第3話 話し合い

 転生して1日と経たず、私はトラブルに巻き込まれる形になってしまった。ワイバーンの群れに襲われていた一国のお姫様であるマリーショア王女とその護衛の騎士たち。初陣でいろいろ反省するべきところはあったけど、無事に彼女達を助けることができた。そして私はお姫様たちと話し合い、この先の町まで彼女達を護衛することにしたのだった。


 


 草原の上をかける複数の騎馬兵。その後ろを、さっきと同じ仕様のパワードスーツをまとった私がローラーダッシュで追いかける。


 あのお姉さん騎士の馬の上にはお姫様が。別の騎士の馬には馬車の御者だった人が乗ってる。幸い御者の人は無事だったけど、馬車の方は馬も車の部分もダメだった。 息を引き取っていた馬と馬車の残骸、ワイバーンの死骸は、どうすることもできずにとりあえず私のパワードスーツで道の脇に退けた。 ……まぁこの時、まともにワイバーンの死骸とか見ちゃって、1回盛大に吐いちゃったんだけど。 騎士の人にお水貰って口の中濯いだんだけど、まだ口の中が少し酸っぱい。  


まぁ、普通の女の子なら、これが普通の反応だよね?それなのに……。私はチラリと、前を走る馬の上、騎士のお姉さんの後ろに座るマリーショア王女に目を向けた。


 彼女はただ、真っすぐ前を見つめながら何かを考えこんでいるようだった。それに、さっき私が盛大に吐いた時だって、彼女はほとんど顔色を変えなかった。少し、驚いたようには見えたけどそれも一瞬。 私に苦笑いをするでもなく、『大丈夫ですか?』と、例文のような言葉で声をかけてくれるくらいだった。


 その姿は、私の知ってる『女の子』のそれと、全然違う。あれが、王族の姿なのかな? 私は彼女の背中を見つめながらも、ただ、そんなことを考えていたのだった。



~~~それから小一時間後~~~

「見えてきたぞっ!ティナムの町だっ!」

「っ」


 後ろを警戒しながら走っていると、騎士の人の声が聞こえた。反射的に視線を前に向けると、カメラが遠方に見える防壁に囲まれた町の姿を捉えた。 周囲をぐるりと防壁で囲まれたティナムの町が、草原の上にポツンと一つ佇んでいた。


「あれが、ティナムの町」

 カメラ越しに見える、その町を見つめながらポツリとつぶやく。

「……いよいよですね」

「え?」

 その時、スーツの収音機構が捉えたそれは、マリーショア王女の消えそうな程にか細い声だった。反射的に声がしたお姫様の方に目を向けると、彼女はどこか、『これからが本番です』というような、何か決心をしたような表情を浮かべていた。なぜそんな表情を浮かべているのか、私には詳しくは分からなかった。


 公務、と言っていたし仕事で来ているのは間違いのかもしれない。でも、今の彼女の表情はどこか、『無理をしている』ように私には見えた。 そのことを聞きたい気持ちはあった。『無理をしているのなら休ませてあげるべきじゃないか?』とも思った。 でも、私は彼女の家来でも護衛でもない。 私が何かを提案したところで、お姫様が聞くとは思えなかったし、何より騎士の人たちが私に提案とか、提言なんてさせないかもしれない。


 でも……。

『大丈夫、なのかな?』

 無理をしているのに、それでも歯を食いしばっているような、必死に何かをしようとしているような彼女の姿を見ていると、私はどうしようもない不安感と、彼女を心配する思いが止めどなく脳裏に浮かんでくるのだった。



 それから、20分もしない間に騎馬と私はティナムの町の、防壁の下にある関所みたいな所へたどり着いた。 ただ……。


「な、なんだ貴様はぁっ!」

 私がたどり着くなり、衛兵らしき人たちが声を荒らげながら私の前に集まり、槍を向けてきたっ! またこの展開ですかぁっ!?、と思っていた時。


「槍と剣を下ろしなさいっ!」

「えっ!?あ、あなた様は、マリーショア王女殿下っ!」

「彼女は私達をワイバーンの群れより守り助けてくれた恩人ですっ!もう一度言いますっ!武器を下げなさいっ!」

「は、ははっ!!おいっ!武器を下げろっ!」


 それはまさしく、鶴の一声だった。パワードスーツをまとった私に対して、衛兵の人たちは警戒心や敵意をむき出しにしていた。どうしよう?と思っていると、お姫様が馬に乗ったまま兵士の人たちに呼びかけた。 兵士の人たちの反応からしても、やっぱりこの人は本物のお姫様なんだってことが再確認できる。 そしてマリーショア王女の命令を受けて、私の前で槍や剣を構えていた兵士の人たちは武器を下げ、数歩下がって私から離れた。


