第23話 絶対零度の美人

 ドアを開けると、まず異様な光景が目に入ってきた。先に来ていた生徒達が皆一様に酷く怯えた表情をしている中、伊集院の喉元に只者ではない雰囲気の女子が箒の柄を突きつけようとしていた。  


 この子が伊集院に千楓と呼ばれていた女子か。伊集院がタメ口で話しているあたり、俺達と同じ一年生だろう。


 綺麗な漆黒の長髪、和装がとても似合いそうな美人。箒をまるで刀のように扱う姿がとても様になっている。日和や胡桃先輩を可憐と表現するならば、美麗という言葉の方がこの女子に合う。


 教室にいた同級生や先輩達は、緊張感からか誰一人俺と日和が入った事にまだ気づいていない。


 どうしたもんかと考えていると、ついにその女子は持っていた箒の柄を伊集院の喉元に突きつけた。


 華奢な体格からは想像も出来ないほどの圧。凄まじい殺気。かなり力加減はしているようだが、身動きの取れない伊集院が低めの呻き声を漏らしている。


 心なしかめちゃくちゃ肌寒い。教室の外よりも中の方が遥かに寒く感じる。


「‥千楓ちゃん?そ、そろそろこれをどけてくれ――」

「貴様のような者が、私の名前を馴れ馴れしく呼ぶなと言っている」


 千楓と呼ばれた女子は、懇願する伊集院に聞く耳を一切貸すつもりはないらしい。それどころか、さらに殺気を強め始めた。


 一層強くなる教室の緊張感。誰も伊集院を助けようとする者はいない。


 ここでようやく俺たちの存在に気づいたらしい伊集院が、俺の目をチラチラと見てきた。あれだけ俺に対して敵意剥き出しだった癖に、助けを求めているように見える。


 助ける義理はない‥‥が、隣の日和が震えている事に気づいた。


「‥‥ゆうくん‥」


 ギュっと裾を掴む小さい手から、日和の不安な感情が伝わる。そんな顔をされたら俺の取るべき行動は一つしかない。


「千楓さん、だっけ?流石にそれ以上はやめておこう」

「誰だ?お前も私の名前を――‥ん?お前は‥‥」


 何故か、俺を見たその女子は目を丸くする。


「いや、ごめん。俺キミの苗字知らないからさ。それよりも一度落ち着いて周りをよく見てみろよ。何があったのかよく知らないが皆怯えてる」

「‥‥」


 そう言うと、女子は周りを見渡した後ゆっくりと伊集院の首元から箒の柄を離した。よかった、少し落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。


 殺気から解放され、安堵する他の生徒達。伊集院も安堵した表情をするが、奴からの礼は無い。いちいち癪に障るが、日和達が怖がったままよりかはマシである。


 獅堂はこちらに向かってしっかりと頭を下げた。


「‥獅堂だ。すまないな。取り乱していた」

「いや、俺は全然大丈夫だよ。一応言っておくと、俺は影山優斗。ここにいるって事は同じ実行委員なんだよな?まあ、これからよろしくな」

「知っている。ああ、よろしくな」

「え?」


 やはり、獅堂は俺の事を何故か知っているようだ。だが間違いなくこうして顔を合わせて話すのは初めてである。昔読んだラブコメのように、昔仲の良い男友達だと思っていた奴が実は女の子で、美人の同級生になっていたとかいう事も無い筈だが‥。


 それにしても獅堂‥千楓‥あっ、ようやく思い出した。この女子が太一が言っていた学園のアイドルか。アイドルというより武士って感じだが‥。それにしても太一の言っていた通りだ。確かに簡単には仲良くなれなさそうなオーラを感じる。属性で言うと間違いなく氷属性だろう。


「他の皆もすまない。私とした事が‥不覚だ」

「い、いや私は平気ですよ?そんなに深く頭を下げなくても」

「お、俺も全然大丈夫です。少しビックリしただけなんで」


 明らかに先輩に見える人にも敬語は使っていないが、誰も突っ込もうとしない。獅堂は他の皆にも律儀に一人一人頭を下げた後、最後に日和の方を向いた。


「そこのお前も。来たばかりなのに、すまなかったな」

「‥わたし‥?」


 日和が自分を指差すと、獅堂が頷く。


「‥ん‥だいじょぶ‥同級生みたいだし‥仲良くしようね‥」


 もう震えは止まったみたいで、日和はいつもの天使のような微笑みを獅堂に向けた。


 その時少し獅堂も微笑んだような気がしたが、すぐにまた彼女は仏頂面に戻した。その一瞬見えた笑顔や、そそくさと箒を掃除箱に入れる様子を見て、とりあえず悪い奴では無さそうだと感じる。


 先程とは一転和やかな空気になり、皆が各々席に座っていく中一人だけそこに水を差す奴がいた。ヘラヘラと、媚びるように伊集院が獅堂にまた近寄っていく。


「本当に取り乱しすぎだぜ千楓ちゃ‥獅堂さん。俺にもちゃんと謝って欲しいなあ、なんて‥」

「勘違いするな。獅堂家の名において外道には一切遠慮はしない。次に貴様が無闇に私にくだらん事で絡もうものならば、私は容赦しない」

「ひっ‥」


 流石にやばいと思ったのか、伊集院はそれ以上は何も言わず黙って席に着いた。


 貴様とか、家の名においてとか他の人が口にすると厨二病を発症しているとしか思えない言動だ。だが獅堂がその言葉を使っても違和感を感じるどころか、カッコよく感じてしまう。


 多分きっとそれは俺だけではない。今日初めて会ったが、これだけ近寄り難いのに獅堂がアイドル視されている意味が少し分かった気がした。


 まあ、俺が頭の中で思い浮かべるアイドルのイメージとは程遠いけれど‥。


 日和と二人で空いてる席を探すが、獅堂の前に座る事になった。先生は確か生徒会と合同だと言っていたが、まだ生徒会の人達は来ない。


 待っている間、日和と他愛もない会話をしているとふと甘い香りを近くに感じた。すんすんと鼻を鳴らす音も聞こえる。


 え?何かめっちゃ匂い嗅がれてるんだが!?


 慌てて振り向くと、何故か獅堂がものすごく顔を近づけている。どうやら本当に匂いを嗅いでいたようだ。


「ちょ!?え‥?獅堂、何やってんだ?」

「ああ、ちょっと確認をな。私の事は気にしないでくれ」

「いやいやいや!気にしないとか不可能だから!!」


 どういう状況!?俺そんなに臭かった!?!?


「‥獅堂さん‥そんなに‥ゆうくん‥いい匂いだった‥?」


 日和は笑顔で的外れな事言ってるし、めっちゃ恥ずいんだが。


「ふむ。これだけ近づいても‥。やはり影山は悪人ではない‥か。だとすると――」


 獅童は自分の世界に入り込んで何か考え事を初めてしまっている。一人だけ顔を真っ赤にしている俺が馬鹿みたいだ。


 俺が臭かったのかどうかだけでも何とか問いたださなければ‥。


 おーい、と獅堂に必死に呼びかけている所で、教室のドアがガラッと開く。


「遅くなってごめんなさい」


 入学式の時に一度だけ聞いた事がある、凛とした声。生徒会長と、他の生徒会のメンバーが続々と教室に入ってきた。

 

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