拳の細胞膜

@karaibou

第1話 落とし物

 赤い革、そして目の前。もうすでに殴られる直前だろう。ああ...痛い、ただそう思うだけだ。コングが無情にもリング全体響く。右ストレートパンチをくらい、背中が痛くなるぐらい勢いよく打ち付けられてしまった。悲しいがこれが負けたということ。静かに瞼を閉じ、こう思った。まぁ、俺は勝ちには拘らない。だったらボクシングなんてやるなと親にも言われたこともあったな。


 さて、レフェリーから起こされるタイミングだろう。そろそろこの状況から逸早く立ち去りたいからな。そして、当然勝ったのは額に傷がついてる奴だ。百点満点の笑顔で左手を上げている。


 ふと目線を前にしてみた。なんだあいつ。なにしに来ているんだ?わざわざ観客席の一番前まで来て棒立ちだぞ。そして、なんなんだ他の奴ら全く気にしていない。まぁ優勝の決定的瞬間だしな気にしないのも無理ないか。だが、俺にとってはあまりにも不自然に感じる、男っていうのは分かった、あと年は三十代かな。ああ、そろそろ退場か。疑問が頭の中でぐるぐる回っている。


 俺は棒立ちの変な奴の場所へ行った。もちろん時間が経ったあとだから人なんて関係者ぐらいしかいない。「ん?なんだ、あれ?」おっと、思わず声が出てしまったではないか。落ち着け俺。俺の視線の先には、写真のようなものが落ちていた。だが、こんなもので動揺なんてするわけないだろう。俺は恐る恐る写真を手に取った。やっぱりそうださっき右ストレートパンチを食らったあいつだ、遠くからでも、分かりやすい顔写真だ。だが、なんでこんな物を置いてあるんだ?ただの厄介ファンかもしれない、そう考えると俺はビビりかもしれないな。


 遠くから、声が聞こえる。「勇気、勇気!」どうやら俺の名前を呼んでいたらしい。気付かないものなんだな集中していると、聞こえるのは退場口辺りだ、写真をポケットにしまい駆け足で向かった。

 


 「おい、良かったぞ。さっきの戦い、勝ちがあるところに負けがあるんだ。お前頑張ったな。」俺を呼んでいたトレーナーだ。負けたのに、褒められるなんて変な感じだ。しかも、俺と同じような人だ勝ちに拘らない。そうだ、さっきの事話してみるか。口を開こうとする前にこんなことを言い出してきた。「それとな、最後のお願いがあるんだ。あまり人と関わるじゃないよ」どういう事ださっきと関係があるのか?最後のお願いってなんだ?そんな事話されトレーナーは何処かいってしまった。あまりにも気味が悪い。嫌がらせなら手が込んでいるな。話をする時間もなかった、昔からマイペースの奴だが、今回はひどい。はぁ、こんなモヤモヤが取れないなんて、私生活に影響が出てしまう。


 俺は棒立ちの変な奴の正体を調べることにした。これから何が起きるのだろうか、心が踊ると同時に恐怖も湧き出ていた。


 



 


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