 まだ私を訝しんでいるみたいだけど、とりあえずお姫様のおかげでどうにかなったかな~。は~~よかった。って、私ももう良いか。


「≪スーツリターン≫」

 音声コマンドでスーツを解除し、バックパックの支えを失って落ちそうなリュックを後ろに手をまわしてキャッチッ、っと。


「なっ!?」

「なんだあれっ!?」

 って、そんなことしてたら私を警戒していた人たちがザワザワとざわめき出した。あ~~、スーツのまま街中に行くのもあれだし、ってことで装着解除したんだけど、場所選ぶべきだったかな~。 


「ミコトさん」

 なんて考えていると、馬を降りたマリーショア王女が私の傍に寄って来る。

「あっ、はいっ!なんでしょうっ!」

 相手はお姫様で、周囲の目もある。なのですぐに姿勢をビシッと伸ばし、直立不動の態勢を取る。


「この後、何かご予定はありますか?」

「え?予定、ですか?えぇっと、とりあえず冒険者ギルドで『冒険者登録』と、あとは宿でも探そうかなぁって思ってます」

「左様ですか」


 『冒険者』、それが私の考えていた仕事の当てだ。女神様からもらった手紙に書かれていた、冒険者という存在の概要。それは私がよく読んでいたライトノベルの冒険者と大差ない存在だった。


 冒険者とは、ギルドと呼ばれる組織に登録し、ギルドから斡旋された依頼をこなすことでお金を稼ぐ。大まかな所は、ホント私の読んでたラノベの冒険者と大差なかった。だからこそどういう仕事なのかは予想が出来たし、今はチェンジングスーツの力もあるから出来るかも、と考えていた訳。


 ってなことを頭の片隅で考えながらお姫様の様子を伺う。今のお姫様は、少しばかり悩み、何かを考えこんでいるようだった。やがて……。


「ミコトさん。折り入って相談があるのですが、この後お時間はよろしいですか?」

「え?相談って、王女様が、私に?」

「はい」

 自分を指さしながら首をかしげる私に、マリーショア王女はただただ、真剣な表情で真っすぐ私を見つめながら頷いた。


「もし、お時間があるのでしたらこの後私たちに付いて来てください。私たちはこれからこの町を守る騎士団の駐屯地へと向かうのですが、そこでぜひ、ミコトさんとお話ししたいことがあります。如何ですか?」

「えぇっと」

 『急ぐ旅じゃないし、良いですよ』、と答えようとしたんだけど……。

「姫様っ、よろしいのですかっ?」

 お姉さん騎士がお姫様に近づき静かに問いかけた。


「この者は、どこの国の者かも分かりません。このような状況では……」

「あなたの言いたいことは分かります、リオン。しかし、現在の我々に余裕がないのはあなたが一番分かっているでしょう?」

「ッ、それは……」

 お姉さんは一瞬反論しようとしたけど、すぐに悔しそうな表情とともに口をつぐんだ。


「今は、猫の手も借りたいような状況です。贅沢は言っていられません」

「了解、しました」

 お姫様の言葉にお姉さんは悔しさをその表情に浮かべながら、ギュッとこぶしを握り締めている。 改めて思うけど、私ってなんか厄介ごとに首突っ込んじゃった感じ、かな?これは。


「ミコトさん」

「あっ、はいっ」

「如何でしょう?お話だけでも、聞いていただけませんか?」

「え、えと。急ぐ旅でもないですし、とりあえず話を聞くだけなら、たぶん大丈夫かと」

「ありがとうございます。では、さっそくですがこちらへ。騎士団の駐屯地へ向かいます」

「わ、分かりました」


 状況がよく分からないままだけど、私は先を歩くお姫様たちのあとに続いて、町中を進んでいく。


 相談があるのなら話を聞こう、とは思っていたけど、何ていうかお姫様、物事を急いでいる雰囲気があるんだよなぁ。なんか問題を抱えてるような雰囲気だし。

 

 それに、町中を歩いていると分かる。なんていうか、全体的に町の雰囲気が『暗い』。人はいて、生活をしているみたい。でもみんな、気力や元気が無いように見える。俯き、暗い表情でみんなが町を歩く。 途中で通りすがった公園付きの広場には、子供たちは愚か人の姿すらない。


 どうして、この町はこんなにも暗いんだろう? そんな疑問を頂きながら歩いていくと、やがて町の一角にある拠点、お姫様の言っていた騎士団の駐屯地へとたどり着いた。


「ッ、これ、はっ」

 でも、中に入るなり思わず息をのんでしまった。 駐屯地の中、入ってすぐ見える広場には無数のテントが設置されていて、そこに無数の怪我をした兵士らしき人が横になっていたから。 何、これ? 私は驚き、ただ茫然としていることしか出来なかった。 お姫様はなんか、横になっている兵士の人たちの元へと歩み寄り労いの言葉をかけているし。


