな?」

「は、はいっ」

 すると騎士の一人が私に問いかけてきた。嘘をつく意味なんて無いから素直に頷く。


「ではその珍妙な鎧はなんだ?」

「え?え~~っと」

 パワードスーツの事、聞かれたは良いけどなんて答えれば良いんだろう。こっちの人に英語とかカタカナ言葉って通じるのかな~?まぁ実際やってみるしかないんだろうけど。


「え~っとですね。この鎧はパワードスーツと言いまして」

「ぱわーどすーつ?」

「はい。これは纏っている人の力とか、いろいろな物を強化する鎧、って言えば良いですかね?」

「……成程。その鎧の概要は分かった」

 あっ、良かった理解してくれたんだ。 と、私が思ってほっと息をついた直後。


「ならば今すぐ、その鎧から出て素顔を見せろ」

「えっ?い、今、ですか?」

「そうだっ!」


 うぅ、男の騎士の人、凄い剣幕で私に向かって怒鳴ってくるよぉ。っていうか、周囲の人たちも剣を構えているし、この状態でスーツの装着解除なんてして、直後にこう、『グサッ』ってやられないよねぇ? ちょっと、いやかなり不安なんだけど……。


「どうしたっ!?早くしないかっ!」

「え、え~っと」

 いや、流石にこの状況じゃ無理だってっ! 私、ついさっき死んだんだよっ!?転生して数時間で死ぬなんて冗談じゃないわっ! か、かといってどうするべきかな?私は頭の中に選択肢を浮かべていく。


その1。『戦う』。いやいや、相手はどっかの国の騎士とお姫様だし。下手したら国家への反逆者になっちゃうってっ!無し無しっ!


じゃあその2。『逃げる』。まぁ一番穏便な所かもしれないけど、下手に逃げるとなぁ。怪しい奴って事で指名手配とかされそうだし。そうなると町中で堂々と動けなくなるよねぇ。これはまぁ保留で。


次、その3。『説得する』。……いや出来る雰囲気じゃないわ。だってみんな表情が険しいもんっ。女性騎士らしい人はヘルメットをしてるから分からないけど、男性騎士さん達の方は皆、警戒心が強いって言うか、ちょっと殺気立ってるんだよねぇ。 この状況じゃ説得は無理でしょぉ~。


 うぅ、どうしよ~~。 と、内心迷っていたその時だった。

「皆、剣を下ろしなさい」

 

 不意に響いたそれは、凛とした声だった。その声につられ、私は声のする方へと自然と目を向けた。 そこに立っていたのは、先ほどのお姫様だった。彼女は凛とした佇まいで騎士の人たちを見回し、手で剣を下げるように、とジェスチャーをしている。


「し、しかし姫様っ!この者は素性もよくわかりませんっ!そのような状況ではっ!」

「だからといってこちらが剣を構え、戦闘態勢のままではこの方も警戒し、まともなお話ができないでしょう?それにこの方に戦う意思があるのなら既に私達と戦っているはずです。違いますか?」

「うっ」


 騎士の人はお姫様の言葉に呻き、やがて他の騎士に目配せをした。すると他の騎士さん達も、渋々と言った様子で剣を鞘に納めた。 と、とりあえず降参って事で上げてた手は降ろしても大丈夫、かな? っていうかお姫様ってもっとこう、守られる立場ってイメージがあったけど、このお姫様はなんか違う。 『指導者』とか、『リーダー』っていう言葉が似合いそうな雰囲気を私は感じていた。 


 そんなことを考えつつ、周囲を気にしながらもゆっくりと手を下ろす。すると、お姫様が私の数歩前までやってくるっ。お、おぉ。すごいっ、本物のお姫様だっ! ドラマでも、アニメでもないっ!リアルプリンセスっ! うわぁ、顔立ちなんかも女優顔負けっ。流れるような金色の髪と、海の深い青色を映しこんだかのような碧眼も相まって、美少女という言葉はこの子のためにあるんじゃないか?って思うくらいの整った顔立ちのお姫様が、今私の前にいるっ!


 うぅ、な、なんかドキドキしてきたっ。これって緊張のせい?それとも、あぁいやいやっ!私に『そっちの気(同性愛)』はないっ!うんっ!


「改めまして」

 っと、お姫様が話しかけてきたっ!ここは集中集中っ!


「私の名は『マリーショア・ヴィオレ・リルクート』。現リルクート王国国王、『シモンズ・ヴィア・リルクート』の娘です」

「えっ!?えぇぇぇぇぇっ!?」

 ま、まさかの本物っ!?いや服装とかからそうなのかなぁ?とは思ってたけどさっ!実物のお姫様を前にしたんだもんっ!そりゃ驚くってっ!見た目的に、たぶん私とそんなに歳変わらないみたいだけど、でも本物のお姫様っ!?


