一章 モルデント入学試験
モルデント入学にあたって、まず入学試験場に行かなくてはならない。入学試験場に向かうには王都にある、入学希望者しか立ち入れられない地下の転送所に向かわなくてはいけず、俺たちは王都に向けて歩いていた。この時間帯なら何かトラブルに巻き込まれなければまず間に合うだろう。
「緊張してる?」
「俺はあんまり緊張してねーぞ。むしろワクワクしてる。お前はどうなんだよ?」
「僕は少し緊張と不安があるかな。いくら相手はゴブリンでも....試験で命を落とした人もたくさんいるって聞いたし....」
そうなのか。確かゴブリンって下位のモンスターだったよ?
「まぁ安心しろって。俺たちは三年間も剣の修行をして来たんだぜ?ゴブリンくらい楽勝だろ!」
そうだ、俺とソラは過酷な訓練を積んできた。ゴブリンなんかに負けたら俺たちの三年間は無駄になる。そんなこと絶対にさせない。
「そうだよね....大丈夫だよね....」
「あぁ大丈夫だ!もしもやばくなっても俺が絶対助けてやるから!」
「ありがとうレン。けどそれは無理なんだ」
「どうしてだよ?」
「手紙読んでなかったの?入学の条件はゴブリンの討伐。これはゴブリンとの正式な一対一なんだ。だから敗北は死を意味する。だから僕は怖いんだ」
そうだったのか。ゴブリンとの正式な一対一....負けたら死....あれ?これ笑えなくね。俺はやばくなっても乱戦なら逃げられると思っていた。けど一対一だと逃げることができない。負けた瞬間それは死を意味する。
「ちょっと待って俺も入学できるか不安になって来た」
「ご、ごめん!別に不安にさせるために言ったわけじゃないんだ!」
「けど俺は絶対に入学する。お前も同じだろ?」
「——うん。絶対に二人で入学するんだ」
程なくして俺たちは王都城門前に到着した。
「確か手紙の説明によれば俺たちの担当の赤いローブの女性に入学希望届を渡すんだけど」
あたりを見渡すがそんな人影はどこにもない。
「いねーじゃねーか!どうすんだよ!入学希望届出せなくて入学できませんでしたは洒落になんねーぞ!」
「落ち着いてよレン‼︎何かトラブルがあったんだよきっと」
「そうは言うけどよぉ....」
すると城門の奥から赤いローブを着た女性が慌てて走ってくる。アイツに間違いない。
「ご、ごめんなさい!道中道に迷ってしまって!本当にすいません!アイリ・セイブルグと申します。遅れてしまって申し訳ございません!」
「ほんとだよ!これで入学出来なかったらどう責任取るつもりだったんだよ!あんた!」
「レンは少し黙ってて!....いえいえ間に合ってよかったです。これ僕とこの子の入学希望届です」
「はい。レン・ホープくん、ソラ・エバーマインドくんで間違いないですよね?」
「うっす」「はい」
ドンッ!脇腹を肘で殴られた。
「フフフ、仲がいいんですね君たち」
「はい、同じ村の幼馴染でして」
「そうなんですか!いいなぁー幼馴染!響きがいい!」
「アンタにもいねーのかよ。幼馴染」
「えぇ〜?私には幼馴染って呼べる人はいなかったかなぁ〜。なにせずっと一人だったもので」
このすごく申し訳ない気持ちになったのと同時にソラという幼馴染がいることのありがたさを知った。
「私の身の上話なんてやめて早く転送所に向かいましょう。急がば回れって言うじゃないですか」
それを言うなら善は急げと突っ込みたくなったがやめておくことにした。アイリさんに案内されて長い地下の階段を降りた。そこには王都の下とは思えない大空間が広がっていた。
「すっげ」
思わず口に出してしまった。ソラも目を輝かせている。それぐらいすごいのだ。そしてなぜかアイリさんが得意げな顔をしている。
「そうでしょう〜。ここには数千の魔術師が共同で編んだ高位の魔術があるんですよ。それがあるから遠いところへの瞬時な移動が可能なの。さ、行きましょ。真ん中に乗って」
俺とソラが円形の台座の上に乗るとアイリさんがなにやら詠唱をしている。転送というのはどうゆうものなのだろう。イメージがつかない。すると詠唱が終わったのかアイリさんがこちらを見てにっこり笑った。
