第28話 世間は狭い

 ライトは消すものつけるものではない、というのがサイクリングの鉄則だ。日の出前まだ暗いうちに家を出た二人は、外環状線を京都に向かって走る。いろいろルートはあるけれど交野から宇治に向けて走る。平等院には前も二人で来たことがある。

 今日は近江八幡まで九十キロ弱、ちょっと距離はあるが初日で稼ごうということになっている。


 宇治の次は南郷洗堰、休んだり食事をしたり。山岳部の合宿で、こうこはタフなことは知っている。それでも彼女を先に行かせのんびりと走っていく。

「大丈夫、調子はどう」

「うん、昨日エネルギーもらったから、快調」

「何言ってんだか、こぼれてきてないか」

「ばか」


「君たち高校生?」

 草津の湖岸で琵琶湖を見ながら休んでいると、ロードレーサーを止めた女性が声をかけてきた。

 ヨーロッパの山の名前が付いたロードレーサー、航が欲しかったが手の届かないものだ。

「はい、大阪です」

「あらそうなの、うちの旦那も大阪で、高校の教師をやってるのよ。女子高だけどね」

「おひとりでツーリングですか?」

「ええ、ちょっとむしゃくしゃすることがあったので一人で走りに来たの」

「私たちは創立記念日の休みで琵琶湖一周を」


「二人で、いいわね。うらやましい」

「私、加賀谷っていいます。どこかであったらまた声でも掛けてください」

「住谷です」

「加納です」

「住谷、うちの旦那の高校の先生にも」

「S学園、ですか」

 加賀谷は驚いた顔をした、そして気が付いたらしい。


「住谷先生の息子さん。えーっと、亮君」

 今度は亮が驚いた。

「どうして」

「わたしも事務職員でお世話になっているから」

「じゃ、間違いなく会うかもね、それじゃ楽しんでね、気を付けて」

 加賀谷は、ロードにまたがると、さっそうと走り出した。かなり乗りなれている走りだと思う。

「世間て狭いね」

「うん、どこでだれに会うかわかんない。ちょっと怖いね」


 それ以後は新しい出会いもなく、彦根城、長浜、余呉湖と観光地をのんびりと走った。 

 二日目は高島まで。琵琶湖の西、新しくできた湖西線と並走するように大津まで三日目は走った。


 三泊目は最後ということもあって普通の宿に泊まることにしたのだ

「うーん、やっと一緒の部屋だ」

「俺もやっぱ男ばっかりよりこうこがいい」

 すっと一緒だった野々に同じ部屋で眠れるというのが新鮮だった。

「温泉に行こ」

 雄琴は別の意味で有名になってしまったが、本来はちゃんとした温泉地だ、その証拠? にお土産として温泉せんべいがある。

 男だけで行くと疑われるが、女性と行けばのんびりしたいい温泉だった。

「さきに出たら待っててね」

「赤ちょうちんみたいに?」

「石鹸はカタカタならないけどね」 

 二人ともフォークソングは好きだ。


「あ、中で、声かけてでるよって」

「いよいよ新婚さんだね」

「いや?」

「こうこが望むなら、何でもしてあげる」

 どうせ誰も知らない。


「こうこ、でるよ」

 女湯に向けて、大声で叫ぶと、男湯でも反対の女湯でも笑い声が起こった。

「もう、恥ずかしい、本気でやるとは思わなかった」

 言いながらこうこはうれしそうだ、ぺったりと張り付いてきた。

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