第30話 破滅へと歩む道(1)伊集院翔視点

「クソがッ!!何で俺がこんな目に‥」

 

 ふざけんじゃねえよ。瑠奈と影山の奴‥俺にこんなに恥かかせやがって。


 こんな屈辱を受けたのは初めてだ。今まではずっとうまくやっていた。なのに、全部あの二人のせいで台無しじゃねえか。


 瑠奈に関してはとんだ俺の誤算だった。簡単に影山から俺に乗り換えると思ってたのに‥


 影山は顔立ちも普通で、金持ちでもねえ平凡な野郎だ。なのにそんな奴には勿体ねえ可愛い彼女がいたから俺が奪ってやったんだ。


 瑠奈だって他の女と同じだと思ってた。すぐに俺の言いなりになって俺色に染まらせて‥依存させて――


 だけどあの女は違った。それどころか俺をコケにしてとんでもない事をしやがった。


 クソ‥下手な脅しを使ったのが失敗だった。


 何より一番許せねえのは影山だ。


 不思議な事に可愛い女はアイツに集まりやがる。この俺を差し置いてそんな事はあっちゃならねえ。それだけでもムカついてたのにあの野郎‥この俺の顔をぶん殴りやがって。


 俺は何も悪い事はしてねえ。瑠奈の事をちょっと押しただけだし、殴ろうとしたのだって未遂じゃねえか。


 それなのにアイツ‥あんなにブチギレやがって。左頬がめちゃくちゃ痛え。この借りはきっちり返してやらねえとな。


 こんなもん警察だ、警察。暴行罪待った無し。


 まずは今日あった事を父さんに報告だ。プライドが高いが俺には意外と甘い父さんの事だ、息子である俺がコケにされたと聞けば俺の怒りを共有してくれるだろう。


 電話電話‥っと。待てよ‥その前に少し憂さ晴らしでもやっておくか。


 いつもなら目立つ事はしねえが、今日だけは別だ。何かしねえとこの怒りは収まらねえ。


「おかえりなさい、翔さん」


 家に帰った俺を、引き攣った笑顔で迎えるのは長年俺の家で働いている家政婦の中川なかがわだ。


 内心の嫌悪感が隠しきれてない取り繕おうと必死な笑顔。この家政婦はいつも俺を苛立たせやがる。


 この完璧な俺に何の不満があるってんだよ。父さんはこの女を気に入ってるらしいが‥。


 まったく、父さんの物好きも困ったものだ。


 俺は挨拶もせずにズカズカと家の中に入り、目にした物を怒りのままにぶちまけていく。


「な、何をなさるんですか!?やめてください翔さん!」

「うるせえよ!ここは俺の家だ!何をしようが勝手だろうが!」


 家政婦風情が黙ってろ。俺に指図するんじゃねえよ。こんな時にもっとイライラさせんじゃねえ‥どいつもこいつも俺を舐めやがって。


「何があったか知りませんが物に当たるなんて幼稚な事はやめてください!」

「ハッ、知るかよそんな事」

「翔さん‥!うう‥」

「俺は何も知らねえ!全部これはお前がした事だからな?」

「何て酷い‥あんまりです‥」


 中には高級そうな物も音を立てて割れたが、全部この家政婦のせいにしてしまえば問題ない。父さんは息子の俺を信じてくれて、こんな家政婦さっさとクビにしてくれるだろう。


 ここは俺の城。何をしたっていい。家にあるもの全部が俺のモンだ。勿論親の金だってな。


 ふう、少しはスッキリできた事だし父さんに電話して一緒に警察に相談に行くとするか。


 まあまあ大きい企業の社長である父さんはいつも多忙だ。普通なら家族であっても、仕事中に電話をかけるなんて事はしない。


 自分の部屋のベッドで寝転びながら電話をかけるものの、案の定なかなか父さんは出てくれなかった。


 しつこく出るまで何度も何度も電話すると、ようやく父さんが電話に出てくれた。だが父さんの声がいつにも増して冷たい。


 おいおい、息子が暴行を受けた緊急事態なんだぞ?


「‥なんだ?仕事中は出れないと何度も言ってるだろう。私は忙しいんだ。5分で済ませてくれ」

「5分って‥そりゃねーよ父さん!俺は暴行を受けたんだぜ?これは緊急事態だよ、緊急事態!!」

「‥‥なに?詳しく聞かせろ」


 おっ、父さんの声音が変わったな。やっぱり息子の俺が傷つけられて、流石に冷静な父さんもキレちまったか?


 嬉しくなった俺は、起こった事全部全てを正直に話した。影山がキレる原因を作った事、瑠奈にした事、全部正直にだ。なに、後からどうせしつこく聞かれるし今話すのも同じ事。


 それに、こんな親バカな調子なら包み隠さず全部話しても何の問題もないだろう。


 父さんは俺の説明を、一言も声を発さず静かに聞いていた。一通り説明を終えた今も、電話先からは無言がずっと続いている。


 ははは、やっぱり俺がコケにされた事に父さんも怒りで言葉を失ったか?なんやかんや優しいんだよなあ父さんは。


「じゃあ、そういうことだから父さん。これからどう出るかは帰ってから一緒に相談しよう。ごめんな?仕事中に電話しちまってさ」


 そう言って電話を切ろうとした時――


「ふざけるなこのクズ!!無能がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うお!?と、父さん!?!?」


 何故だろう、父さんが鼓膜が破れそうな程の大きな声で怒鳴り始めた。あまりに予想外な事で思わずスマフォを手から落としてしまう。


 え?クズ?無能?


