天使との契約者

「ボクが見たかぎり、カズネ先生のホワイトベルを奪った生徒は三鉄の中でも下っ端だろうね」


 僕と葵は、葵が影から生み出したバイクに乗りながらシロガネを移動していた。葵が運転するのかと思っていたけど、葵の手が動かずともバイクはひとりでに走行を続けている。影からバイクが生み出された時点で薄々気づいていたが、バイクもまた葵の能力の一つなのだろう。


「その根拠は?」

「人を見極めないでホワイトベルを奪ってるからネ。本物の悪党なら喧嘩を売る相手は見極めるものだよ」

「なるほど……?」

「おや、ボクを疑ってる?」

「そんなわけじゃないよ。ただ、葵の観察力に舌を巻いてただけというか」

「それは光栄だね。さ、そろそろ着くよ」


 どこに、と聞くよりも先にバイクが止まった。ひとりでに走っていたバイクは、シロガネ郊外の空き地に僕たちを案内していた。空き地には何人かの少年がたむろしている。たむろしている少年はみな三鉄高校の制服を身にまとっていた。


「はい、到着」

「げぇっ!?さっきの!?」

「や、やっぱ先生のホワイトベル奪ったのはマズいって……!」

「ひ、怯むな!どうせあっちはただの契約者で――」

「ボクもいるヨ?」

『た、探偵!?』


 いつの間にか少年たちの後ろに回っていた葵の声に、集まっていた少年たちは一斉に後ろを振り返ってのけぞった。そのあまりに揃った動きに感心しそうになるが、今は僕のホワイトベルを奪い返すのが先だ。


「僕のホワイトベル、そろそろ返してもらえないかな?」

「そ、そう簡単に返すもんか!」


 少年たちは戦闘態勢に入る。葵がどうする?とでも聞きたげにこっちを見てきたが、僕は上着を脱ぐことでそれに答えた。


「そっちがその気なら、良いよ。それに応えてあげよう」

「良いのかい?先生」

「三鉄の子なら実力でわかってもらった方が早いだろうからね」

「それも一理あるね。じゃあボクは安全なとこにいるヨ」

「うん、そうしてもらえると助かる」


 葵が隠れたのを見届けると、少年たちが僕を取り囲んでいた。


(数は……八人。制圧できるかは相手がカムイか契約者かにもよるけど……負けるわけにはいかない)


 僕は拳を手のひらに打ち付け、気合を入れた。一拍深呼吸を挟み、心を空っぽにして相手を見据える。


「来なさい」


 僕の挑発に、少年たちは容易にかかる。一斉に殴りかかってきたので、僕はその場にしゃがんだ。それだけで何人かは勢い良くぶつかっていき、痛みに悶えていた。

 それでもまだ何人かは残っている。しゃがむことで自ら動きの幅を減らした僕に、好機とばかりに襲い掛かってくる。


「甘いよ」


 僕はブレイクダンスのヘッドスピンの要領で、腕を地面につき足を勢い良く回転させた。


「うおっ!?」


 予想通り、少年たちは僕から距離をとる。そして回った勢いのまま僕は立ち上がった。

 立ち上がり、周囲を確認する。さっき仲間同士でぶつかって自滅した少年三人はまだ痛みで悶えてる。復活するにはまだ時間がかかりそうだ。


(残り五人、か)


 残った少年たちはなかなかに体格の良い子ばかりだ。体力の差もあれば筋力の差だって生じるだろう。僕は自慢ではないがインドア派なので、体格が良いとはお世辞にも言えない。


(なら、か)


 とは言っても、燃やす対象は彼らではない。――僕だ。


「――回れ、炎の剣」


 心臓のあたりを一度叩く。それだけで体の奥から徐々にゴウッ……と炎の燃え盛る音が聞こえてくる。


――着火は完了した。


「後は君たちを倒すだけだ」

「なにナメたこと言って……ふぐっ!?」


 一息で少年一人との距離を詰めると、僕はみぞおちのあたりを殴った。それだけで少年は軽く吹き飛ばされ、壁まで飛んでいった。


「なっ……うがっ!?」

「ひぃ、いぎぃっ!?」


 僕は次々と少年たちを制圧していく。


(本当は、この力にはあまり頼りたくないけれど)


 それでも、シロガネここで生きていくには必要不可欠な力だ。だから僕はこれに頼るしかない。


「……なるほどね。回る炎の剣、か」


 少年たちの制圧を終えた僕のすぐ近くに葵が軽い足取りで近づいてきた。


「葵に怪我はない?」

「トーゼン。先生のおかげでネ。先生、ボクが人質にとられないようにボクが彼らの視界に入らないようにして戦ってたんでしょ?」

「それもバレてたんだ。葵はすごいなぁ」


 はは、と乾いた笑いを漏らす僕を、葵は笑顔を崩さないまま見つめている。


「――智天使ケルビムかな」

「……それも見てただけでわかったの?」

「いーや。先生の呟きでしかわからなかったネ。回転する炎の剣……それはケルビムとともにエデンの園に置かれた物だ。今は先生の体内に宿っているようだがね」


 探偵らしく鋭い眼で僕を見つめる葵を前に、これは隠せないな、と僕は両手を挙げながら答える。


「その通りだよ。僕は智天使ケルビムと契約した契約者だ。ケルビムは契約の時、僕に回転する炎の剣を与えた。それは今は僕の体に宿っていて、様々な力を僕に与えてくれているんだ」

「さっきの身体能力のブーストもそれかな?」

「うん、そうだね。理屈はうまく説明できないけど……まぁ僕に与えられた加護の一つだとでも思ってもらえればいいかな」

「天使との契約者ねぇ……。少ない少ないとは聞いていたけど、ボクもこの目で見るのは初めてだな。たぶんだけど、今のシロガネにも天使との契約者っていないんじゃない?」


 実を言うと、天使との契約者はカムイより少ない。僕も生まれてこの方自分以外の天使と契約した人間を見たことがないくらいだ。

 天使はそのイメージ通り、神から課せられた戒律を厳しく守っている。それ故とても厳格で、天使のお眼鏡に合う人間はなかなかいないらしい。そんな中、なぜ僕が契約者になれたのかはわからない。でも、与えられた以上は正しく力を使いたいと思っている。


「いやぁ、まさか先生が天使との契約者だなんてね。そんな人と知り合えて幸運だヨ、ボクは」


 葵は僕に向かって何か投げてきた。それを受け取って何か見てみると……僕のホワイトベルだった。


「いつの間に!?」

「先生の喧嘩が始まる前に、かな?本当は穏便に済ませるつもりだったんだが、先生が喧嘩に乗り気だったから渡さなくても良いかと思ってネ」

「いや渡してくれたら喧嘩することもなかったよ!?」

「先生が喧嘩してくれたからこうやって穏便に帰れるんだから、結果オーライだろう?さ、帰ろうヨ。待ち合わせ時間もう過ぎてるだろ?」

「待ち、合わせ……」


 僕は腕時計に目をやった。待ち合わせに指定されていた時間は午後二時。一方で腕時計の針は午後四時を優に回っていた。


「ち、遅刻だーっ!?」


 僕の絶叫が空き地に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る