不香ノ花、玲瓏ノ響

夜野千夜

福音はもたらされた

「……ここが、シロガネの入口」


 僕は身の丈を優に超える、機会化された巨大な門の前に立っていた。鉄でできているからなのかそれとも部外者だったからなのか、眼前の門からは冷たい印象を受けてしまう。門がしゃべったわけではないけれど、ここから先は絶対に通さない、といった意志が感じられるというか。


 ……でも、いつまでも日和ってるわけにはいかない。待ち合わせに間に合わなくなってしまう。僕は勇気を出して、首から提げていたパスを入口横のカードリーダーに提示した。


『福本カズネ先生デスネ。オ待チシテオリマシタ』


 良かった、はじかれることはないらしい。いや正規ルートで渡されたパスなのだから通らなかったらおかしいのだが。

 僕は安堵しつつ、ガシャンガシャン音を立てて開いた門を通った。



 今から一週間前のこと。


「福本くん。君はクビです」


 にこりと微笑みながらそう通達したシスター長に、僕は呆然とした。


「えっ……な、え……」


 何か不手際があっただろうか。いやきっとあるに違いない。僕はまだまだ見習いだから学ばなければいけないところもたくさんある。

 でも、だからって。それに昨日までシスター長だってゆっくり覚えていけば良いのよ、と励ましてくれたじゃないか。それなのに、なぜ?


「あのね、福本くん。何も君が悪いことをしたわけじゃないわ。ただ単に君をスカウトしたいってところからお話が来て、それがとても良い条件だったからそこで勤めるのが君のためになると思っただけよ」

「で、でも僕は」

「君の力はこんな片田舎で腐らせるべきではないわ」


 シスター長は初めて笑顔を崩して真剣な表情で僕を見つめた。……シスター長のこんなに真剣な表情を見るのは初めてだ。シスター長はいつだって穏やかで、いつも優しい微笑みを浮かべた女性だった。その微笑みが崩れることはどんな時だって無かった。


「福本くん、君はきっとそこでもうまくやれるわ。だって私がそう見込んだもの」

「シスター長……。……わかりました。今までお世話になりました」

「えぇ、頑張ってね」

「それで、僕をスカウトしたっていう物好きな人は一体誰なんですか?」

「あぁ、それはね――学園都市シロガネ創設者の一人、神楽理人さんよ」

「…………へ?」



 学園都市シロガネ。そこはとても異質な場所だ。

 

 シロガネの学校に通う生徒はみなカムイか契約者だ。カムイとは生まれた時に神から祝福を受け、加護という能力を手に入れた者を言い、契約者は人外の存在と契約を交わし異能を手に入れた者を指す。カムイか契約者であることが発覚した時点で、その子はシロガネの学校に通うことが義務付けられている。シロガネが創設された当初は反対運動なんかも行われたらしい。監獄、と揶揄する人もいたそうな。

 これに対し、創設者たちは生徒たちのシロガネでの自由な生活を保障した。


『私は子どもたちの未来を奪うためではなく、未来を築くためにシロガネを創るのだ。正しい力との付き合い方を覚え、明るい未来に導く。そのためであれば私財をいくら投じても構わない。さぁ、後は何を望む?』


 そうして創設者たちは保護者たちの要望を次々と叶え、反対していた人々をことごとく黙らせたらしい。金の暴力、と言えなくもない気がする。そうしてシロガネは監獄から日本最高峰の施設を備えた学園都市へと呼び名を変えたらしい。


(久々に来たけど……やっぱりすごい場所だ。ここは)


 実は僕も契約者の一人なので、シロガネで暮らしていた時期がある。その時とはまた街並みが変わっているような気がしなくもない。……まぁ、そのおかげで今困ったことになっているわけだが。


「はぁ……はぁ……!」

「うわおっせー!大人ってほんと大したことねぇな!」


 さっきのことだ。待ち合わせ場所に指定された座標を確認しながら歩いていたら、僕に与えられたここで生活する上で必要不可欠なパス――ホワイトベルを盗られてしまったのだ。そして今、その盗んだ生徒を追いかけているところだ。制服から推察するに三鉄さんてつ高校の生徒だろう。彼らはシロガネにある学校の中で偏差値が一番低い上、荒くれ者が集まると悪い意味で有名なのだ。


 ……それにしても。


(やっぱり体力が段違いだ……!)