 まるで大きな戦いの後のような光景から、私は目が離せなかった。どうしてこんなことに?戦争でもあったの? そんな疑問が脳裏をよぎる。 

「皆、魔物との闘いで傷ついたのだ」

「ッ」

 その時、戸惑う私に気づいたのか騎士のお姉さんが私のつぶやきに答えてくれた。


「魔物って、まさかさっきの、ワイバーン、ですか?」


 『魔物』。これについてもさっき読んだ手紙に書かれていた。魔物を一言で説明するのなら、『ファンタジー世界の定番的存在』。あるいは『人類の敵』。


 手紙に書いてあったのは、魔物とは私の世界にあったファンタジーゲームなどに登場する怪物のような存在、それとほぼ同じ、ということだった。手紙には例としてゴブリンやリザードマン、ドラゴンの名前が挙がってたけど。 もしかしてさっき倒したワイバーンにみんなやられたの? そう思って騎士のお姉さんに聞いてみるが、彼女は静かに首を横に振った。


「いや。ワイバーンそのものは強力な部類の魔物だ。だが、それだけではない」

「それだけじゃないって、一体?」

「それに関してはおそらくこれから姫様がご説明なさる。しっかり聞いておくように。さぁ、こっちだ」

「は、はい」


 状況がよくわからないまま、私は騎士のお姉さんや労いの言葉をかけ終わったお姫様とともに、駐屯地の中にあった建物へと案内された。 ここの責任者らしき中年の男性とその副官らしき人たちにお姫様が挨拶を終えた後、私はお姫様が用意させた応接室らしき部屋に案内された。


「さて、では改めて。私からミコトさんにお話しがあります」

「は、はいっ」


 応接室で向かい合うソファにそれぞれ座り、目の前には秘書官らしき女性が置いてくれた暖かいお茶があるけど、とても飲める雰囲気じゃなかった。 お姫様の座るソファの後ろにはあのお姉さん騎士と、もう一人騎士の男性の姿がある。 うぅ、なんか緊張するなぁ。まるで面接に来たみたい。


「先ほど、ミコトさんもご覧になったでしょう。幾人もの傷ついた兵士たちの姿を」

「は、はいっ」

「彼らは、この町を守るために近隣にある森で魔物と戦った結果、傷ついたのです」

「そう、だったんですか」

 あれ、皆魔物との戦いで傷ついたって。でも、騎士団っていう位だから戦うのが仕事でしょ?なのに、あんなにボロボロな人が、たくさんいて……。


「あの、質問、良いですか?」

「なんでしょう?」

「その、騎士団の人たちって、戦うことが仕事、ですよね?」

「正確には仕事の一部ですね。普段の業務には町の警邏なども含まれていますが、それが何か?」

「い、いえっ。えっと、騎士団の人たちって、そういう危ない仕事をしているのに、あんなにボロボロで。そんなに強い魔物が現れてるのかなぁって、気になっちゃってっ」

 緊張し、冷や汗を浮かべながら答えると、お姫様も騎士のお姉さんたちも表情を曇らせた。


「あ、あれ?私何か、不味いこと聞いちゃいました?」

「いいえ。そういうわけではないんです。……ですが、そうですね。折角ですから、ミコトさんには順を追って説明しましょう」

 そう言って、お姫様は一度お茶に口をつけた。あ、今なら良いかも。ってことで私も少しだけお茶を飲む。……うん、普通の紅茶だった。まぁそれは良いとして。


「まず、現在の状況と、現在に至るまでの経緯を説明しましょう」

「お、お願いします」

「はい」

 お姫様は頷き、一呼吸おいてから静かに話し始めた。


「まず、この町、ティナムの北部には広大な森林が広がっています。この森では多様な植物や動物が生息しており、このティナムの町の食糧供給や薬草採取、木材採取の地として有効活用されていました。……しかし近年、森に生息していた魔物の数が突如として増加。更にこれまで存在が確認されていなかった、ワイバーンのような高ランクの魔物まで出没するようになったのです」

「じゃあ、突然森の生態系というか、環境が変化したってことですか?その原因は?」


「残念ながら、魔物の増加現象の原因究明には至っていません。今できることといえば、町への被害を最小限にするために騎士団による間引きを定期的に行うことですが。……先ほどご覧になった通り、これまでとは異なる魔物、以前よりも強い魔物の出現もあり、騎士団もその都度被害を出す結果となっています」

 お姫様は静かに首を振り、現状を憂うような、少し疲れたような表情を浮かべていた。


 さっきの兵士の人たちに、町の疲れ切った人たちの様子。あれを目にしてしまうと、今この町がピンチだって事が、否が応でも分かってしまう。 何とか対処できないのかな?


