第3話 教室の風景

 授業中、亮は極力、恵美を見ないことにした。それでも一週間の恵美の姿や今日の午後からのことを考えしまい、授業中だというのに下半身が固くなってしまい困った。


「住谷、何をぼんやりしている。今の問題の答えは」

 はたから見てもぼんやりしてたのだろう、急に問題を当てられ、亮は現実に戻った。

「吉田兼好、徒然草。です、か」

 周りから、オーっという声が聞こえる。亮はぼんやりしていても周囲の環境には気を配っている。昔いじめられっ子だったこともあって、身についた特技だ。


「ち、ぼんやりしてても聞いてんだな、お前は」

 先生、舌打ちと、言葉遣いは、美人を台無しにしますよ。

 国語の高山先生はミニスカートの似合う美人なのだが、ちょっとばかり言葉が乱暴だ。だからこそ、腕の中であえぎ声を出させてみたい、そう思っているのはきっと亮だけではないはずだ。

 昭和四十年代、十五歳の中学男子、頭の中はそんな妄想でいっぱいだった。


 さすがに一緒に帰るのは同級生の目が気になる。

「住谷、香川がトンプソン買ってもらったんだとさ、みんなで撃つけど来ないか」

 坂本が帰り際に声をかけてくれた、昨日プラモ屋で話し込んでしまったやつだ。香川と坂本、ともにプラモとモデルガン好きで話が合う。あと音楽で話の合う山本と片桐、転校して早々にできた友人だ。


 心が揺らいだ、MGCのトンプソン、ブローバックモデル、撃ちたい。しかし。

「すまん、今日どうしても無理なんだ。香川、また撃たせてくれな」

「残念だな、カートづくりを手伝わさそうと思ったのに」

「そういうことか、フルで撃ったら大変だもんな。わりい今度やるから」

 恵美が聞き耳を立てているのがわかる。モデルガンと恵美をシーソーに載せたら、やっぱり恵美に傾くよな。


 急いで帰ってみると、恵美の部屋は珍しくカーテンがキッチリ閉められている。理由がわからない、なんか怒らせたかと亮は朝からの自分の行動を思い起こしたが、理由がさっぱりわからなかった。

「なら、香川んちに行けばよかった」

 亮は机の引き出しから、ベレッタM1943を取り出した。亮の小遣いで買ったものではない。なおの旦那さんからもらったもので、銃口もふさいでいない、色も黒の外には持ち出せないものだ。警官に見つかったら、即没収されて、お小言間違いなし。

 そろそろ黄色に塗って銃口に、なんか詰めようと思っている。


 これを見せびらかしに行くか、ジーンズに履き替えたところでチャイムが鳴った。

 心臓がドキッとした、期待が一瞬で膨らんだ。モデルガンを机に投げ出し玄関に出たら、扉の内側に恵美が立っていた。

 亮一人の時にはめったに鍵かなんか掛けない。鍵をかけるのはよからぬことをするときだけだ。

「よかった、いてくれて。香川君たちのところに行っちゃったかと思った」


 恵美は、膝よりかなり短いジーパン生地のスカートに、長袖のボタンダウンを着ている。学校で見る彼女とはかなり印象が違う。今まで付き合った女の子もそうだけど、服装一つで随分印象がかわる。

「カーテン閉められてたから、振られたかと思った」

「着替えてるところ覗かれたら、今からつまんないでしょ」

 言って、恵美はペロッと舌を出した。何かすごく大胆なことを言われたような気がした。

 後ろ手で恵美がかけた鍵の『ガチャ』という音が、やたらと大きく響いた

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