 僕は成人して数年経っているからというのもあるけど、ただでさえ力自慢が集まると有名な学校の生徒だ。そんな相手と追いかけっこをして勝てるはずがなく。あえなく僕は見失ってしまった。


「ぜぇ……ぜぇ……!」

「さすがは三鉄の人だよねー。そう簡単には追いつかせてくれないヨ。はい、水」

「あ、ありがとう……。……って、誰!?」


 気づくと僕のすぐ横に少年が立っていた。制服……はたぶん神楽坂高校のものだ。たぶん、とつけたのは神楽坂高校が自由な校風をモットーとしているがために、制服は一応あるけどほとんどの生徒が私服登校を選んでいるからだ。そのため制服を着ている生徒の方が珍しい上、制服を見かけたことの方が少ない。僕も一応神楽坂高校に通っていたけど、僕も私服登校の方が多かったので制服は見慣れていない。


 神楽坂の制服を着た、幼げな少年はニンマリと笑っている。ずいぶん幼く見えるけど、本当に高校生なんだろうか?そう疑ってしまうほどだ。


「やぁ、キミが新しく派遣されたっていう先生だろ?」

「!どうしてそれを?」

「キミが追いかけてた生徒の持ってたホワイトベルが目に入っただけサ。一瞬だったが、先生という字ははっきり見えた。いやー、三鉄の人がここまで向こう見ずとは思わなかったネ。先生に喧嘩売るなんて、サ。彼ら今よりも評判下げたいのかね?」

「いや、それは知らないけども……。と、とにかく追いかけないと」

「おや、向こう見ずはここにもいたか。先の追いかけっこで体力の差は嫌というほど痛感しただろ?それなのにまだ相手の得意なフィールド上に戦うつもりかい?」

「うっ……」


 ……ごもっともすぎる。僕は目の前の少年の正論に反論もできず黙ってしまった。


「それに、だ。何も奪い返す必要はないだろう?ホワイトベルなら紛失した時は申し出により再発行が可能になっている。先生のホワイトベルなら複雑なシステムにより先生にしか使えないようになっていると聞いているヨ。それなら慌てて申し出に行く必要もない。だから――」

「――それだと、彼が盗みを働いたことも報告しないといけなくなる」

「……?それはそうだろう?あの生徒が悪事を働いたのは事実だ。彼はそれなりの裁きを与えられる必要がある」


 首をかしげる少年の言葉を、僕は首を横に振ることで否定した。


「それじゃ、ダメなんだよ。彼はそういう子じゃない。彼をどうするかは、僕に決めさせてほしいんだ」

「……ふーん?」


 こんな時でも頑固さが出てしまう僕が嫌になる。少年の言う通りにするのが一番手っ取り早いのはわかっている。わかっているけど、それじゃダメなんだ。


「だって、僕はなんだろ?」


 少年の澄み渡った青空に似た瞳が僕を見つめる。そして細められたかと思うと、少年は一足で僕との距離を詰めた。


「先生、キミにこれを渡そう」

「……名刺?」

「ボクのホワイトベルのコピーさ。もちろんボクになりすまして使うことはできないが……これには違う使い道があるんだヨ」


 少年の名刺には、こう書かれていた。『神楽坂高校編入生 若狭葵』、と。


「その使い道についてはおいおい話そう。今は先生の依頼を解決することが優先だ。さ、乗りたまえ」


 葵がコンコン、とかかとで地面をノックすると、影がバイクの形に変形した。


「葵、君はもしや……」

「ご明察。ボクはカムイさ」


 ヘルメットを手に、葵は恭しく一礼してみせた。


「ボクは若狭葵。トリックスターより加護を受けしカムイさ。さぁ、乗りたまえ先生。が華麗に解決してあげようじゃないか」

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