「今しか言えないから先に言うわね。もしあなた達が入学試験に合格して無事モルデント魔術兼武術学園に入学できたら。私はあなた方、一年一組の教師に任命されています」
「え?」「え?」
「だからその時はアイリ先生って呼んでね?」
「ちょ!」
「転送スタート!」
目の前が真っ白になる。体と意識が別々に感じる。変な感じだ。すると突然視界が暗転した。意識を失ったのか?目を開けるとさっき居た転送所に似た構造の場所にいた。隣にはソラもいる。
「成功....したのか」
「どうやら....そうみたいだね」
すると地面につきそうなぐらい髭を伸ばした一人の老人がこちらに近づいてくる。
「レン・ホープ。ソラエバーマインドで間違いないのじゃな」
爺さんは重くずっしりとした声でそう問いかけて来た。
「はい....そうです。俺がレンでこいつがソラです。入学試験を受けに来ました」
「そんなもんは知っておるわい。さあ、ついてくるんじゃ」
俺とソラは爺さんについて行き、今度は長い階段を登った。登った先には円形の闘技場らしきものがあり、闘技場の真ん中にゴブリンとおもしきモンスターが居た。そいつは檻を叩くなど周りの人を威嚇していた。
「怖ぇ....」
「怖いか?なら辞退したらどうじゃ」
「いやいや、何言ってんだよ爺さん。こんなんで辞退するほど俺とソラはやわじゃねーよ。そうだろ!ソラ!」
「あぁ。そうですよ。もう、後には引けない。僕も覚悟を決めたよ」
「ふん、そうか。だがそろそろ記念すべき76期生最初の入学希望者とゴブリンとの試合が始まるそうじゃぞ。これからお主らがすることを目に焼き付けるがよい」
爺さんは気味悪い笑みを浮かべながらこちらを見てきた。一体なにがおかしいんだ。
「レン。俺たちも観客席から試合を見届けよう。あいにく僕たちの順番は後ろの方だ。じっくり相手の弱点を観察しよう」
今回の入学希望者の数は120人。爺さんによれば他の年に比べたらかなり多い方らしい。
「あ、レン!試験が始まるって!」
「お、ようやくか」
最初の入学希望者が闘技場のバトルフィールドに現れた。なんかやたらとチャラついたやつだ。ああゆうのとこれから学園生活を送ると考えると先が思いやられる。
「へ、ゴブリンなんて下位の魔物、俺の村だと何匹も狩ってるぜ!。俺は剣帝になる男だからな!素早くケリつけるぜ!」
「なぁソラ。剣帝ってなんだ?」
「えぇーと。僕も詳しくは知らないんだけど、なにやらすごい偉業を成しとけだ剣士に送られる称号らしいよ」
へぇー。いいじゃん剣帝。俺もなってみたいな。そんなことを話してると試験官が出てきた。
「それでは、モルデント入学試験を開始いたします。準備はよろしいですね?」
「いつでもいいぜぇ〜」
「それでは檻を開けさせてもらいます....」
試験官が檻の鍵を開けると、中のゴブリンが獲物が来たと思ったのか檻の中で興奮しながら暴れ出した。こっわ。
「では....試験開始!!」
試験官が檻の扉を開けた瞬間、ゴブリンはチャラ男目掛けて走り出した。それもかなりの速度で。下位のモンスターってこんなに早いもんなのか。俺は少し不安になった。
「へ、バカが。まっすぐ素直に突っ込んでくるとはやっぱりバカだな!死ねぇ!」
チャラ男がゴブリンに向かって斬りかかった。勝負が決まった....と、誰もが思った次の瞬間。チャラ男の首が飛んでいた。
「へっ?」
俺は状況が理解できなかった。あの一瞬で行われたゴブリンの行動に対してだ。
「信じられない....!」
まずチャラ男の剣をしゃがみ込みで避け、回りながら剣を強奪しそのまま首を切断した。これは下位のモンスターと呼ばれているやつの動きじゃなかった。爺さんの不気味な笑みも今なら理解できる気がする。
——こいつ、普通のゴブリンじゃない。
「おい!なんだよあれ!明らかに下位モンスターの動きじゃなかったぞ!」
「どうなってんだよ!この試験!」
「詳しく説明しろ!」
