空架にて

 空架高校は、シロガネの北側に位置している。南側に位置している三鉄から移動するので、向かうには少し大変なところがある。けど善は急げとも言うので、僕たちは今日中に急いで空架に向かうことにした。


「北の方とか行ったことないな」


 シロガネには、シロガネ内専用のバスが通っている。たまに人気アニメとコラボしてラッピングバスになることもあるこのバスだが、今日は制汗剤の広告で彩られていた。

 シロガネの北の方……空架高校があるところは雪羽ゆきわという区の方にある。シロガネには四つの区があり、それぞれ四季の景観が割り振られているのだが、雪羽区は北にあることもあって冬の光景を楽しめるのだ。人口の雪が積もっている光景は、なかなか見てて粋なものがある。……話が逸れた。


「操はあまり三鉄の周り以外行ったことないの?」

「そんなことはないけど、雪羽の方はあまり行かないんだよ。三鉄ってだけでバカにされたりするしな」

「そもそも他の学校がある区には行く機会が少ないでありますよね。プラチナムがある中央にはよく行くでありますが」

「中央には施設集中してるしな」


 なんだかんだ、瑚白と操は仲良くなっていた。最初瑚白は操に対して警戒していたようだが、操が気にせず話しかけていたら警戒を解くようになっていた。


(……それにしても)


 雪羽に近づくにつれて、僕たちを横目でチラチラ見ている視線を感じるようになっていた。……恐らくだけど、三鉄の制服を着た操が一緒にいるからだろう。三鉄の生徒が空架のある雪羽に向かっているのが珍しいのもあるんだろうけど、恐らくそれだけ三鉄の生徒が悪く見られているのもある。


(でも、操みたいな子だっている)


 操みたいに真摯に先生狩りという事件に向き合っている生徒だっているのだ。そのことが少しでも伝われば良いんだけど……。


「バス混んできたでありますな」

「そうだね」


 バスはだんだん乗り込んでくる乗客が増えてきた。座席がどんどん埋まってくる。


「ばあさん、ここ座んな」

「おや、良いのかい?」

「あぁ、あたしはそろそろ降りるしな。気にすんな」

「ありがとねぇ」


 操はバスに乗ってきたおばあさんに席を譲っていた。そんな操を、意外だと言わんばかりの目で近くの乗客が見ていた。


(……操はかっこいいな)


 自分に集まる厳しい視線を物ともしないで、自分のやりたいように行動する。その堂々とした姿に惹かれて、彼女の舎弟を名乗る生徒が少なからずいるのだろう。


「ん?なんだよ先生」

「何でもないよ」


『次はー、雪羽ー。雪羽ー……』


 雪羽のバス停が近づいてきているアナウンスが聞こえたので、僕たちはバスを降りることにした。



「ここが雪羽……」


 バスを先に降りた操が、雪羽の光景に呆気にとられたようにそう呟いた。……まぁ無理もないかな。シロガネの南側にある三鉄付近は、夏のような光景が広がっている。同じ都市の中にあるというのに、真逆の季節の光景を見たら誰だって驚くだろう。


「この雪、溶けないのか?」

「人工雪だからそう簡単には溶けないと思うよ」

「相変わらずここは見てるだけでも寒いであります……」

「月枝は何回かここに来たことあるのか?」

「もちろんであります!小生の第一志望校は空架だったでありますから」

「そうなの?」

「頭良いんだな、月枝って」

「結局は神楽坂に変えたでありますがね……」

「何かあったのか?」

「そ……それはもっと仲良くなったら話すであります!」

「なんだそりゃ」


 そんな感じで賑やかに三人で空架に向かっていると。


「止まれ」


 空架の制服を着た少年たちに前を塞がれた。


「三鉄のやつが何の用だ。それも大人を連れて」

「それをあんたに話す必要がどこにある?」

「あるに決まってるだろう?三鉄の生徒が空架の敷地内に乗り込んでくるなんてただ事じゃない。なら、聞いておく必要はあると思うが?」

「ハッ、ずいぶん信用されてないんだな。あんたたちのことだ、どうせ真実を言っても信じやしないんだろ?」

「言いがかりはやめてもらおうか。第一――」

「はい、そこまで」


 僕は言い合いを始めそうになっていた空架の生徒と操の間に割り込んだ。


「大人が何の用だ。首を突っ込むな」

「そういうわけにはいかないかな。なるべく穏便に済ませたいんだ、喧嘩が始まりそうになったら誰だって止めるよ」

「喧嘩など、そんな低俗なことをするように見えるのか?この我々が?ハッ、見る目のない大人だな」

「なっ……!福本先生に向かって何でありますかその口の利き方は!」


 僕が言い返すよりも先に、瑚白が飛び出した。瑚白の感情に呼応するように犬耳に似た跳ねっ毛が持ち上がっている。


「福本先生は小生たちみんなのことを考えている素晴らしい先生なのでありますよ!そんな小生の尊敬する人を侮辱するような言い方は小生が許さないであります!」

「なんだ?お前」

「いや、それよりも……先生?」

「あぁ、うん。そうだよ、僕は新しくプラチナムに派遣された先生の福本カズネって言うんだ。よろしくね」

「ふーん……。また弱そうなのが来たな」

「すぐ狩られちゃいそうだよなぁ。こんな頼りなさそうな大人」

「むがーっ!!」


 瑚白が完全に頭に血が上ってしまってる状態になってしまった。僕は瑚白を宥めるのを操にまかせ、また空架の少年たちに歩み寄る。


「君たちは、大きな勘違いをしているようだね」

「あ?」

「勘違い?」

「空架は雪羽にある学校で一番敷地が大きいだけ。だから雪羽で一番偉いわけでもないし、ましてや君たちにその権力が与えられたわけでもない。よく覚えておくといいよ、君たちは大したことない」

「あぁ!?んだと!?」

「殴るなら殴れば良いよ。後ろの彼女が怖くないならね」

「三鉄のやつが怖いわけねぇだろ!!こいつふざけ――」

「ふざけてんのはテメェらだろうが」


 声を張ったわけでもないのに、よく通る凛とした少女の声が聞こえてきた。その少女の声が聞こえると同時に、少年たちは制圧されていた――一人の青年の手によって。


「いかがされますか、アサヒ様」


 スラっとした長身の青年は、後ろでこちらの様子を伺っている少女に目をやった。空架の制服を着崩した少女は、あくまで冷静に青年に指示を出す。


「懲罰房にでもぶちこんどけ。あそこならまだ空きがあんだろ」

「かしこまりました」

「あぁ、ケイお前はここにいろ。念のためな。こいつらを運ぶのはナオトにでもまかせりゃいい」


 不遜な態度の少女は、こちらをじっと見据えている。少女の真紅の瞳は、僕たちを見定めるような目で見ていた。


「はじめましてだな、先生」

「うん、はじめまして。君は?」

「おいおい、人に名前聞く前に名乗るのが道理だろ?……ま、オレは寛大だから許してやるよ。――オレは王宮おうのみやアサヒ。空架の生徒会長だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る