「何をしたのか分かってるのか貴様はぁぁぁぁ!!」


 スピーカーにする必要も無い程の大きな怒声が部屋に鳴り響く。


「人の女を奪って脅して殴ろうとしただけでなく、反省するどころか少し殴られただけで被害者面だと!?!?しかもその女に怪我までさせおって!どの面下げてそんなヘラヘラしておるんだ!!警察?黙れ阿呆がっ!私が帰って今すぐにお前の性根を叩き直してやりたいわ!!」


 過呼吸になりそうな程息を切らしながらも、父さんの怒りは止まらない。


 何コレ?全然想像と違うんだが‥


「それだけではない!これはもはやお前を私の気が済むまで殴ればいいという問題ではないのだッ!聞けば大勢がお前の愚行を目にしたというではないか!もしだ‥もし誰かがそれを撮っていて流出させたらどうなる!?お前はそのザマでも大企業の社長の私の息子だぞ!?そんなバカが私の息子だと知れ渡ったらどうなる?????」

「ししし知らねーよそんなこと!!」

「‥ッ!そんな簡単な事も分からんか!?お前のせいで我が社の信用までガタ落ちになるのだ!それだけじゃなく、そんなクソ野郎が通ってる高校となると学校の評判も間違いなく落ちるだろうッ!お前は知らんかもしれんが、そんな事になって瀬戸宮のお嬢さんの進路にでも影響してみろ‥お前‥」


 姿が見えなくても、父さんが青ざめているのがわかる。


 瀬戸宮のお嬢さん‥瀬戸宮会長の事か?確かメガバンクの頭取の娘だったような‥


「万が一我が社への多額の融資を全額ストップすると言い出したら‥我が社は終わりだ‥いや流石にそこまではしないか‥いやでも‥こんな馬鹿息子のせいで‥今まで私が築いてきた信頼が‥」

「‥父さん?大丈夫だって‥はは、流石に心配しすぎ‥‥‥‥だよな?」


 頼む。心配しすぎだと言ってくれ。


「‥私が悪かったのか‥?‥仕事で忙しかったから‥息子の性格がここまで腐っていた事に気づかなかった‥?いや‥‥それにしてもこれは‥‥」


 返事はない。あのいつも堂々としている父がぶつぶつと呟くだけになってしまっている。


「翔さん!いるんですか!!!いますね!?開けますよ!!いいですね!?!?」


 あまりに予想外な言われようで放心状態で電話も切れぬままの所に、俺の許可を持たずに中川が勢いよくドアを開けて入ってきた。


 しまった、ドアに鍵をかけるのを完全に忘れていた。


 中川め。こんな時に一体何のようだ?


 唖然としたままの俺に、中川が凄い剣幕で向かってきた。


「今日という今日は許しません!!いつも旦那様の見えない所で嫌がらせされてきましたが、さっきのアレは何なのですか!!旦那様への義理の為長年働かせて貰っていましたが、もう我慢の限界です!!」

「ちょ、まっ!今は‥!!」


 言葉にならない声で静止するも、もう遅い。最悪のタイミング。今はまだ電話が父さんと繋がったままだ。


「‥‥その声は中川か?」

「旦那様!?何か生気が抜けてますけどどうしたのですか!?」

「‥大丈夫だ。それより先程の話はどういう事だ?嫌がらせ?アレとは何だ?」


 口をパクパクさせて家政婦にやめてくれと伝えるが、あんな仕打ちをした中川が俺を許す筈もなく――


 チクッた。チクりやがったこの女。


「‥‥‥‥‥帰る。もう仕事知らね。怒鳴るのも疲れたしもういいや。殴る。私の気の済むまで。翔、逃げたら分かってるな?」

「ひいっ!ごめん父さんお願いだから勘弁してくれ!」


 懇願するもガン無視され、無情にも電話が切られてしまった。


 こうなったらもう‥俺は恥を忍んで中川に土下座をするしかない。


「なあ中川!俺が悪かった!この通りだ!今までお前に嫌がらせしてきた事全て謝る!だからお前からも父さんを宥めてくれないだろうか?お願いだっ!‥お願いします!!」


 この俺が土下座までしたんだ。中川だってきっと許してくれるに違いない。


 ゆっくりと期待を込めて顔を上げてみるものの――










『ハッ、知るかよそんな事』


 中川はまるでゴミ屑を見るかのように俺を眺めていた。


 それは俺がさっきお前に言った言葉じゃねえか‥なんで俺が家政婦にそんな事‥


 何たる屈辱だよ‥クソがっ‥


 影山ァ‥俺はお前を絶対に許さねえぞ?いつかお前の全てを奪ってやるからな?覚えてろよ?


 俺は父さんの帰宅を震えて待ちながら、復讐を胸に誓った。

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