第28話 暴かれた本性

◇◇

綾瀬瑠奈視点です。振り返りではなく、物語は進行します。

◇◇


『もう一度だけ、私を信じて欲しい。優斗の事がこんなにも大好きなんだって、やっと気づいたから。今度は絶対に優斗を傷つけないから』


 そう言って泣きながら差し出した手を、優斗が笑顔で握りしめてくれる。また私を優しく抱きしめて、キスしてくれて‥


 それが私が家に引き篭もっていた時に、いつも見ていた夢。過ちを犯した自分になんて都合が良いんだろうと思いながらも、それでも最高の夢だった。


 ‥でも幸せな夢は、やっぱり夢でしかない。もうそれは絶対叶わない夢。優斗とやり直したいなんて口が裂けても言えない。言えるわけがない。だから――


 せめて私自身少しでも前に進もうと今、この目の前にいるにやけた男――伊集院翔にキッパリと別れを告げようとしていた。


 優斗との幸せな夢はもう見る事は出来ない。ならばせめてこの男との悪夢だけでも今日ここできっちりと終わらせたい。


「本当に心配してたんだぜ〜瑠奈。で、そんな真剣な顔して話したい事って何だよ。せっかく久しぶりに会えたんだし手短に済ませて、このままどっか遊びに行こうぜ?何なら俺ん家来るか?」


 面倒くさそうにそう言う彼を見ると、また自分が心底嫌になる。


 こんな時でも、真剣に話を聞こうとせず茶化す。優斗に別れを告げられた日も、伊集院君は落ち込んだ私を慰めるどころか馬鹿にした。嘲笑った。


 本当に、何でこんな男を一時でも好きになり優斗の事を酷く裏切ってしまったのだろうか。何度悔やんでも悔やみきれない。


 当時の私が自分の意思で優斗を裏切った事は事実。いくら後悔したって私が悪い事は間違いないけれど、この男が憎いと思う今の感情はどうしようもない。


 私はとことん、人を見る目がないみたいだ。友達の事だってそうだ。今まで親しくしていた子達は皆表面上は心配してくれていたが、久しぶりに登校した私を心の底から気にかけてくれた人は別のクラスの獅堂さんだけだった。


「わかった。じゃあ歩きながら手短に言うね?もうこの関係を終わりにして欲しいの」


 目が完全に覚めた私も、伊集院君との話は出来るだけ手短に済ませたい。1秒でも時間が惜しい。


 すると私の話が予想外の事だったのか、彼はまだ学校を少し出た所で人通りも少なくないと言うのに素っ頓狂な声をあげた。


「はあ!?どうしてそうなるんだよ!」

「私も貴方の事を好きと言ったのに、こんな事を突然言い出した事は悪いと思ってるわ。でもごめんなさい。もう貴方とは会えない」

「‥おいおい」


 信じられないという顔で、彼の足が止まる。ようやく私の言っている事が本気だと気づいたようだ。


「影山とヨリを戻したのか?」

「いいえ、違うわ」

「なら俺じゃねえ奴を好きになったのか?」

「それも違うわ。だけど、ごめんなさい。終わりにしたいの」


 もしも、この男だけが悪かったなら私は酷くこの場で罵倒して別れを告げていただろう。


 だけど口車に乗って当時彼と関係を自分の意思で持った私には、相手がどんな屑と言えども今はそんな権利は無い。


 あくまで冷静に下手に出る事に努めた。


 すると伊集院君は、切り札があると言わんばかりに醜悪な笑みを浮かべる。


「俺とお前の今までの関係、全部皆にバラしてやってもいいんだぜ?」

「は?」


 この男は一体何を言っているんだろう?それは私の浮気だけでなく伊集院君自身も、優斗と私が付き合っている事を知りながら私に手を出した事を皆に知らしめる事になる。


 当然、そんな事は伊集院君も百も承知の筈だ。だけど彼は自信満々にそれを言ってのけた。


 これはつまり――


 侮り。この事実を脅しに使えば私は自分の思い通りになる、と。都合良く身体を差し出す女だと。こうすればどうせお前は何も出来なくなるという侮りだ。


 それに気づいた瞬間、私の身体は激しい怒りを感じ震え出した。


「言うなら言えばいいわ」

「そう強がるなって。やめて欲しいならそう言えよ。いつもみたいに俺の言う事を聞いてたら、やめてやるからさ。ま、その代わり俺がまた相手してやるからよ」


 もはやこの男の言葉には耳を貸したくない。


 言うなら言えばいい。それは元より私がずっと家の中で考えていた事だ。優斗は優しい人だから、私を許してくれた彼はそんな事をもう望まないだろう。


 だけど私にはいつでも、もうその覚悟はある。私の方からこの男との関係を終わらせた後、優斗にその話をしようと思っていたくらいだ。

 

「舐めるな!!言うなら言えばいいじゃない!!私が貴方と浮気したクズだって!!」

「ちょ‥!!声が大きすぎるって!!」

「貴方もそんな馬鹿な私に身体目的でつけ込んで、都合の良い女として扱ったクズだって言えばいいじゃない!!」

「っ!!ふざけんなッ!!このクソ女!!」

「‥‥痛っ‥」


 自分の事を大声で言われた瞬間、伊集院君は凄い形相で私を力強く突き飛ばした。


「ちょっと‥。大丈夫!?うわ、血が出てるじゃない‥」

「おいおい大丈夫か!?それに浮気って何の話だよ?影山が日和ちゃんに浮気してたんじゃなかったのか‥?」


 ここはまだ学園からそう遠くない。私は人気のない所で話そうとしたのに、伊集院君が話を急かしたからだ。そのおかげで、帰宅途中の生徒達が学年問わず心配して駆け寄って来てくれた。中には同じクラスの生徒もいる。


「違うんだ‥これは‥あの‥クソッ!!」


 伊集院君の顔は見た事もないくらい真っ青になっている。何も知らない皆んなの前ではいつも好青年を装っていた人間とは思えない程、酷い動揺を見せていた。


「そうだ‥!あれだ!嘘だ!瑠奈が嘘ついてんだよ!あはは‥皆ごめんな?先輩達もすいません!瑠奈もごめん!ちょっと強く押しすぎて痛かったよな?」

「取り繕うとしても、もう無駄よ。証拠は全部LINEの中にある。丁度いいわ、私と貴方はやっぱりこうなるべきだったのよ。‥‥皆、これを見て見たものを学校中に広めてくれませんか?」

「やめろおおおおおおおおお!!!」

 

 なりふり構わなくなった伊集院君は、雄叫びをあげながらスマフォを振り払っただけでなく、私を殴ろうと拳を振り上げた。


 スマフォは地面に勢いよく落ちたけれど、中身は無事だろう。もう他の人が拾ってくれており、学園に知れ渡るのも時間の問題だ。


 私が一発この男に殴られるだけで、済むのならお安い御用。そう思って目を閉じて痛みを堪える準備をした時――


「離せ!おいっ!離せって!クソ野郎!!」

「お前‥何やってんだ?‥マジで殺すぞ」


 こんな彼の姿は見た事がない。瞼を開けると、鬼の形相をして伊集院君を押さえつけている優斗がいた。


「間に合ったみたいだな。綾瀬、無事か?」

「‥綾瀬さん‥!‥大丈夫?」

「瑠奈ちゃん大丈夫か!?」

「傷はないか?」

「綾瀬さん、大丈夫!?ケガない!?」

「マジでどうしようもないクズ野郎ね」

「大丈夫!?お姉さんが来たからにはもう安心よ!」


 息を切らした獅堂さんや、優斗の友達達までもが私を守るように立ち塞がってくれていた。

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