「あの、差し出がましいようですけど、他の駐屯地から援軍を送るとか、他国に協力を仰ぐとか、そういうのは出来ないんですか?」

「確かに。それが出来ればそうしたいのですが、無理なのです」

 私は思いついたことを口にした。しかしお姫様はそう言って静かに首を横に振った。


「実は、魔物の増加は、我が国だけではなく世界各地で発生しているのです。各国も、自国領の安全確保のために兵を割いているのが現状です。加えて、わが国では魔物の増加地点が複数あり、それらは全部で3か所。内2つが国の要に等しい都市の近くで発生しているため、兵の殆どはその2か所に分散、配置されているのが現状です」

「じゃあつまり、ここには援軍を送る余裕も、他の国に助けを頼むこともできない、って事ですか?」

「……お恥ずかしい話ですが、その通りです」


 お姫様は小さく目を伏せ、後ろの騎士の人たちも悔しそうに表情を歪めている。

「そして、その現状をお話しした上でミコトさんにお願いがあります」

「それって、私にこの町を守るために戦ってほしい、って事ですか?」

 

 こんな話を聞いたんだもん。想像は出来る。要は私の力を、チェンジングスーツでパワードスーツを着て戦える私の力を借りたい、って事なんだろうなぁ。 

「……はい」

 案の定、お姫様は静かに頷いた。


「先ほどの戦いは私たちも見させていただきました。ミコトさんの、ぱわーどすーつ、でしたか?あれを纏っていた時の戦闘力は、ワイバーン数匹を圧倒する程の物でした。そして、既に騎士団の兵たちには限界が見え始めています。今はまだ何とか町への攻撃を防いでいますが、騎士団が消耗しきってしまえば町に被害が出るのは必至。避けられないでしょう。いえ。それ以前に騎士団が動けなければ、戦えない者たちは身を守ることすら出来ません。無論、望まれるのであれば報酬はこちらが可能な限りお支払いします。如何でしょうか?」

「………」


 話を聞きながら、イメージしてしまう。さっきのワイバーンみたいなのが、群れを成して町中に侵入なんてしたら。そして、騎士団がまともに戦えないのだとしたら。 

「ッ」

 次の瞬間、背筋が凍る思いだった。万が一を考え、恐怖が脳裏をよぎり体が震える。

 もし魔物に侵入なんて許したら、それこそ地獄絵図になってしまうんじゃないか、と言う考えが私の頭の中に生まれた。……けれど。


「お話は、よく分かりました。でも、少しだけ時間をくれませんか?」

「時間、ですか?」

「はい」

 首をかしげるお姫様に私は静かに頷いた。


「私には、確かに王女様や騎士さん達にお見せしたような力があります。でも、はっきり言って実戦経験なんて、皆無です。正直に言うと、あのワイバーンとの戦いが初陣で。それなのにっ、いきなり町のために戦ってくれって言われても、覚悟なんていきなり出来ませんっ」


 私だって、困っている人がいるのなら、助けたい。でも、だからっていきなり、戦えるわけじゃない。実戦経験なんて無いJKが、いきなり戦争なんて出来るわけない。 そりゃ、確かにワイバーン相手には何とか勝てたけど。 スーツの性能があれば、仮に魔物と戦っても『私は』大丈夫かもしれない。 けれど、いくら私が大丈夫だからって、『私が町を守れるかどうかの確証にはならない』。

 

 町の今後を背負うなんて、JKが簡単に背負える物じゃないよ。 そう思うと、プレッシャーで押しつぶされそうで、自然と手が震えてしまう。 震える右手を抑えるために、左手を重ねる。 


「……分かりました」

 お姫様は、落胆するでもなく、戸惑うでもなく、静かに、ただ静かにそう言って頷いた。は、反応を見る限り、私がすぐに承諾しないことは想定してたの、かな?

