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バードンは、食器を返却台に戻すと紅茶を片手に席に戻った。
「わたしのは?」
「セルフだ、そこの台に水、紅茶、緑茶、コーヒーが置いてある。好きなのを取ってくるといい」
そういうとバードンは紅茶をすすり、マリアベルは緑茶を取りに行った。
暫くし戻ってくるとバードンの携帯端末が鳴り、そのウインドウには『マリアベルからプライベートチャットの申請が来ました。受けますか?』と書かれていた。バードンは怪訝そうな目でその文字を見て、チラッと正面に目を移すと、向かいに座ったマリアベルがバードンをジッと見ていた。そしてそれに気づいたバードンは、面倒な内容じゃありませんようにと祈り、申請を受けた。
プライベートチャットはフレンド登録、もしくは普通の声の大きさで届く範囲に居るプレイヤーとDFに対して申請でき、承諾すると解除するまでプライベートチャットの対象者の音声は外から聞こえなくなり、口も止まって見える様になる。主に外に聞かれたくない話をする時によく使われる機能である。
「これはさっきの小太郎君の『お願い』に関係しているのか?」
「はい、あまり周りに聞かれたくない内容も含みますので、私がマリアベルに頼みました。単刀直入に申しますと、マリアベルに色々教えて頂きたいのです」
「それはマリアベルさんが、クランメンバーや小太郎君に聞けばいいだけの話だろ?」
小太郎のお願いをバードンはバッサリと切ったが、小太郎はそれに対して答えた。
「そうなのですが、マリアベルのクラン『プリンセスガーデン』には現在他のメンバーが在籍しておりません。そして私の設定は初期設定のままですので、ヴァージョンアップもされておりませんので十全にサポートを行う事ができません」
DFはヴァージョンアップを重ね強化する事で機能を拡張し、戦闘のサポート等が解放されていくが、小太郎は今までただの犬として扱われていたため一切強化されていなかった。
「小太郎君はいいとして、どういうことだ? 『現在』って、ソロクランって訳じゃないんだろ?」
「みんな出ていったの」
バードンの問いにふてくされた様に答えるマリアベル。
「バードン殿、マリアベルはこう見えて、ガードは硬いのです」
「あー、要するにアレか、『姫ちゃん』が餌を与えなかったから解散したって事か」
「私はそんな扱いを望んでなんてない!」
「んな事言ったって、世話を焼いてた連中はこう考えているとおもうよ、『こんなに世話を焼いたんだから』、『こんなに貢いだんだから』、『こんなに楽しませているんだから』。『──だから見返りがあってもいいのに』って」
「あっちが勝手にやってたんだからそんな事言われても」
「よくある話だ。勝手に始めて、勝手に対価を求める。まぁ親切の押し売りだな、しかも動機は下心」
「分かってるから、無視してたの。後はマリエッタね、この子が──」
「話が逸れてるな、戻そう」
このままだと愚痴で話が進まないと感じたバードンは、強引に話を切った。
「ちょうどクランの話が出た事だし、まずは、クランハンガーの維持費ってわかるか?」
「リアル1週間に1回払うって事くらい」
「そうか、このゲームは4週間で1カ月という括りになっている。だから正確にはゲーム内で1カ月だ。そしてお家賃は1カ月40万」
「たっか! え?! 私、払えなくない? どうしよう、高すぎない?」
「そしてそのお金は、今回の様にミッションを受けクリアする事で報酬が貰える……っての位は分かるか」
「ええ、その位はわかってる」
「なら、デイリーミッションって、毎日、あ~リアルの方な、あと0時にリセットされるのも注意だ。んで、これでミッション3回分にボーナスが付けれるから、それを報酬の良いミッションに充てれば、そこそこ稼げるから頑張れ」
「受けるミッションはクランの男子が決めてたから知らなかった、色々あるのね」
「あとは特に拘りが無いのなら、クランハンガー辞めて個人ハンガーにするかだな。狭くなるが、こっちは無料だしお勧めだ」
「へー個人ハンガーなんてあるんだ知らなかった。でもそっちで良さそう」
マリアベルの発言にバードンは驚きつつ答える。
「マジかよ、チュートリアル進めれば強制的にたどり着くぞ」
「たぶんソレやってない、始めてすぐにタクヤに声かけられて、そのままクランハンガーに行ったから。バードンさんに繕ってもしょうがないし、言うけど、このゲーム始めた理由ってクラスの男子が『ギアコンは女性率低いから、簡単にちやほやされるよ』って言ってたからで、だから声をかけられた時は、はや! って思ただけで──」
