第二章

第32話 姫野胡桃は自由すぎる

 いきなりだが、確認しておきたい。俺は一人暮らしをしている。といっても特に家族仲が悪いという訳ではなく、寧ろ極めて良好といえる。


 母さんと父さんは四十を超えてもラブラブ。母さんが父さんの転勤についていったので、今俺は家族からの仕送りで生活している。


 当然着いてこいと言われたし、普通そうするべきなのだが単純に住み慣れた街を離れたくなくて俺の我儘で一人暮らしをさせて貰っているという訳だ。


 高校生にして謎の一人暮らし。まるで学園アニメの主人公の如く謎設定持ち。最初こそ戸惑っていたものの、もう慣れたもんだ。


 そりゃあたまに、寂しいなって思う事はあるけれどあーしろこーしろと口うるさく言われる事もない。


 え?お前の話なんてどうでもいい?なんでこんな話をしているのかって?


 だって‥そりゃあお前‥‥


 何故か毎日遊びに来るようになった姫野胡桃先輩に、俺の自由な一人暮らしが脅かされそうだからだよ!


「優斗くーん!ご飯まだ!?ご飯!お腹すいたー!!」

「少しは遠慮って物を覚えたらどうですかねえええ!?てかまじで何で毎日毎日遊びに来るんですか!え?マジでここ自分の家と勘違いしてません?」

「えーひど〜い!いいじゃない!私と優斗くんの仲じゃない?」

「せめて女子の家行ったらいいじゃないですか」

「え?無理でしょ。日和ちゃん達に迷惑かけられないじゃない?」

「この女!」

「これでも私も悪いとは思ってるのよ?あとちょっとだけ!ちょっとだけだから!!」

「はあ‥。そのちょっとが、まさか一ヶ月近くなるとは‥」


 ごめんね?と可愛く手を合わせて言われるとそれ以上何も言えない。代わりにため息混じりに呟いてしまう。


 気づけば、文化祭までもそう遠くはない。あれから文化祭実行委員についても色々とややこしい事があったが‥それよりも今は胡桃先輩の話だ。


 それに俺だって思春期真っ盛りの男だ。普段の残念さで忘れてしまいそうになるが、胡桃先輩は超が付くほどの美少女。そんな先輩とまるで家族みたいに毎日生活していたら、何がとは言わんが色々俺もマズい。


 こうなった経緯はこうである。近頃いつにも増してニコニコしている胡桃先輩に彼女の両親が何があったのかと尋ねた。何も考えず友達が出来た事を報告した先輩は、口が滑って親友とも仲直り出来たと話を盛ってしまったらしい。すると離れていた期間を埋める為に昔のようにいっぱい遊べと言われて――


 先輩が引くほど大泣きして喜んだ過保護な両親に今更嘘とは言えず、今に至るというワケである。


 ちなみに、その親友は当然胡桃先輩の家にもよく行ってたそうだがそこは適当にごまかせているみたいだ。


 日和も胡桃先輩が家に遊びに来ている事は知っており、頻繁に遊びに来るようになったのだが流石に毎日来る事はない。


 妹の栞ちゃんも来たいと駄々をこねるそうで、遊びに来る時は大体連れて来てくれるのだが小学生を毎日遅くまで遊ばせるのは小百合さんが心配らしい。


「はい、出来ましたよ」


 なんやかんや言いながらも、今日も二人分作ってしまった料理を渋々胡桃先輩の前に持っていった。一人で暮らしてると、どうしてもカップ麺とかで適当に済ます事が多かったが胡桃先輩が来るようになって自炊する事が増えた。勿論食事代は折半だが、こうやって一緒にご飯を胡桃先輩と食べる事も多い。


 別に何て事はない、至って普通のオムライス。だというのに胡桃先輩は勢いよく頬張り、幸せそうな顔をした。


「んー!!美味しー!!やっぱり、優斗くんって料理上手よね!!」

「明日は先輩が作ってくださいよ?」

「勿論よ!お姉さん腕によりをかけて作っちゃうんだからっ!あってか明日って優斗くんが言ってくれた!明日も来ていいって事だよね!?やった!」

「へいへい‥」


 こうやってどんな物でも本当に美味しそうに食べてくれる所や、裏表の一切ない笑顔は本当に魅力的だと思う。


 二人でいつものようにテレビを見て笑い合いながらご飯を食べ、腹ごしらえにゲームをして遊んだり、他愛もない会話をして先輩が帰る時間が近づいてきた。


 冗談を抜きにして言えば、別に手のかかる姉が家族になったと思えば嫌な毎日ではない。寧ろ楽しいくらいだ。


 だがいつまでもこのまま‥という訳にもいかないだろう。少し真剣な話をする事にする。


「先輩‥その‥親友の柊木愛梨ひいらぎあいり先輩と仲直りの事なんですが、いい加減に胡桃先輩の方からちゃんと話したらどうですか?」

「‥‥うん」


 先程まで明るかった先輩の顔が途端に曇り出す。今まで協力しようにも、先輩が柊木先輩の話をすると暗い顔をするから言い出せずにいた。だけど流石にそろそろ勇気を出して向き合わなければいけない。


「何か話しやすい話題とかないんですか?二人共通の好きな事とか」

「うーん‥二人が絶対盛り上がる話はあるにはあるんだけど‥その‥」

「え?何かよからぬ話で盛り上がってたんですか?」

「ちちち違うわよ!‥実は日和ちゃんなの」

「は?」

「愛梨といつも日和ちゃん可愛いねって。一緒に仲良くなろうねって。愛梨は大人しい子だから私の方が悪目立ちしてたけど‥彼女も日和ちゃんの事が大好きで。それでね‥私が先に日和ちゃんと仲良くなっちゃって、一緒に楽しそうにしている所を愛梨が見てて‥。その時の愛梨、いつもとても悲しそうな顔するの‥。私が抜け駆けしちゃったからだと思う。だから余計に話しづらくなって‥」

「あー‥」


 なるほど。でもそれって愛梨さんは――


俺が考えている通りなら案外簡単に仲直りできるかもしれない。


「先輩、明日日和に一緒にお願いしましょう。話すきっかけさえあれば、なんか思ったより簡単に解決出来そうですし」

「え!?明日!?いきなりじゃない!?」

「いやいや!善は急げですよ!それにそろそろ本格的に胡桃先輩の両親に申し訳ないですし」

「うう‥でも‥日和ちゃん‥お願い聞いてくれるかしら‥」


 日和ちゃあああんと胡桃先輩が泣き出してしまう。というのも胡桃先輩が毎日俺の家に来るようになってから、日和が露骨に胡桃先輩をライバル視しているからだ。


 胡桃先輩は俺を男と思ってないって何度も言ってるがすっかり拗ねてしまっている。


 先輩と仲が悪くなったわけでは決してないのだが、なにかと張り合おうとするのだ。


「大丈夫ですって。日和は胡桃先輩が大好きですから」

「私も日和ちゃん大好き!!!」

「じゃあ明日早速朝お願いしましょう」

「‥分かったわ。そろそろ帰るわね。うう‥今から緊張してきたああ。もしうまくいかなかったら、うっかり優斗くんが生粋の巨乳好きって事日和ちゃんにバラしちゃうかも!男の子だから仕方ないけど、もっとちゃんと隠さないとダメよ?じゃあね!また明日!!」

「はあ!?何でそれを!?ちょっと先輩!?」

「ふっふー。嘘よ。いつも本当にありがとね、優斗くん」


 悪戯っぽく笑ってウインクする先輩に少しだけドキッとしてしまう自分がいた。


 ‥隠し場所、ちゃんと変えておこう。

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