第9話 見えるの?
チャイムが鳴ると同時に恵美が入ってきた。顔色がはっきりと青い。
「亮君、驚かないで聞いてくれる」
亮は恵美にみなまでは言わさなかった。
「佐紀さんはもういないんだよね」
恵美は心底おびえた表情をした。
「なんで、わかるの」
やはりそうか。
「前にあることがあって、それ以来、俺見えるんだ」
前にあったことというのはもちろん久美のことだ。もともと勘は鋭いものがあったが、彼女とのことがあって以来、俗にいう見える人になっていた。
恵美は、亮に抱きつくと泣きだした。
「帰るなり連絡が来て、恵美は病院に駆け付けたんだけど」
最後だけは見とれたという。
佐紀さんは中学の時に急性の白血病にかかった。何とか大学には入ったものの再発して半年前から入院したという。
「知らなかったの、私。だからあんなひどいこと言って。お姉ちゃんが男の人と付き合っていたのは怖かったから、生きている証だったんだ。それを私」
「彼女わかってたよ、恵美のこと気にしてたんだと思う。だから最後に俺を確かめに来たんだと思う」
「恵美のこと大事にするって約束したから」
恵美は亮にしがみつき泣き続けた。そして亮にできることは、しっかりと抱きしめることと頭をなでることぐらいだった。
母親に話をして、佐紀さんの通夜と葬儀に参列させてもらった。
遺影の中の佐紀さんは、亮の部屋に現れたままの姿で笑っていた。
「亮君、恵美のことお願いね。幸せにさえしてくれたら、後は浮気しようがなにしようが許すけど、泣かさないでね」
そんな声が聞こえた。
佐紀さんが体に巻いたタオルは恵美に譲った。佐紀姉さんの匂いがするそう言って恵美は喜んだ。
半月が過ぎて表面上は恵美も落ち着きを取り戻した。
「明日、午後から私の部屋に来れる?」
金曜日、家に帰るなり恵美から電話があった。学校か窓ごしで話せばいいじゃないかと思ったが、要するに誰にも内緒にしたいということなのかもしれない。
最近、恵美はちゃんとカーテンを閉めている。着替えの時も風呂上りも全く見せてはくれない。
それはそれでいいことだと亮は思っている、隠される方が絶対的に楽しい。
「いらっしゃい、入って」
恵美は最近少し大人びてきたように見える。長くなった髪を後ろでまとめた髪形なんかも以前より女性っぽい。白いニットのミニスカートとサマーセーター。いつものジャージや裾を切ったジーパンではなく、新鮮だ。
「ごはんつくったんだよ。食べてね」
ポテトサラダととんかつ、ずいぶん本格的だ。
「亮君のために練習した、とんかつ好きだよね」
「もちろん、大好きだよ、話したっけ? おいしそう」
お世辞でなくそう思った、恵美が嬉しそうにはにかむ。
「今日ね、お父さんとお母さん、帰ってこないの。実家に行った。佐紀姉さんのことで」
「そうなんだ、つまり泊っていいってこと?」
恵美は顔を赤くしながら頷いた。
「自分に正直になることにしたの。それに亮くんが私を泣かせない、捨てたりしないことが分かったから」
「それは佐紀さんのおかげなのかな、佐紀さんのお墨付きだから?」
いいですよね、佐紀さん。亮は頭の中で尋ねた。うん、やっちゃえやっちゃえ。
「今、佐紀姉さんの声したよね、気のせいじゃないよね」
「うん、佐紀さんに誓って、恵美を幸せにする、泣かしたりしない、浮気は、ごめん自信ない。でも恵美だけ」
「なんか、信じきれないような気もするけど、よろしくお願いします。茶碗洗ってるから、お風呂入ってきて」
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