バードンのえーって表情に気が付いたマリアベルは、少しあわててフォローに入った。
「でもやってみるとケッコー思い通りに動けて楽しいし、ブラックノワール美人さんだし、あっブラックノワールって言うのは、私のタイタンフレームの名前ね、あと敵が虫って言われてキモイの想像してたけど案外そうでもなかったなーって」
バードンはツッコみたい気を抑えつつ続きを話し始めた。
「まぁ始める理由は人それぞれだしな、なら注意することがある。クランハンガーを解約する時に、置きっぱなしの家具やパーツに武器弾薬は店売りされる。手間はかからないが結構安い。もし必要な物があるなら先に個人ハンガーに移しておくといい、あとチュートリアルを受けろ。設定とか色々分かるし終了時に少しお金も貰える」
「家具かぁ、んー、特に無いかな、思い出しても気分悪くなるでしょ? 武器も基本的に今持ってるのだし、だから要らないから売っちゃうかな。それとチュートリアルはココが終わったら行ってみる」
「そうか。まぁいいか次は……そうだな、機体や武器の強化調整やショップの使い方もチュートリアルにあるから、そっちで覚えてくれ」
「そうなの?」
「実際に操作して体験できるからな、アレコレ言うよりやった方が早いし分かりやすい。百聞は一見に如かずってやつだ。っとなると、大体は『チュートリアルをやってくれ』になってしまうな。後は……ちょっと気を悪くする話になるもかも知れないが、普段からそのタイタンのパイロットスーツで過ごしているのか?」
「もちろん。クランの男子が『タイタンフレームのパイロットはこれを着ないといけない』って言ってたから、……え? もしかして常にじゃななくていいの? でも街中でもパイロットスーツ姿の人たまに見かけるし」
「たしかに『タイタンフレームのパイロットはこれを着ないといけない』というのは正しい。ただしそれはタイタンフレームを操縦する時にはという話だ。普段は何着てたっていい。そしてそのたまに見かけるのは、一部の特殊な人たちだ」
タイタンフレームは特殊な溶剤で満たされたコックピットに入り、タイタンフレームと意識をリンクさせて動かすという設定のため、ぴっちりとしたパイロットスーツとなっていた。
ちなみに、大半のプレイヤーはタイタンフレームから出ると、上から何かを羽織るか着替えるかしていた。そして一部の特殊なプレイヤーは常時ぴっちりスーツのみで活動していた。
そして、そんな彼らは陰で『ぴっちャー』と呼ばれていた。
「体のラインが出るから、結構恥ずかしいの我慢して着てたのに……」
でもそれアバターじゃん? と思いつつもバードンは食堂脇にあるダーツ台の方を指さした。
「あそこでダーツしてる奴らだって、タイタンのパイロットだ。あんな感じのが結構多い。もしくは着替えちまうかだな」
ハードンが指さした先には、ダーツに興じている3人組の男性プレイヤーがいた。その姿はパイロットスーツの上に上半身はジャンバーを羽織り、下半身はジーンズ履いていた。
「……ありがとう。いい話が聞けてよかった」
「どういたしまして、んじゃ俺は終わる前にもう一戦いってくるわ」
「そんなの分かるの?」
「スタンピード、って今回みたいなMBが押し寄せてくる戦いは、大型MBが10機来たら打ち止めになる事が多いんだ。今8機、そこの戦況図の右下に8って数字があるだろ? あれが倒した大型の数で、今D-8のマスに大型が一機いるからそれで9機、てことは残りは1機。んでそいつを倒したら防衛成功になる。その後は掃討戦って言って、残りのMBを根こそぎ倒せってのが始まるが、最後の大型倒した段階で残りMBは撤退し始めるから、最後の大型を倒した段階でクリアと言ってもいいかもな。そういうことでまたどっかで会ったら相談位には乗ってやるさ、じゃな」
「はい、相談に乗って下さってありがとうございます。あっ、そういえば最初に手を差し出してたのは結局なんだったの?」
「ああ、あれは──」
違う事に気がついていたのかと思いつつ、ハードンは手短に説明し、今回はお礼は要らない事を告げ、チャットを切ると「じゃぁな」と挨拶をして足早に去っていった。
そして残されたマリアベルの周りには、声をかけようと男性プレイヤー達が近づいていた。
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