罵声が飛び交う闘技場。バトルフィールドにはさっきまで生き生きしてたチャラ男の首なし死体が一つ。俺は冷や汗が止まらなかった。そして俺は頭の中で最悪な想像をしてしまった。もしも順番が最初だったら、俺もああなっていたのではないか。ソラの手が震えているのが見えた。やはりソラも怖いのだ。さっきまでの会場は学園に入ったらなにをしたいかなどの話が飛び交っていたかが、今となっては誰一人として話す声が聞こえない。なぜなら今日ここで、自分の人生は終わってしまうかもしれないから。すると一人の入学希望者が立ち上がって転送所に向かおうとした。だがそばにいた試験官に通せんぼされていた。
「おい、どけよ....俺はもう無理だ....辞退する」
「それは出来ません。入学希望届を出した方はここを出ることはできません。自分の番になるまで席で試験を見ていてください」
「そ、そんな....」
男は青ざめた顔で元いた席に戻った。それにしてもあのゴブリンの反射神経は異常だ。一瞬にして男から剣を奪取し、首を刎ねた。明らかに下位なんて言われているモンスターの動きではなかった。ソラに知恵を分けて貰おうとしたが、ソラは目を瞑って必死に自分を落ち着かせようとしていたのでそっとしておくことにした。あのゴブリンと戦う時に注意しなければならないこと、さっきの男は完全にゴブリンのことを舐め切っていた。正直俺も舐めていた。それを理由に生まれた油断。その油断があったからこそあの男は負けたんだ。剣を奪われないこと、生憎ゴブリンは丸腰だ。武器さえ与えなければ対処できるはずだ。
「行ける....かな?」
すると次の入学希望者がバトルフィールドに立っていた。見るからに気が弱そうな少年だ。
「死にたくないッ....死にたくないッ」
「それでは、試験開始!」
(こりゃ....だめだな)
檻からゴブリンが放たれた瞬間男は腰から崩れ落ち、うずくまってしまった。ゴブリンは容赦なく男に馬乗りになり、奪った剣で叫びながら泣いている男を容赦なく滅多刺しにした。また一人死んでしまった。このまま俺の番になるまで合格者が現れないんじゃないか?と思ったのも束の間。なんと三番目の入学希望者が剣を使わず素手で殴殺したのだ。
「す、すごい....あんな人がいるんだ...まさかいくら下位とは言えモンスターを素手で倒してしまうなんて....」
ソラは驚いを隠せていなかった。俺もとても驚いている。いくら丸腰のモンスターでも、モンスターはモンスターだ。素手で勝てるような相手じゃない。
「入学希望番号三番、ロイ・スターリン。ゴブリン討伐により合格です。おめでとうございます。合格者は学園内部にある控え室でお待ちください」
ロイ・スターリン、覚えておこう。ロイは静かに合掌の礼をして試験会場の先に進んで行った。
——あの先に俺達が夢みた学園が
「なんか今の見て僕、自信出てきたッ」
ソラがどうやら調子を整えたようだ。それでこそ俺の相棒。
「おう!その調子だ、絶対合格するぞソラ!」
「うん!確かレンの方が先だよね?ほんと頑張ってよね」
「あぁ、油断はしねーがあんなのガチギレしたソラに比べると全くもって怖くない」
「怒るよ?」
「ごめん....」
それから二時間、俺の番まで計86人が試験を受けたがたったの16人しか合格できていない。いや、もしかしたら16人も、なのかもしれない。そしてついに待ちに待った俺の番だ。バトルフィールド入り口で試験官に試験用の剣を渡され、数回素振りをし感覚を取り戻したところで俺はバトルフィールドに入場した。
「ふぅ、集中集中。今までやってきたことをするだけだ」
俺は上の方の席にいるソラに目配せをし、それに応えるようにソラが頷いた。準備は万端。あとは合格するだけだ。ここまで長かった。学園のことを知った三年前から剣の修行を続けて来た。その三年間が今、報われる瞬間だ。
「それでは、試験開始!」
檻が開く、そしてゴブリンが俺めがけて走ってくる。
(まだだ!限界まで引きつけて一撃で終わらせる!)
