第31話 賑やかな日々の中で
「それにしても結局あの後、伊集院の奴何のアクションもしてこなかったね〜」
例の件から一週間。俺たちは皆で焼肉店の個室でワイワイと賑わっていた。肉を焼いて待っている間、ふと早乙女が呟く。
「あれだけキレてたのにな。それどころか、伊集院が顔をボコボコにして学校に来た時は俺も心底驚いたよ‥」
うんうんと恭二の言葉に皆で同意する。だが何より一番驚いたのは‥‥
「でもさ、まさか伊集院のお父さんが直接家に謝りに来るなんて思ってもなかったよ‥。なあ?瑠奈」
「え?あ、うん‥そうだね‥」
あの日の夜、なんと伊集院のお父さんが俺の家に来て謝りにきたのだ。瑠奈の家には伊集院本人も父親と一緒に謝りにきたそうだ。
流石に俺の家に謝りに来るのは、伊集院のプライドが許さなかったようだが‥
『当たり前だがバカ息子が言っていた警察に行くなんて事はしない!しかし頼むッ!これ以上大事にはしないでくれ!』
アイツの父親がこう言って土下座しようとまでしてきた時はマジで焦ったものだ。
正直な所、原因は何であれ暴力を振るってしまった事にかなり焦っていた。顔もよく知らない生徒達がどうするかは分からないが、俺は言いふらすつもりなんて毛頭ない。そんな事をすれば、瑠奈を傷つけてしまう。
警察に行かない事を約束してくれて万々歳、とりあえず一安心である。あとは、逆恨みした伊集院が何もやらかさなけりゃいいが‥‥。
それよりも今はずっと元気のない瑠奈の事が気になる。
「‥綾瀬さん‥元気ない‥大丈夫‥?」
日和も同じ事を思っていたようで、優しく顔を覗き込んでいる。
「え?‥ううん。ありがとう、日和ちゃん。ただ私まで今日呼ばれて本当にいいのかなって。気を使わせてごめんね。みんなに悪くて‥」
「瑠奈っち、もう流石にその話は終わりでよくない?」
「そうよ瑠奈。私達があなたと遊びたくて呼んだんだから」
「‥ありがとう。二人とも」
あのLINEを見た生徒達が広めたせいで、瑠奈と伊集院はすっかり学校中で噂されるようになった。今の所当事者の俺が色んな人に事情を聞かれても瑠奈を擁護してる事もあり、目立った嫌がらせは受けていないようだが‥仲良くしているつもりだった友達は皆離れていってしまったようである。
逆に早乙女と茅野は凄い決断をした瑠奈の事を気に入ったみたいで、最近は二人が瑠奈のクラスに遊びに行く所をよく見る。俺を好きだと言ってくれてる日和との関係も良好だ。
「そうだぜ瑠奈ちゃん!せっかく皆で集まったんだから今日は辛気臭い話は無しだ!!全部忘れて乾杯といこうぜ!!」
暗い雰囲気になりかけた時、いつも場を明るくしてくれる太一はこういう時に心強い。
「はははっ。まったく、つくづく気持ちのいい奴らだな」
「本当に。マジで俺には勿体ねえよ」
「そうか?私は影山の事も含めてそう言ってるんだがな」
そう言って豪快に笑う獅堂も、最近は忍者のように隠れる事なくよく教室に遊びに来るようになった。まあ獅堂という存在がいる限り、瑠奈の学校生活は大丈夫だろう。
「たまには童貞でも良いこと言うじゃない!てか皆胡桃先輩を見てみなさいよ。涎垂らしちゃって話なんて全く聞いてないわよ」
茅野の言う通り胡桃先輩はというと、だらしなく涎を垂らしながらとても嬉しそうに肉が焼けるのをひたすらに待っていた。
先輩は俺たちの視線に気づいくと、ハッと慌ただしくおしぼりで涎をふき取る。
「な、何かしらみんな?あーそうよね‥た、確か一番美味しいお肉の部位について皆で議論してた所だったわよね!お姉さんはやっぱりハラミが一番だと思うの!!」
「うん!やっぱり先輩はやっぱり先輩だ!!だがそこがいい!!マジでそういう所可愛いと思います!」
「それは褒められてるのよねえ!?なんだろう‥みんなの目が生暖かいのは気のせいかしら!?」
プッと吹き出す皆に先輩は可愛く不満顔をする。いつも思うが、一番気持ちの良い性格をしてるのは胡桃先輩だと思う。
この無邪気さには何度も救われてきた。最近は色々あって忘れていたが、先輩の親友との仲直りも手伝ってあげないといけないな。
「てかさー、私思うんだけど胡桃先輩って影っちっと本当に仲良しだよねー」
「「へ?」」
先輩といつものやり取りをしていると、早乙女が突然そんな事を言い出した。
いきなり何を真顔で言い出すのだコイツは。確かに先輩は話しやすくて仲良くなったけど。そんな事改まって言う事か?
