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バードンは、前線基地に戻るとハンガーの出入り口に向かった。そこで、ハンガーの管理事務所に繋げると、担いでいるタイタンフレームはハンガーを借りている様なので、ハンガー付きの整備員に受け渡した。
その際にバードンは、整備員に自分の名前と画像そして『2階の食堂で受け取る』という言付けを頼み、自分の借りたハンガーへ戻っていった。
救援要請で助けてもらったプレイヤーは、自分の機体が全損した時にかかる費用の10%を助けてもらった相手に渡すというのが、プレイヤー間ではマナーとして広まっていたからだ。
まばらに人が座る2階の食堂で、バードンは大型モニターに映された戦況図を見ながら、アジの開き定食を食べていた。そしてそこに1人のプレイヤーが現れた。
「あなたがバードンさん? さっきは助けてくれてありがとう」
「おう、どういたしまして。元気でなにより……だ?」
緊張しているのか若干硬い女性の声にバードンは返事をすると、戦況図から声の方へ視線をずらした。
そこにはタイタンフレーム用のパイロットスーツ、ウェットスーツを薄くした様な見た目で、要所要所にプロテクターが付いている。通称ぴっちりスーツを着込んだ黒髪ロングの高校生くらいの見た目のびしょ濡れの女性プレイヤーが立っていた。ぶっちゃけホラーだった。そしてその足元には水たまりを避ける様な位置にDFと思わっる犬、コーギーがハッハ言いながらしっぽを振っていた。
濡れてたままの姿に一瞬ギョッとしたバードンだったが、とっとと済まそうと右の手のひらを上にして差し出し、何かを受け取るポーズをした。それを見た女性プレイヤーは何かを考え込むように斜め上を睨むと、右手をバードンの手の上に重ねた。
そして数秒後。
ん? とバードンが首をかしげると、女性プレイヤーは何かを思いついたのか表情を明るくし、足元のコーギーを抱きかかえるとその前足をバードンの手に『お手』の様に乗せると、コーギーはワンと鳴いた。
バードンは考えた。たしかに犬のぷにぷにの肉球を触れた事は嬉しい。が、これはあのタイタンフレームの全損額の10%に値するのかと、もしかしたら俺が知らないだけでこの犬はとても有名で、その肉球に触れる為には相当の額を積まなければならない。とかそんな可能性があるかも知れない。価値観は人によって大きく変わるが、正直言ってお金払ってまで犬の肉球を触りたいとも思わないし、かといって下手な事言ってなんかこう面倒な事になっても嫌だ。なによりなんでこの人濡れたままでいるんだ? 有名(悪い意味で)プレイヤーなのか? でも掲示板でもこんな特徴のキャラは見た記憶がないし──
フリーズしているバードンを横目に満足したのかコーギーを下におろすと、女性プレイヤーはバードンの向かいに座った。
バードンが長考から戻り正面を見ると女性プレイヤーが座っていた。とりあえず会話の糸口として聞いてみる事にした。
「あー、とりあえず乾かしたらどうだろう?」
バードンが伝えると女性プレイヤーは立ち上がりバードンの横の席に座ると背を向けこういった。
「ありがとう、拭いて」
バードンはその言葉に対し天を仰ぎ一瞬思考の海に落ちそうになったが、耐えると伝えた。
「その必要はない、まずはメニューを開いて、そうログアウトとかする時に出すやつ。それの設定の項目、歯車のアイコンのやつだ。それを開いて表現の設定の中に『水濡れ表現』のオン、オフの所をオフにする。そう、ほら乾いた。んでまたオンに戻す。そうすれば一瞬で乾くし、今までと同じ設定のままでいられる」
女性プレイヤーは目を大きく開き、振り向くと髪を触りながら答えた。
「本当だ。一瞬でかわいた、詳しいんだ。ですね」
そういうと再びバードの向かいの席に戻っていった。