ゴブリンと俺までの距離、もう8メートルは切った。だがまだもう少し引きつける。相手が殺れると思って油断した隙にこいつの首を落とす!
(よし!今だ!)
「喰らえェェ!」
(よし!これは完全に貰った!)
そう思ったのも束の間、ゴブリンは跳ぶようにして俺の斬撃を避け。俺の腕に着地した。ゴブリンは爪を突き立て俺の目めがけて伸ばして来た。
(や、やばいッ!)
頭ではわかっていても、体が動かない....動かない?
「どうなってんだこれ....」
まるで時が止まったかのように、全ての動きが遅く見える。目の前にあるゴブリンの腕さえほぼ動かないで見える。
(状況は理解できないが、とりあえずこの攻撃を避けないとッ)
俺は体を沈めるようにしてスローペースで襲いかかってくる腕をギリギリで避けた。どうやら自分の動きもスローペースになっているらしい。けど、このよくわからない現象のおかげでなんとか命拾いすることができた。俺はバックステップを使いゴブリンから距離を取った。
(どうする、ギリギリまで粘るのは効果がなかった。俺から斬りかかりに行くか?いや、それだと剣を奪取されて状況が悪化するだけだ。相手は下位モンスターのゴブリン、だが反射神経なら人間以上だ。単純な力比べなら俺の方が上だろうが)
「レン....一体なにをそんなに警戒しているんだ....」
俺が思考を巡らせているうちにゴブリンは再度俺に突進を仕掛けて来た。俺が出した結論は
——思いっきり投げる!
「フンッ!」
今ある力を全て振り絞りゴブリンに向けて全力で飛ばした剣はゴブリンの反射神経でも反応出来なかったらしく、ゴブリンのお腹に直撃し、ぐったりと倒れた。
「よっしゃ!」
(上手く行った!)
俺は心の中でガッツポーズを決めた。これでようやく夢が叶う!そう思ったのも束の間。
「ウギアァアッ!」
ゴブリンが起き上がって俺めがけて飛びついて来たのである。
「レン!危ない!」
ソラが叫んでいるのが聞こえた。だが大丈夫だ、これくらい。
「安心しろ、ソラ。——試合終了かと思って奇襲を喰らうのは初めてじゃない!!」
俺は飛んでくるゴブリンに対して顔面に全力右ストレートを喰らわせてやった。そのままゴブリンは宙を舞い、今度こそ行動不能になった。
「そこまで!入学希望番号87番、レン・ホープ。ゴブリン討伐により合格です。合格者は学園内部にある控え室でお待ちください」
「やったね....レン!」
俺は観客席で目に涙を浮かべているソラに向かって勝利のガッツポーズをお見舞いした。
——俺は先に進むぜソラ。次はお前の番だ。
ソラは気合を入れたいのかほっぺを叩いているのが見えた。頑張れよソラ!俺は誘導係に連れられて試験会場を後にした。
「レン・ホープさん。いいですか?私たちモルデント学園は生徒の安全のため学園の位置を誰にも知られるわけには行きません。なので学園までは眠っていただくことになります。よろしいですね?」
「はい。モルデントに入学するためだったらなんでもやりますよ俺」
「それでは....失礼します」
ソラは今頑張っているのだろうか。あいつなら大丈夫だ、きっと。俺は次の瞬間誘導係にスリープの魔術をかけられ、深い眠りについた。
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