「‥いきなりどうしたんだよ」
「だってさー、胡桃先輩っていつも誰に対してもハイテンションだけど影っちと話してる時が一番楽しそうっていうか‥。いつも夫婦漫才見せられてるし‥。恭二や後藤っちと話している時と何か違うっていうか‥」
「あー、それは私も思ってた。なんか、教室に来た時も日和を抱きしめた後真っ先に影山の所に行くわよね」
茅野も同意し出してしまう。つまり何が言いたいんだ?そんな事言ったら先輩だって困るだろうが。それに太一が今にもゾンビ化しそうでやばい。
「‥胡桃ちゃん‥ライバル‥??」
とどめの日和の問いかけに、先輩はブンブンと手を振った。
「違う、違うわよ!確かに優斗くんは私の初めての男の子の友達だし弟みたいで可愛いけどそれ以上はないから!!だから日和ちゃん、心配しないで?ね?」
「確かに影山はいい男だな。綾瀬の件で私もそう思ったよ」
「そうよね!かっこよかったわねアレは!!‥て千楓ちゃん!?話をややこしくしないでくれるかしら!?!?」
獅堂にチャチャを入れられた事もあり、そう言う先輩の顔は真っ赤だ。
変な空気を作った早乙女に文句を言ってやろうと睨むが、当の本人はハァと深いため息を吐いていた。
「青春だねえ‥いいなあ影っちは。私の恋は叶う時が来るのかなあ‥」
なるほど‥分かった。これはどうやら恭二が鈍感すぎて相当病んでいるな。
とりあえずこの空気はやばいので、話は後で聞くとして話題を変えようとしたその時――
「舞。何でそんな事を言うんだ?」
あまり発言しなかった恭二の一言。温厚な普段の彼からは珍しく静かな怒気が含まれていた。
「親友がモテる事は嬉しいが、この場には綾瀬がいるだろう。そういう話題は控えるべきだ。舞、違うか?」
「うう‥そうだね‥ごめんね、瑠奈」
「え!?いいのいいの!私の事は気にしないで!!‥うん」
周りの空気が一気にピリつき皆が息を呑む。確かに恭二の言う事は最もだと思う。だけど次の恭二の言葉で雲行きが別の方向に一気に怪しくなった。
「何より、俺の前でそういう話題は控えてくれ。流石に何度も何度も、目の前でそんな事を言われると俺だって悲しいぞ??今までは我慢していたが‥」
「へ?なんで?」
しまったと申し訳なさそうに瑠奈に謝っていた早乙女が、途端に頭にクエスチョンマークを浮かべる。早乙女だけじゃない。俺も、特に早乙女と友人としての付き合いが長い太一と茅野も挙ってクエスチョンを浮かべた。
そして、何故か俺たちのそんな反応に恭二までもがクエスチョンマークを浮かべている。
「何故って‥もういい。この際だからハッキリと言おう。俺が舞の事が好きだからに決まってるだろう?ずっと前から。それなのに俺の目の前で、何度も何度も彼氏が欲しいなんて聞かされたら辛いじゃないか」
「「「「はあ!?!?!?!?」」」」
早乙女、俺、太一、茅野の大絶叫に日和達が耳を塞ぐ。
コイツは一体何を口走っているの??恭二が早乙女の事を好き??
俺たちは早乙女が恭二に必死にアピールしてる所を何度も見てきた。だけどいつもそれは届かなくて‥
あれ?
「俺はこんなにも舞の事が好きなのに。朝起きたらまず舞の顔を浮かべて、寝る前は舞の事を考えながら眠るほどに‥それなのにお前はいつもいつも‥」
勿論一番驚いているのは早乙女だ。驚くとかそういう次元のレベルではなく、今にもぶっ倒れそうである。早乙女は嬉しさと戸惑いで今にも過呼吸になりそうな程の勢いで、立ち上がって恭二の胸ぐらを掴んでグラグラ揺らした。
「え?待って待って待って待って‥!え?え?じゃあ、今までの恭二の難聴は一体なんだったの?私自分で言うのは恥ずかしいけど結構ハッキリ恭二と付き合えたらなあ‥って匂わせたりしてたよ!?!?チラチラ見てアピールしてたりしてたよ!?!?だけど何の反応もしてくれなくて‥私‥私‥」
「ん?言ってたか?俺には舞が他の男と付き合いたいって言ってるようにしか聞こえなかったが‥チラチラ?そんな事知らんな‥」
「ド天然と鈍感も大概にせえやあああああ!!!!!」
「?????」
思わず関西弁でツッコミを入れる早乙女。そんな彼女の様子をただ不思議そうにクエスチョンを浮かべる恭二。
一番やべー奴は胡桃先輩でも、ましてや獅堂でもない。こんなに近くに最初からいやがったんだ。
相模恭二‥恐ろしい子‥!
「私だってずっと前から死ぬほど大好きじゃーい!!!」
とうとう頭がおかしくなった早乙女が愛を叫んでぶっ倒れる。慌てて彼女を抱き止める恭二に向かって俺たち三人はというと――
「「「◯ねっ!!!!」」」
「何で!?!?」
本当に分からないという顔で必死に早乙女を起こそうとする恭二に恐怖すら感じる。
見守っていた胡桃先輩は緊張が解けた途端に爆笑。瑠奈と獅堂も怒涛の展開に我慢できず笑っていた。
日和は早乙女の念願の想いが叶って本当に嬉しそうに微笑んだ。
「‥よかったね‥舞ちゃん‥ふふ‥幸せそうな顔‥」
「ああ。ようやくだな‥」
「私も‥頑張らないと‥もし‥ライバルが出来ても‥負けないから‥」
隣に座る日和がゆっくりと肩を寄せる。
まさか絶望した夏休みの日から、あっという間にこれほど楽しい時が過ごせるなんて思ってもいなかった。
皆に愛される仔犬みたいな日和が一番に俺を癒してくれて‥こんなに可愛い子が毎日俺に甘えてくるようになって。
胡桃先輩や獅堂とも出会えて、許す事が出来ないと思っていた瑠奈とも気持ちを伝えあう事ができた。
暫くは女性不信になるだろうなと考えていた俺はもういない。肩に触れる温もりが酷く心地よかった。
◇◇◇
第一章完結しました!まだまだ続きますので、どうぞ最後までお付き合い下さい。ここまで読んで下さった方、良ければ評価して貰えると嬉しいです。
いつも応援ありがとうございます。
月美夜空
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