「ならば、今すぐにお返事を、とは申しません。ですがどうか、近日中にミコトさんの答えをお聞かせ願いたいのです」

「わ、分かりました」

「では。私はそろそろ失礼しますが、リオン」

「はっ、何でしょうか?」

 お姫様は肩越しに振り返り、後ろにいたお姉さん騎士に目を向けた。


「基地の責任者に行ってミコトさんのお部屋の用意を。それにかかる費用は私や王家が負担するから、と伝えて頂戴」

「はっ!では、失礼しますっ」

 お姉さん騎士は、お姫様からの指示を聞くと足早に部屋を出て行った。


「ミコトさん」

「ッ、は、はいっ」

 それを見送っていると、お姫様に声をかけられ私は反射的に彼女の方へと視線を向け、姿勢を正した。


「まだ、ミコトさんが覚悟を持てていない事は分かっています。それでもどうか、お願いがあります。私たちに、力を貸してください」

「ッ」


 その時の彼女の表情だけは、ついさっきまで見せていたお姫様の表情じゃなかった。追い詰められ、困惑し、何かにおびえているような、『弱々しい少女の今にも泣きそうな顔』が、そこにあった。


 でも、お姫様はすぐにハッとなって小さく頭をかぶり振ると、さっきまでと同じ、どこか硬い表情へと戻ってしまった。


「それでは、私もこれで。しばしこちらでお待ちください。後ほど私の騎士、リオンに言って駐屯地の中を案内させますので。では、これにて」

「あっ、え、えとっ、はいっ」


 お姫様は残っていたもう一人の騎士の人を連れて、部屋を出て行ってしまった。一人、私は応接室に残された。部屋の外に出た二人の足音が遠ざかって行き、やがて聞こえなくなった。 


 ………これから、私はどうしよう。 私はお姉さん騎士が戻るまでの間にただただ、お茶を飲みながら考えを巡らせていた。 戦う覚悟なんて、早々出来るもんじゃない。大丈夫、だとは思いたいけど、魔物と戦って死ぬ可能性も0じゃない。そう思うと、やっぱり怖い。


 でも、だからって今まさに傷ついてる人たちを。生活を脅かされてる人たちを。何より、一瞬だけ見せた泣きそうなお姫様のあの表情を見てしまったら、逃げる事なんて出来ない。今ここで逃げたら、一生後悔するような気がする。 他人を見捨てて逃げるなんて、最低だし、そもそも私にそんな自己中の塊みたいな行動をする度胸も無い。


「結局、私はどうすればいいのかな」

 

 誰に聞くでもなく、ポツリとつぶやいた言葉は誰に届く事もなく空に消えていく。頭の中でどれだけ考えても、今はまだ答えは出てこなかった。 戦う覚悟も、町やお姫様を見捨てて逃げる度胸も、私には無かったから。 


しばらくして、思い出したように残っていたお茶に口をつけたけど、さっきまで温かった紅茶は、すっかり冷めきっていたのだった。



 その後、私はお姉さん騎士を待っている間に、とりあえず覚悟とかの事は一旦保留にして、チェンジングスーツの能力を確かめていた。 まぁ、早い話現実逃避だけどさ。


 私の持つチェンジングスーツの力。これを起動してパワードスーツを纏う方法は、女神様の手紙に記されていた通りなら『2つ』ある。


 一つは詳細な設定やら武装やら、1から全部を脳裏に思い浮かべ、それをコアが読み取って具現化するやり方、『ゼロバース』。


 もう一つは予めコアの内部に武器構成やら設定やら、いわゆる設計図、ロードアウトのような物を作っておき、それを瞬時にロードするやり方、『クイックバース』。

 

 ゼロバースを使えば多種多様なパワードスーツを作れるけど、成功させるにはそこそこ正確なイメージが必要らしいし、いざって時に即座に纏えるように、今はクイックバースのロードアウトを設定中なんだよねぇ。


 ちなみにロードアウトの設定は頭の中で出来るみたい。目を閉じて、メニュー出ろ~、メニュー出ろ~って念じてると、脳裏にクイックバース用のメニュー画面みたいなのが出てくるって訳。


 そんでもって、今はとりあえず、過去、っていうか数時間前の使用ログからワイバーン戦で使った装備や姿形のパワードスーツを基本ロードアウトに設定してる所。


 で、最後にロードアウトの名前を決めてくださいってのがあったんだけど。う~ん、どうしよう?何もないなら『ロードアウト1』ってののままみたいだけど、うん。味気ない名前んいなっちゃうなぁ。何か良いのないかな~?