なぜ座る……。バードンは謝礼は欲しいが、面倒な事に巻き込まれたくはなかった。といっても女性が苦手とかそういう事ではなく、ギアーズ・コンクエストは女性比率が低いのだ。全プレイヤーの1/10以下とも言われていて、周りを見ても女性プレイヤーは珍しい。なぜならVRゲーム本体の仕様によってゲーム内の性別は肉体の性別に固定されているからだ。よって女性キャラを使ているのはリアルでも女性という事になり、一部の男性プレイヤーは取り巻きとなって、やたらと世話を焼いたり、モノを貢いだりと気を引くことに躍起になっているのだ。相手が見た目通りの姿でも年齢でも無いというのに。そしてそいういう男性プレイヤーは、対象の女性プレイヤーに近づく他の男性プレイヤーに対しやたら噛み付くのだ。これが実に面倒くさい。先程の行動を見てバードンは目の前の女性プレイヤーを『取り巻き付き』のプレイヤーと当たりを付けていた。
バードンは下手に謝礼を求めてこじれ、後で取り巻きにわめかれる位なら、ここはあきらめて当たり障りなく穏便に済ませお帰り願おうと考えていた。となれば、バードンの中で当たり障りのない会話ベスト3に入る『題目:DFについて』で適当に話した後で別れてしまおう。
「そのDFのコーギーはなんていう名前なんだ?」
「かわいいでしょ、ウェルシュ・コーギー・カーディガンの小太郎よ」
そう言うとマリアベルは足元の小太郎を抱きかかえると膝に乗せ、前足を机の上に乗せた。そして細かい犬種を言われてもサッパリ判らないバードンは「そうか」とだけ返した。
「はーい、小太郎~挨拶しましょうね~」
女性プレイヤーがそう言うと小太郎は元気よく「ワンワン!」と吠えるのだった。それに対しバードンも「よろしく」と返したが、返事は「ワン」と鳴き声だった。そこでバードンは気になったことを聞いてみた。
「1つ聞きたいんだが、あー君は、」
バードンが何と呼ぼうが言い淀んでいると、「マリアベルよ」と女性プレイヤーは名乗った。
「マリアベルさん、小太郎君が喋れないのには何か理由が? DFと会話が出来ていれば今回の様な事は防げたかも知れないと思ってね」
「小太郎は犬だから喋れないと言われたけど?」
「ん? 誰に?」
マリアベルは一瞬黙ると、何かに気づいたのか眉間に皺を寄せてぶすっと答えた。
「……元クランの男子に」
バードンは地雷を踏んでしまったと一瞬焦ったが、セーフだった。
「そうか、一応聞くが小太郎君とは喋りたいか?」
「話したい、でも犬だから無理なの。いくら見た目が同じでも作り直すとかはダメ、小太郎が可哀そうでしょ」
「勘違いしている様だが、DFは基本的に話すことが出来る。最初に受け取ったときに説明をがあったはずだが……まぁいい、さっきと同じでメニューから設定を開きDFの項目、『Digital Familiar』ってやつ、それを開いて、会話の所をオンにするんだ」
メニューを開いたマリアベルは、バードンの言われるがままに操作した。するとマリアベルの膝の上に居た小太郎が口をひらく。
「ああ、マリアベル。やっと話すことが出来ました。そしてバードン殿ありがとうございます」
「お、おう。なによりだ」
やたらといい声で、凛々しい喋り方をするコーギーという絵ずらに若干気押されつつもバードンンは返事をした。
それを見たマリアベルは、さっきよりも大きく目を開き感動していた。
「小太郎がしゃべった~、しかも碧川さん風の声で!! って、思い出した。そういえば最初に設定してたんだった!!」
「申し訳ありませんでした。私がもう少し早く話せるようになっていれば、彼らの仕打ちをもっと早くに伝える事が出来たというのに」
「いいよいいよ! 私は小太郎さえ居てくれれば大丈夫だから」
感動の会話を繰り広げる二人をよそに、バードンは気配を薄くし、ここから離れようとしていた。半地雷ぽかった『元クランの男子』、そして今しがた小太郎が発した『彼らの仕打ち』、この二つは繋がっているのだろう。そして、取り巻きの連中が見当たらないのは何かあって事なのだろう。興味が無いと言えば嘘になるが、これは面倒くさそうな匂いがプンプン感じられた。
バードンが音を立てずに椅子をゆっくりひき、立ち上がって去ろうとしたその時。
「バードン殿折り入ってお願いがございます」
やたらいい声で小太郎が吠えた。
席を立ちかけていたバードンは、去ろうとしていたのを誤魔化すために答えた。
「とりあえず食い終わったんで食器をかたしてくる」
そう言うのが精一杯だった。
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