「この度は私と、配下の騎士たちを助けていただき、誠にありがとうございます」

「あ、え、いやその、ど、どういたし、まして?」

 本物のお姫様とこうして向かい合っているという緊張と興奮から言葉がしどろもどろになっちゃう。が……。


「おいっ、貴様っ」

 そこに私に、苛立ちを隠さない声色で先ほどの女性騎士さんが声をかけてきた。

「異国からの旅人であれば姫様を知らないのも無理はないだろうが、仮にも一国の王女を前にしているのだっ!最低限兜をとって素顔をさらし、膝をつくのが礼儀であろうっ!」

「え、えぇっと」

 これはあれかな?この人の言う通り、スーツを脱いで膝をついたりした方が良いのかな?幸い、もう騎士さんたちは剣を構えてないし、大丈夫、だよね?

「お止めなさいリオン。仮にも命の恩人ですよ」

「しかし姫様っ!」

「あぁま、待ってくださいっ!今、今取りますからっ!ちょっと待ってくださいっ!」


 平行線をたどる二人のやり取り。ここはどちらかが折れるしかないか、私が騎士のお姉さんの言葉を実行するしかない。だから私は後者を選んだ。 え~っと確か、装着解除は音声コマンドで……。


「≪スーツリターン≫」


 私が特定のコマンドを声で発すると、直後に全身を覆っていたスーツが瞬く間に流体となり、装着時とは逆に、胸元のネックレスに収束しガラス玉となった。


「よしっ、と」

 ちゃんとスーツも解除できて、体のどこかに残りがないかを確認し、改めてお姫様、女騎士さんの二人と向かい合う。


「「………」」

 って、あれ?な、なんか二人とも絶句してる?二人とも、驚いたような表情のまま固まっちゃってる。周囲を見回しても、ほかの騎士さんたちも同様に固まってた。


「あ、あの~~」

「っ、あ、あぁっ!なんだっ!」

 

 私が声をかけると、ハッとした表情を浮かべた直後、お姉さん騎士、確かリオンって呼ばれてた人が我に返ったみたい。少し驚いた様子ながらも私の声に答えた。


「これで、いいですか?」

「あ、あぁ。とりあえず、そうだな。まぁ、良いだろう」

 お姉さんはまだ少し驚きが抜けきらない様子で、少ししどろもどろになっていた。


「んんっ!」

 そしてお姉さんは気持ちを切り替えるためか、大きく咳払いをしてから改めて私と向き合う。


「改めて、礼儀に関して言いたいことは多々あるが、姫様の言う通り貴殿の助力がなければ、今頃私たちはワイバーンに敗れていただろう。そのことに関して、礼を言いたい。救援、大変感謝している。ありがとう」

 お姉さん騎士はそういうと静かに頭を下げた。他の騎士さん達もそれに倣って私に頭を下げてるけど、うぅ。なんかこういうの慣れないなぁ。 自分より年上でしかも偉いかもしれない相手に頭を下げられるのって、嬉しい以前に困惑するなぁ。


「え、えと、あ、頭を上げてくださいっ。私が通りかかったのも偶然ですしっ、何より、一国の王女様を救えたのなら、ホントっ、運がよかったってことでっ!」

「……そう言ってもらえると、ありがたい」

 お姉さんはどこか悔しそうにつぶやくと頭を上げた。他の騎士さん達もそれに倣う。


「所で、念のため名前を聞いておいても良いか?」

「え?あ、あぁはいっ」


 そういえば名乗ってないや、とか考えながらとりあえず身だしなみを整え、お姉さんやお姫様と向き合う。


「私は鋼塚 尊といいます。鋼塚、っていうのは苗字なんですけど、言いにくいようでしたら普通に尊って呼んでいただいて結構ですので」


「わかりました。では、改めてミコトさん。この度の救援、誠にありがとうございます」

「い、いえっ!繰り返しになっちゃいますけど、ホントっ、間に合って、よかったです」


 本物のお姫様を前にしているからか、やっぱりどうしても緊張してしまう。彼女の所作の一つ一つが、何ていうか優雅とか、高貴という言葉が似合いそうな物なのもあるのかもしれない。 ホント、前世の一般家庭、ファンタジー世界風に言えば平民の自分と目の前のお姫様の生まれの違いを実感してしまう。 私の前世でいうのなら、一般人が天皇陛下とか総理大臣を前にしてるようなものだよね、これ。