 脳内で少し考えた後、私はロードアウトの名前を『CSA-01』に設定した。うん、まぁまぁな名前じゃないかな?なんて思いながら私は笑みを浮かべていた。


 ちなみに、CSはチェンジとスーツの頭文字から。Aはアタッカー、攻撃って意味。01は文字通り、1番目のスーツって事で。うん、とりあえずこれでクイックバース用のロードアウトを一つ設定完了っと。 さて、どうせならもう2~3個ロードアウトを作ってみようかな~。


『コンコンッ』 

 って、思ってたけど誰かがドアをノックがした。

「あっ、は~いっ!」

「貴様の部屋の準備が出来た。すぐに来い」

「わ、分かりましたっ!」

 返事をすると、ドア越しにあのお姉さんの声が聞こえてきた。すぐに席を立ち、ドアを開ける。


「こっちだ」

 私を見るなり、お姉さん騎士はただそれだけ言って歩き出した。

「は、はいっ」

 慌ててその後ろについていく。


 それから、騎士のお姉さんは簡単に駐屯地の中を説明してくれた後、部屋へと案内してくれた。 その道中。


「お前は、どうするんだ?」

「え?」

「先ほど姫様が協力を願い出ていただろう。その答えをどうするんだ?と聞いているんだ」

 少しばかり急かすような声で聴いてくるお姉さん騎士。

「……そんな、いきなり覚悟とか決断なんて」

「自分に戦えないと思ったのなら、無理だと姫様か私に言え。無理なら無理で、貴様を戦力外として防衛の作戦を姫様と共に練らなければならない」

「え?」


 ふと、聞こえた単語に疑問を覚えた。作戦を『姫様と共に』?

「あの、もしかして王女様も作戦を考えられるのですか?」

「そうだが、何か問題でもあるのか?」

「い、いえっ!」

 私の言葉が癇に障ったのか、若干睨まれてしまい慌てて弁明するように首を横に振る。


「そっ、そうじゃなくてっ!王女様が作戦を考えるなんて、正直予想外で。と言うか、そもそもなぜ王族の方が、その、こんな最前線に?」

「……姫様は王族だ。王族が危険を承知で前線の兵を労いに来たとあれば、士気も上がる。それに才媛と名高い姫様は軍略にも明るい。それだけの事だ」

「でも、ここは最前線なんですよね?それって、危険なんじゃ?王女様はそのこと、自覚は?」

「無論している。知った上で、姫様はここに来られたのだ」

 騎士のお姉さんは、その言葉と共に、どこか悔しそうな表情を浮かべている。


「我ら騎士に、いやっ、私に力があれば、このような事にはっ……!」


 漏れ聞こえてくるそれは、自らの無力さを嘆き、悔やんでいるような声だった。

 そんな騎士のお姉さんの背中を見つめながらも、私の脳裏に浮かぶのは、さっきのお姫様が一瞬だけ見せた、弱々しい表情だった。


 あの、一瞬の表情がどうしても頭から離れない。 今、この町はピンチで、それをどうにかするために来たお姫様たちだけど、でもまだ力は足りない。だからこそ私に協力を求めたんだろうけど。 


『私は、戦えるのかな?この町を、守れるのかな?私に、何が出来るのかな?』

 

 再び歩き出した騎士のお姉さんのあとに続きながら、ただそんなことを考えていたのだった。


     第3話 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る