福本カズネはここから始まった
「はぁ……はぁ……!お、おく、れ……!遅れゴホッ、お、おぐ……!!」
「一旦落ち着いて水飲みましょうか?」
待ち合わせ時間を優に超してることに気づいた後、僕は慌てて神楽さんに連絡をとった。約束をすっぽかしてしまった僕に対して怒るどころか心配してくれた神楽さんに申し訳なさを覚えつつ、改めて待ち合わせ場所と時間を決め直して僕は葵に案内してもらって神楽さんと合流した。
「はぁー……。ありがとうございます、神楽さん。それと何の連絡もなく約束をすっぽかしてすみません」
「いいんですよ、あらましは葵くんから聞いてます。災難でしたね」
「神楽さんと葵は知り合いなんですか?」
「
「あぁ、葵は探偵って聞い……て…………彼女?」
「?はい。若狭葵くんは女の子ですよ」
一瞬の間の後。僕の絶叫が再び響いた。
「すみません、取り乱して……」
あの後神楽さんから葵のことを詳しく聞いた。
若狭葵。現在十四歳の少女。十四歳ながら神楽坂高校に通っているのには、幼馴染みである影宮椿が関わっている。
影宮椿は生まれつき発声障害があり、しゃべれないのだという。意思疎通をするには筆談が必要不可欠なのだが、葵は椿の目を見るだけで椿の言いたいことがわかるらしい。そこで通訳のため、編入生という形で葵は神楽坂高校に在籍しているそうだ。
「多感な時期の、それも女の子に失礼な態度とってないか不安になってしまって……」
「福本さんなら大丈夫だと思いますよ」
「だと良いんですけど……。その椿って子もカムイなんですか?」
「そうですね。彼は強力な加護を持っているカムイでして。それ故に特別視されているのです。たしか彼は……トリックスターから加護を受けたカムイでしたね」
「え?」
僕は違和感を覚えた。椿に加護を与えたという神の名をつい最近聞いた覚えがあったからだ。そう、たしかそれを聞いたのは――
「福本さん?」
「な、なんでしょう?」
「いえ、何か考えているようだったので……。大丈夫ですか?」
「は、はい!大丈夫です!それよりも本題に入りませんか?」
「それもそうですね」
気になる点はあるが、それを解明するのは後だ。時間ならあるのだから。神楽さんに本題を促すと、神楽さんは頷き口を開いた。
「本題、というのは福本さんを先生に任命した理由についてです」
神楽さんの真剣な口ぶりに、自然と僕の背筋も伸びる。僕を先生に任命した理由。それは何よりも一番聞きたかったことだ。僕は黙って頷くことで、神楽さんの次の言葉を待った。
「貴方を選んだ理由。それはやはり貴方が数少ない天使との契約者であるという理由が強いです」
「それは……なんとなくですけど、勘づいてました。僕が先生に選ばれた理由を考える度に、そうじゃないかって思ってたので」
「天使との契約者を手元に置いておきたいという気持ちはたしかにありました。しかしそれ以上に、福本カズネさん。貴方を見込んでのスカウトでもあるのです」
「僕を見込んで……?」
神楽さんは頷く。
「貴方なら、生徒を正しく導ける。私はそう判断しました」
「それは過大評価しすぎですよ。第一、天使と契約してること以外僕に取り柄なんて――」
「
その名前が神楽さんの口から出た時、僕は固まってしまった。頭が真っ白になって話を聞いているどころではなかったけど、僕は意識を持ち直して話を聞き続けることにした。
「……あの時のことは、本当に申し訳なく思っています。あの日、私たちはただでさえ数少ない天使との契約者を減らしてしまった上、福本さんの大切な人まで犠牲にしてしまった」
「……いえ。神楽さんが謝る必要なんてどこにもないですよ」
「それでも、謝らせてください。あの事件は確実に貴方に傷を残しているでしょうから」
「……」
ダーティレイン事件。それは僕がまだシロガネにいた頃に起きた、悪魔との契約者が異能を暴発させた事件だ。
基本僕たちはどの人外との契約も許されている。妖怪、天使、妖精……様々な種族の人外との契約ができるわけだが、唯一許可が下りてないのが悪魔だ。
悪魔との契約で手に入れられる異能は強力だ。人々は何かしらの代償を差し出すことでしか悪魔と契約できないのだから。代償は多岐にわたるが、一番多いのは寿命らしい。……話が逸れた。
要は悪魔との契約で強力な異能を手に入れることはできるが、その分人の手に負えないほどの強い力が与えられることもあるのだ。――そう、ダーティレイン事件のように。
忘れもしないあの日。炎の悪魔イフリートと契約した少年が、人の多数往来する道路の中心で力を暴発させ数多の火の玉が少年の体から弾けた。イフリートの操る火の力は強大すぎるあまり、火の玉が触れただけで体が蒸発してしまった人もいたらしい。
あの日、僕もまた現場の近くを歩いていたが大した怪我は負わなかった。僕を守ってくれた人がいたからだ。
僕はその頃まだケルビムと契約を交わしたばかりで、力の制御がうまく利かなかった。それもあって飛んでくる火の玉が直撃しそうになった時――僕を庇う人影が見えたのだ。その人の名前は早乙女ルカ。神楽坂高校の生徒会長だった人だ。
火の玉が直撃したルカ会長は無傷では済まず、重いやけどを負って入院した。結果ルカ会長は亡くなってしまったのだが……あの人が最期に遺してくれた言葉を、僕は今も覚えてる。
――福本カズネくん。君は人々を照らし明るい道へと導く灯火になってほしい。
あの人が、僕にこの炎の正しい在り方を教えてくれたのだ。だから、僕は。
「たしかに、あの日のことは忘れられません。……でも、あの日がなければ僕はここにいません。だから、僕は――この傷を忘れずに生きていたいと思うんです」
「福本さん……」
「だから、謝らないでください。僕はこの傷とともに生きていきます」
僕の言葉に、神楽さんは微笑んだ。
「強くなりましたね、福本さん。やはり貴方を先生に選んで正解だった」
「あ、いや……。そんな、僕は」
「謙遜なさらないでください。……さて、本題も話し終えましたし、貴方も色々あって疲れたでしょう。仕事場と貴方の家を案内して今日は終えましょう」
「仕事場……っていうと」
「はい。シロガネで超法規的な権限を誇り、先生が所属する組織――プラチナムです」
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