「そうですね。ミコトさんの救援がなければどうなっていた事か。考えるだけでも、背筋が凍る思いです」

「あっ」

 その時私は、彼女の手がかすかに震え、表情もどこか青いことに気づいた。きっと、そのもしもを考えて、恐怖に震えてる、ってことなんだろうなぁ。


 そうだよね。死にかけてた、ようなものなんだもん。そりゃ誰だって怖いよ。死にたくないって思うよ。 ほんの数時間前まで、私もそうだったんだもん。 今のお姫様の気持ちは、痛いほど分かる。


 そう思うと、なんでかな。『このまま見捨ててはおけない』って思いが、こみ上げてきた。 幸いというべきか、今の私には力がある。近未来の鎧、自由自在の科学の力、SF世界の存在、パワードスーツっていう力が。 だから……。


「あのっ」

「っ、はい。なんでしょう?」

 声をかけると、お姫様は一瞬だけ息をのみ、すぐに平静を装った。恐怖を他人に見せないため、かな? でも今はそんなことはどうでもいい。


「つかぬ事をお聞きしますが、えと、マリーショア王女は、この先の町に向かっておられた、ということでよろしいですか?」

 慣れない敬語。『言葉遣いこれであってる?』、なんて不安になりながら私は必至に敬語でしゃべろうと努めた。


「えぇ。その通りです。この先の町、『ティナム』へ公務で向かっている最中でした」

「そうだったんですね。でも、それなら私も目的地は同じです。だからどうでしょう?町までの警護に私を加えてはくれませんか?」

「え?」


 私の言葉がよっぽど予想外だったのかな?お姫様は今までとは打って変わって、一瞬だけ、年相応の、女の子らしい声で疑問符を漏らす王女様。


「本気で言っているのか貴様っ」

 しかし私の言葉に答えたのは王女様ではなく、騎士のお姉さんだった。 その声には若干、怒りと警戒の色が感じられた。まぁ、どこの馬の骨とも知らない女をそうそうお姫様の護衛に加える、ってのはできないよねぇ。普通に考えたら怪しさプンプンだし。


「はい。まぁ、皆さんが私のことを信じられないのはわかってます。出会って数分がせいぜいですし。でも、少なくとも私がいれば、ワイバーン程度だったら退けることができます。今後、町につくまでまた襲撃されないとも限らないですし」

「うっ、そ、それは、確かにそうだが……。しかし王族の警護チームに部外者を加えるなどっ!」


 お姉さんはどこか、迷っているようだった。まぁ護衛としては見ず知らずの私を加えるのは避けたい。 でも私の強さは直に目にしてるし、今後また襲撃がないってのも言い切れない。 そこで板挟みになってるって感じかなぁ。 とか考えながらお姉さんの返事を待っていると……。


「分かりました。ならば町までの警護をお願いします」

「っ!?姫様っ!」

「リオン。あなたの言いたいことは分かります。ですが、皆すでに消耗している上に、このあたりの魔物が増加傾向にあるのは、あなたも分かっているはずです。そして、再びワイバーンクラスの魔物に襲撃されれば、私たちは……」

「うっ、くっ」

 お姉さん騎士は、悔しそうに表情をゆがめ、鎧が僅かに震えている。 にしても魔物の増加って? もしかしてこの辺りって結構危ないの?


「ミコト様」

「ふぇっ!?はいっ!」

 考えていたところに突然、様付けで呼ばれた私は驚き、素っ頓狂な返事を返しちゃったっ。


「護衛の件、どうかよろしくお願いします。私たちを、その鋼の鎧で、どうかお守りください」

「ッ!?」

 彼女は、そういって私に頭を下げた。仮にも一国の王女が、だよ?相手はどこの誰かもよくわからない私を相手に。 現にお姉さん騎士や他の騎士さん達だって驚いていた。


「姫様っ!何もそのようなっ!」

「………」

 慌てた様子で声を荒らげるお姉さん騎士。でもお姫様は無言で頭を下げたまま、私の答えを待っている。 


 私は、視線をお姫様から自分の胸元で輝くコアに向ける。 この力があれば、私は誰かを守れる。自分だけじゃない。誰かを。 そして、目の前には困ってる人がいて、私の力を必要としている。 


「よしっ」

 一国の王女様に頼まれたんだもんっ!ここで断ったら女が廃るってものでしょっ!それに、言い出したのは私だしねっ!


「分かりましたっ。必ず町まで、私が皆さんを護衛しますっ。だからどうか、頭を上げてくださいっ」

「ありがとうございます、ミコト様」


 私の言葉に、お姫様は頭を上げ謝礼の言葉を口にした。 そしてその表情は、安堵しているように小さく微笑んでいた。



 こうして、私は異世界転移から1日と経たないまま厄介ごとに首を突っ込んだ。


 けれど、後悔はない。この力で誰かを助けられるのなら、誰かを守れるのなら。私はそれで構わない。 だって、私自身が『そうしたい』と思ったのだから。


 

     第2話 END

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