第14話 奈良の宿

 頂上までは、ほぼ二時間。途中休憩なしで二人はたどり着いた。コースはいろいろあるが、今日のは初級コースだということだった。

 頂上から見る大阪平野は雄大そのもので、大阪湾の向こうに六甲山系が連なっている。


「うん、毎日まじめにトレーニングしてるんだ。ちゃんとついてこれなかったら弁当は、無しにしようかと思ってたんだ」

「ハイキングかと思っていたのに、よかった追いついて」

 典子先生のお尻を追いかけただけとは、さすがに言わなかった。


「ストーブ使える?」

 ついこの前習ったところだ、燃料のホワイトガソリンを入れ、圧縮ポンプを押した。

 典子先生はコッフェルに水を入れて待っている。

「ふうんやるね、部に入るまでに使ったことは」

「ないです、点火したのも今日で二度目です」


「ご褒美、典子特製のおべんと」

 大きめの海苔結びが四個、卵焼き、たこさんウインナ、うさぎのリンゴ。

「可愛いですね」

「え、口説いてる」

「たこさんとうさぎです」

「なんだ、つまんない」

 典子先生は口を尖らせた。


「今日は行ってみたい温泉があるんだ、一人じゃ行きづらくって」

「え、今からだと帰りは、母さんに連絡しないと」

「大丈夫。君のお母さんには部活で泊まるって連絡してあるから」

 典子先生は亮の都合は全く考えていない、もっとも彼女に言われれば予定なんてものは吹っ飛ぶ。

 それよりも母さんだ、そんな話を亮は聞かされていなかった。


 色々聞きたいことはあるが、宿についたら、その一言で終わってしまっている。

 車は奈良県の山奥に向かって走る。

 その間一時間ちょっと、車内は無言だ。典子先生は口をきっと結んで運転をしている。

 鼻はあまり高くはないが、整った顔立ち。意外とというと失礼だけれど、美人だった。


 宿はホテルではなくて和風の旅館だった。飛び込みで泊まれるわけはない、完全に最初から仕組まれていた。

「バレバレだろうけど、姉弟ってことにしてあるからね」

 つまり、同じ部屋ってことだよな、嬉しいけれど話がうますぎる。


「部屋に露天風呂があるのもあったんだけど、さすがに高かったから」

 まずはお風呂と言いながら、典子先生は浴衣に着替えた。もちろん亮は後ろを向いている。このパターンは絶対にやるに決まっているけど、それでも後ろを向くのが礼儀だ。

「津村君着替えた? 振り返ってもいい?」


 男女別の露店風呂には誰もいなかった。赤く染まっていく山の端を眺めながら、亮は典子先生が何を考えているのかを考えていた。

 最初っからこうなるつもりで山に誘ったのか?

 それも今一つ考えづらい話だ。彼女は奈良女、考えられることが一つあったが、それは例によってあまりに突拍子もなかった。


「亮、でるよ」

 うわ、新婚さんみたいだ。

「わかった」

 ちょっと付き合ってみた。あ、シチュエーションは姉弟だったか、まあいいか。


 豪勢な料理を食べて、部屋に戻った二人は、布団の上に座った。

「タオル敷くね、私初めてなんだ、信じないかもしれないけど」

「先生、一つ聞いていいですか、なんで俺と」

「それは後で」

 典子先生はそういうと布団に横たわった。腰の下に折りたたんだタオルを敷くと目を閉じた。

「来て」

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